*ちょっとグロい


軍の隅に、焼却炉がある。そこはとても大きくて、軽自動車でも燃やせる場所だ。しかし燃やされるのは戦死体。気味が悪いので、基本誰も近付かない。だから俺も近付かない。

軍にいる間そんなところとは関わらない、予定だった。いきなり「サンダユウ・ミシマ。焼却炉に行くように」との上官からの命令が下った。つまり、死体の処理を手伝えという意味だ。つい最近死者多数の戦争があったのだ。完全な上官の嫌がらせだが、逆らえないので渋々行く羽目になった。
向かう途中でミストレにすれ違った。少しその愚痴を溢すと「どんまい」と一言。いつもなら「ざまあみろ」と言うはずだ。どれだけ死体処理が嫌われているか分かる。上官も素行の悪いやつに嫌がらせすればいいものを。少なくとも俺はそんなに悪い方では…悪い方ではないと思う。ガシガシと後頭部を掻いて、ため息をついた。それから手袋をぐっと引っ張り気合いを入れ直した、つもりだったが入らなかった。

焼却炉には、働いてる人が一人いた。多分処理班の人だろう。班、と言っても一人だが。その他は白い布にくるまれて動かない人間らしきもの。中は見えないのでどちらが足か頭か分からない。でも悲惨な状態を見たくはない。
「あの、すいません手伝いに…」
ごそごそと死体を抱き上げて焼却炉に入れようとしていた人に話し掛けた。焼却炉近くは暑いだろうに、軍帽を目深に被り、軍服をきっちり着た人だ。まず葬式の時でもなければこんな格好はしない。
「…愛してる」
白い布に顔を寄せて涙に濡れた長いまつ毛を伏せ、そう囁いてから焼却炉にやさしく放り込んだ。
…愛してるって?
「手伝いに来てくれてありがとう、サンダユウ君」
こちらに気付いたのか、先ほどのスローな動きからは想像出来ないほど、綺麗な敬礼をした。慌てて敬礼を返した。清閑な顔付きだが女性だ。
「さっきのは恋人さんかご家族なのですか?」
「いや、知らない人」
当然のようにさらりと答えた。
「ここにいるのは引き取り手が見当たらない遺体なんだ。つまり親に見放された。もしくは親が居ない。愛されないで死んだ。だからせめて、最後に愛を込める」
話もそこそこに次の死体を抱き上げた。そしてまた同じ行動と「愛してる」と言い、燃え盛る焼却炉に放り込む。それを何度も繰り返すのをずっと見ていた。一つ一つが丁寧で飽きはしなかった。

無意識に、血で手袋が少し汚れている彼女の手を握っていた。
「…僕にも、愛してると言って下さい」
「い、いや、駄目だよ?」
「なぜ?」
「だって…君は生きているし、ちがう意味になってしまう、から」
顔を赤らめておどおどしている彼女に少しずつ詰め寄る。俺よりも地位は上だろうが、そんなことはどうでもいい。哀しくて優しくて簡素な彼女の愛情が欲しい。
「貴女が僕を愛してると言ってくれたら、僕は皆を愛して送れます」
「そ、うなの?」
「はい」
「でも…。それだったら、私一人でやる」
幼い表情を一切取り去り、握っていた手を振り払われた。
手伝いを要請したのはきっと彼女自身なのに。
「僕は貴女を愛してます」
「嘘だ。気味悪がって誰も私と関わらない。誰も私を知らない。私は愛されたことなんて一度もない。私は…」
「愛してます」
また死体を抱き上げようと手を伸ばしていた背中に言った。彼女はぴたりと動きを止めた。
「貴女の名前は?」
「…なまえ」
「愛してます、なまえさん。哀しい、優しい、愛を送れる貴女を、愛しています」
「………。」
彼女は立ち上がって俺の目を真っ直ぐに見据えた。そして今度は逆に俺の手を両手で握りしめて、胸元で止めた。死体に行う行動と同じく、目を瞑り、言った。

「愛してる、サンダユウ」

と。
その日、酷く穏やかに俺は何十人かを送った。


110719 おくりびと



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