神童拓人とはかれこれ幼稚園からの付き合いである。知っての通り、彼は非常によく泣いた。それは幼稚園だろうが小学だろうが中学だろうが、時と場所を選ばない。たとえば、ピアノが上手に弾けないとか、蜂に追い掛けられたとか。と、まあなんとも情けない、女々しい感じだった。今まで泣いた涙は、もう海が出来るぐらいだ。もちろん例えだよ、例え。それほど泣いていた。
今も、彼は私の目の前で泣いているのだ。ぐしゃぐしゃな泣き顔。ぽたぽたと温かい雨が上から降ってきて顔にあたる。

「拓人。泣かないでよ」
「だって、なまえ、なまえが…」
「これぐらいで死にゃしないさ」

貧血で倒れただけだもの。でも体は動かないし頭は痛いし、倒れた時打った背中も痛い。残る元気を振り絞って拓人と会話をしている。無理矢理にでも笑顔を作って。そうでもしないと拓人はもっと泣くことを、私は長い付き合いで学んだ。
担架持ってこい担架!と三国先輩が叫んでいるのが聞こえた。それから天馬と信助の心配そうな声。
「本当、拓人は泣き虫、だね。ほら後輩も先輩も見てるのに…」
「そんなのいいから、喋るな」

話して欲しそうに、泣きながら私の顔を覗きこんでるのはどこのどいつなんだよ、神童拓人。そう言えるようになっただけましかな。
なら、もう目を瞑ってもいいよね?担架を運ぶであろう先輩方、ご迷惑をお掛けします。あと救急車は呼ばなくて結構ですよ。
下らないことを考えて意識を手放した。



「拓人!」
「う、わっ」

次の日、しょぼくれて歩いている思いっきり背中を叩いてやった。隣にいた蘭丸までびっくりしている。

「おす、蘭丸」
「相変わらず騒がしいぜ」

ついでに逞しいと言ったのを聞き逃さない。

「もう動いて大丈夫なのか?」
「そりゃ軽い貧血だったし。私が丈夫なの知ってるでしょ?拓人は昔から風邪はよく引くわ、体は弱いわで……あれ?拓人?」
「泣いてない!」
「何も聞いてないけど。しかも泣いてるし」

正しく言えば涙目になっている。全く、昨日は少しはましになったと思ったのにな。むしろ今日は悪化している。何もしてないのに…、あー、あれか、叩いたからか、悪口を言ったからか。もしかして他の理由で、カエルでも踏んだか。心当たりがありすぎる。
ふぅ、と一旦ため息をついた。

「拓人、どうしたの」
「なまえが元気になって、良かった…」

つまり、これは属に言う嬉し涙らしい。ただの貧血が治ったぐらいで大袈裟なやつだな。飽きれ半分、嬉しさが半分。
ぼろぼろと、遂に泣き出した拓人の涙を、手のひらで拭ってやった。


110810 拾い集めて海をつくる

title コランダム



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