△天国にて

私は運命に身を任せているんだ。
喜んで、自分の役割を果たすつもりだよ。

「なまえさん」

彼らを愛し、私の心すべてを捧げて、辛い思い出と暮らそう。

「なまえさん?」

天が定めたこと、命は天に授けられたもの。すべては、そういうことだったんだ。

「なまえさんってば」

わからないかい?
みんなが私に向かって言う。
ああ、わかってる、わかっているよ、それが真実なんだ。
そうさ、すべてはそういうことだったのだろう。





「なまえさん!」
「あ、うん?何?」

仗助はヘラヘラ笑っているこの女性のことを、精神的にも見た目的にも、自分よりも十も歳上なのだとは到底思えない。まるで、あの旅から歳をとるのを忘れてしまったような、そんな容姿をしていた。
仗助も人のことを言えた立場ではないが、多かれ少なかれ彼女は無理をする人間であった。戦いは常に相討ち覚悟、まるで自分の身など案じていないようだった。
仗助は承太郎から、もしくはなまえからの連絡を受けて、杜王町ホテルの一室、まるで通い医者のような仕事をしていた。1日が終わると、なまえは必ず一箇所ほど軽い怪我をしている。今日は死なない程度にしろ、ひどい怪我だ。
なまえは仗助たちが学校に安心して通えるように、学校の周りの見張りを怠らなかった。集う敵と戦い、そして傷を貰ってくる。そのことに関しては承太郎となまえは黙秘している。敵が来たから倒した。それぐらいだ。

「あんたはちこっと自分の身を大事にした方がいいッスよ。どんな理由があるかは知らないッスけど」
「だって、どんな怪我しても仗助が直してくれるじゃあないの」
「だぁかぁらぁ、死んだら意味ないんスよ?!」

死んでもいいのだ、となまえは言い掛けたが、仗助は遮るように唇にスッと手をかざして切り傷を治す。
血を流したなまえは血が足りおらず、半分というよりは八割、夢の世界だったようだ。うわごとのように呟いていたのは英語で、ハーフであるものの日本育ちの仗助には全く理解が出来なかった。
なまえは50日間の旅で付け焼き刃ながらも英語を喋り続けたため、日本人ながらソコソコ英語が上手かった。曰く、たまにフランス語訛りが混じっているのは愛嬌らしい。

「あんたが死んだら、きっとみんな悲しむ。天国にいる人達も。自分一人の命じゃないって事、分かれ……ッス」
「……やれやれ、誰かさんと同じことを言うんだね。ふふふ、仗助は優しいなぁ」

なまえはこれは戒めに取っておくから、と指の怪我だけ治すのを拒んで目を閉じた。ぱっくり開いた傷口から、なまえの心の傷が見えるようだった。ジクジクと心の中心が疼く。仗助はサイドテーブルから救急箱を取り出した。その中からキズ薬と包帯を選ぶと、なまえの指に器用に包帯を巻いていく。

仗助はクレイジー・ダイヤモンドでなおせないものは病気と、自身の傷だけだと思っていた。だが、違った。どう頑張っても自分のスタンドは心の傷を癒す事は出来ないのだ。仗助はそれだけが歯痒かった。

「優しい。優しいね、仗助。君はきっと幸せになる」
「ああ……あんたもな」

天国にいる人さえ思うその気持ち、いくら優しかろうが、想い続けるのは苦しいのだ。



△ぼくは優しさの国へ行けない。

自分がそう望んでも望まなくとも人生にはそれぞれ決まったルートがある……人はそれを「運命」と呼ぶ。先生もそうだろ?
あの50日間の旅で大切なものを無くしたことも等しく「運命」だった。
もし、そこで私が代わりに刺されていたなら、飲まれていたなら、また運命の歯車は違ったのだろう。そう思わずにはいられない。
運命が変わったとしてもきっと「結末」だけは変わらない。DIOが死ぬルートだけは変わらない。
ならば私が、他の誰かに変わってやれないだろうか。
「結末」を変えずに「運命」を差し替える方法を、この10年間……私はそればかりを追っている。それ自体冷静じゃあ、ないがな。


「でも今は吉良吉影を最優先にしているよ」

なにを、突飛なことを。
冷や汗をかいている露伴を目の前にして、年上の女性は物音立てずにドゥ・マゴの紅茶を啜った。
目を引くさくらんぼのように赤いピアスを付け、手首にはちっともサイズの合っていない金色の腕輪をつけている。いつ見てもずり落ちそうだ。承太郎さんと似た黒いハイネックにつつまれた服装では、そればかりが目立った。
僕は話を聞きながら、その様子をガリガリとスケッチしていた。もちろん許可は取っていないが。

「運命の差し替え……ですか。すごいことを考えますね」
「我ながら馬鹿馬鹿しいと思っているよ」

自分は精神異常だとでも言いたいのか?ふん、26にもなって馬鹿馬鹿しい。取材はしたことはあるけれど、あいにく僕は精神鑑定など出来ないし、自殺したいだとか鬱だとかそういう精神異常にも理解がない。我ながらひどいやつだと思う。寧ろイかれてるのは僕かもな。自覚あるじゃあないかって?うるさいな。
まあ漫画のネタにはなるかな、一つ話を広げてみよう。

「姐さん。もし、運命の差し替えができたとして。あなた一人に対して救うことのできるのはきっと一人だ。仲間と自分の命、どこを差し替えるんだ?」
「……さてね。それはわからない。でもきっと、目の前にある運命を選ぶだろうさ」

エグい内容を話している割には彼女の目元は穏やかで、紅茶に落としている視線がこちらに欲しくなった。
スケッチブックを一枚捲る。

「姐さんは優しいですね」
「そうかな」
「ええ、とても。きっと姐さんの仲間たちはみんなそうなんでしょう」
「ふふふ、それは否定出来ないね」

そうだ、優しい。優し過ぎる。
彼らは自分の命を投げ打ってDIOを倒したんだ。ジョースター家の、ひいては世界の運命なのにもかかわらず、さも自分のことのように考えて死んだのだろう。ああ、とんだ甘ちゃんだ。
ぼくは知ってる。漫画の資料などで見る筋肉のつき方とはまた違うしなやかな筋肉を持っていること。その上についた無数の傷の気配を。どうせ誰かを助けるために傷付いたんだろう。
誰かのために。他人のために。
みんな、そう思っている。仮に姐さんが戦いで死んだとしよう。きっとその中の誰かが、この人を生き返らせることに躍起になるに違いない。その可能性が限りなく0%に近くとも、取り戻そうとするだろう。
嫌な話だ。ぼくにも分かっているのに、貴方はそれをわかっちゃいない。なんにもわかっちゃいないんだ……。

「みんな馬鹿だなぁ」
「ん?」

ぼくは自分さえよければいいと思っている。自分の近しい人だけ幸せになればいいと思っている。
自己中なぼくは、優しさの国に行けないんだ。



△存在意義


「ほんとうにやるのか、仗助」
「いまさらやめろっていうんですか、先生」

バララッと開いた顔の本を捲る。見たことも聞いたこともないような体験がズラリと並んでいてそれだけで興奮する。ああ、別に襲おうとかそういうアレじゃない。仗助がこの自殺願望者をどうにかしようというのだ。死んだ人の記憶を消して、新しい人生を歩かせたいのだ。それに乗っかってしまったぼくもどうかしている。ヘブンズ・ドアーを使えば記憶を書き換えるなんて、そりゃあ朝飯前だ。でも、それでいいのか?と問い掛ける自分もいることは確かだ。彼らを忘れるということは、50日間の旅のことも忘れるということだ。

「旅の記憶を消すだなんて。よく思いついたもんだ」
「だって、この人……きっと、10年前から一歩も前に進めてないんスよ」

彼女を助けるためには、いっそ記憶を頼り消してしまうが一番の得策のような気がした。
その旅の記憶は「50日間旅行記」というタイトルで綴られていた。目次、関係人物、驚くことに索引まである。つまり、日常会話でも索引に引っ掛かればあっという間にこの旅を思い出してしまうのだろう。恐ろしいほどの記憶力と、執着心だ。
ぼくとしては、この記憶をそのままごっそり抜き取ってしまって楽しみたいところだが、体重に変化があれば勘のいい姐さんにバレてしまう。「私の大切なものをうばったでしょう」と心の奥底の想像がぼくと仗助の腕を掴む。暗闇から這い出る、赤いネイルの爪が突き刺さっていとも簡単に血が噴き出した。

「次……捲れよ、露伴」

たらたらと流れる汗を背中に感じたのはぼくだけじゃあない。
彼女の旅の物語。それはエピローグから始まっていた。



エピローグ
DIO

高校生のころ、もともと外国で働いていた父に連れられてカイロに旅行に出かけた。
正直中東方面なんて興味はなかったし、どちらかというとイギリスやフランス方面のおしゃれな所に行ってみたかったのが本心だ。父がそっちだと言うのなら仕方がないけれど、一応お金はあるし、抜け出してヨーロッパに行ってみるのもありかな、なんて考えていた。
実行まで至らずとも脱走計画を練るぐらいだから、私は素行が良いとは言えない学生だった。両親に反抗しているわけではない。ただ他人よりチョッピリ好奇心が旺盛なだけだ。今回もその本能に従っただけだった。
「カイロの夜は危ないから出歩いてはいけないよ」という父の言いつけを守らずに、私は深夜になってからカイロの路地裏をウロついていた。あんまり綺麗とは言い難いけれどある意味リアルな外国を感じられると思ったからだ。述べたとおりリアルなカツアゲやら路地裏セックスやらを見る羽目になり、早々に幻滅して引き上げようとした、その時だった。
路地裏の壁に背をもたれ掛けさせる一人の大男が行き先に立ちはだかったのだ。顔は影になって見えず、月の光をまとった金髪と白い肌に一瞬「女性である」と感じた。「大男」なのに「女性」とはなかなかおかしなものだ。だが、そう感じさせるだけの色気と美しさだったのだろう。今でもあれは綺麗だったなと思う。
「彼」はゆっくりと赤い唇を動かしてこう言った。

「君……一人なのかい?旅行者さんだね。どうかな、少し…付き合ってはくれないか?」
「はあ……」

ナンパか?と思った。でもまさかナァ、彼はこんな小娘に声を掛けるような馬鹿な人間には見えないのだ。どこかおかしい。じり、と無意識のうちに少しだけ後すざりすると相手は静かに一歩踏み出した。

「私も旅行者でね、話し相手が欲しかったんだ」
「………」

この人、なにか裏がある。そう思わざるを得なかった。
また一歩後退ると彼もまた距離を詰める。

「ああ、その目。分かる、分かるぞ、きみは少々人を見下すタチだろう。私とおんなじ目をしているからな。誰も自分のことなんか分かっちゃくれないと思っているんだろう?」



敵→味方ルートめっちゃすきですごめんなさい



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