「我が隊五十名中、負傷者十三名、死者五名。以上であります」
「ご苦労。素晴らしい結果だ」
「…ありがとうございます」

一礼して煙草臭い部屋を去る。
不快。あぁ、不快だ。何が死者を出して犠牲を出して素晴らしいだ!ヘドが出る!
そう反抗すれば間違いなく私の首が飛ぶ。そうなると私の隊の人間は、もっと酷い扱いを受けるに違いない。迂闊に手出しは出来ない。上官の部屋を暫く遠ざかってから思いっきり壁を一発殴った。ゴッと鈍い音がする。強化され防音の壁だが一応だ。あと何発殴ればこの憂さは晴れるだろうか。ぎりっと下唇を噛んだ。二発目、三発目、四発目、まだ、足りない。

「くそっ…!」

何発目か、壁にあたろうと大きく振りかぶった時、カツンと軍靴が背後で鳴った。

「…なんだ、バダップか」

驚いた。上官かと思ってしまった。軍靴が鳴る一歩まで気配を完全に消していた。嫌味なやつだ。
ぶるぶる震える握りこぶしを作ったままの両手。バダップに右の手首を掴まれ、目の前に見せ付けるように突き出された。

「手は大事にしろ。大きな武器だ。守れるものも守れなくなるぞ」

強化された壁に何度も叩き付けた拳は、手袋に血がにじみ初めていた。止められなければもっと酷くなっていたかもしれない。

「…分かったよ」

握りこぶしを解いた。もうやらないと約束したあとに手首を離してもらった。

「上は腐ってる。戦争を何かのゲームのように楽しんでいる」
「そんなに嫌なら軍を辞めればいいだろう。曲がりなりにも普通の生活に戻れるぞ」
「軍を辞めて何になる!」

怒りに任せてバダップに掴み掛かった。襟を持ち締め上げる。それでもバダップは涼しい無表情を変えなかった。本当に、なんなんだ、コイツは!

「いい国になると信じて、国の為に頑張ってきた。だが!私達は上っ面だけの思想に騙されてたんだよ!今もそう信じて従ってる部下がいる。私にも、バダップにも!」
「その程度の事は既に分かっている…!」

眉間に皺を寄せてバダップは言った。赤い目が、奥底で怒りに燃えている。

「なまえ、一緒に国を根から変革する気はないか」
「…それは、つまり」

思わず襟から手を離した。軍服にシワが寄ってしまったからバダップもアイロンをかけるんだろうかと、呑気な事を考えた。間抜けな姿だ。それぐらいバダップの思想は危険すぎたのだ。

「上を全員…」
「それだけではない。息の掛かっている人間全てだ。かつてない革命になる。なまえにも手伝ってもらいたい。お前の腕なら、確かだろう」
「…信じて、いいんだな?」

こくん、と静かに頷いた。





×月×日
軍の上層部暗殺事件
『会議中上層部全員が暗殺される残忍な犯行がありました。軍内部の人間の犯行と見られ、犯人は捕らえられました。抵抗したためやむを得ず……』


「完全犯罪とはこの事だな」

ニュースの大きな字幕。過激になって行く報道。伝えるニュースキャスターは評論家と熱い会話を繰り返している。バダップが犯人だと偽って殺したのは上層部の息が掛かった人間だ。

「人聞きが悪い。改革だ」
「はいはい。これから頼みますよ、閣下」

本当の“素晴らしい犠牲”を払って私達は歩き続ける。それが善か悪かは分からない。少しずつ、遅くとも、仲間と幸せな国を築く。
それだけは確かだ。


110801 素晴らしい犠牲?



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