「あつい…」
なまえが帰ろうとした夕方になってもそれはそれは暑かった。さっきまで部屋の扇風機にへばりついていたので、廊下の体感温度は酷いことになっていた。外はもっと暑いかもしれない。なまえが自分のサンダルを履いた後、俺もその辺の適当なサンダルを履いた。
「太一も外に出るの?」
「なんか薄暗いからな、送ってってやる」
付いてくるなとは言わず、すぐそこだよ、と笑う。こんなにぽやぽやしているから襲われたり、誘拐されたりしないか心配なのだ。たまに何故なまえの世話を焼いているのか疑問に思うが、それは幼馴染みだからという理由に押し込めている。

外に出るとやはり暑かった。夕日から夜に切り替わる時刻でも、道路に籠った熱がまだ残っているらしい。くいくいと服の端を引っ張られたので振り向くと、なまえが手を握ってきた。どちらも汗で湿っているのでべたべたする。それに、熱い。そんなことは気にしていないように確かにぎゅっと握っていた。なまえはまた笑って、嬉しそうにしていた。行動が、よく分からない。
「ありがとう」
お礼を言われた理由も、よく、分からないんだ。

「…ふふ」
「なんだよ」
「太一の手、好きだなあって」
同じぐらいだった手はいつの間にか、なまえの手を包み込むぐらいに大きくなった。ポジションがポジションなので柔らかくもなく、綺麗でもないこの手。好きと言われたのは初めてだ。
「大きくて、ゴツゴツしてて、いかにもキーパーの手!って感じでさ」
そう熱弁しながら繋いでいない右手をせわしなく動かす。それに連動するように街灯が点き始めた。誉められて、恥ずかしくて、顔を覆いたくなったがプライドがそれを許さなかった。
「なんか企んでるだろ」
「あ、や、その、そんなので言ったんじゃなくて、本当に好きだから…」
後半になるにつれ下がる声量。騒がしいと思ったら、すぐにしょぼんとして、ころころと表情が変わる忙しいやつだ。
「…ありがとう」
なんだか嬉しくて、手を強く握り返した。お礼を言いたくなる気持ちがよく分かった。繋いだ手がいくら熱くても、もう気にならなかった。

「じゃあ、また明日」
ふわりと離れた左手。俺の右手は握るものがなくなって少しだけ寂しい。なまえを引き止めるつもりはなかったが自然と話し掛けてしまった。
「明日はなまえん家で昼飯だからな」
「うん。ちゃんと準備しとく。チャーハンとそうめん以外で」
「…まさか冷やし中華じゃないよな?」
「なっ、なんで分かったの?」

ああ、明後日のメニュー考え直しだ。


110713 夏の夕方



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