「はっはっは、それは大変だったな」
「笑い事じゃないっすよ江島さん…」

夕食時間。腕を組んで大笑いする江島さん。二百キロのバーベルを持ち上げる怪力無双の大男には、Hを背負って歩いて帰ってきた時の辛さなど分かって貰えないのだろう。きっと黙々と食べている蛇野さんもゴールキーパーという立場から間違いなく理解に苦しんでいるに違いない。こちらは腕が筋肉痛だと言うのに。ああ、なんであの時江島さんや蛇野さんが走ってくるのを待つことまで頭が回らなかったのだろう。あれもこれもHのせいに思えてくる。春雨スープの長い麺がHの髪に見えて一瞬萎えたが、それはすぐに食欲に変わった。春雨は噛めたか噛めてないかいまいち分からない。すぐに喉を通った。

「本当にあいつのこと嫌いなんだな」
「この前なんかあまりにも煩くてイライラして壁蹴ってたら穴開きました」

このぐらい、と手で表現すると江島さんは大爆笑し始めた。

「はっはっはっは、やるなぁ最近の一年は!」
「だから笑い事じゃないです…」

艶々と光る白米を掻き込む。空になった茶碗に蛇野さんは黙ってご飯をよそってくれた。しゃもじが大変お似合いだ。「穴は塞いだのか?」ふかふかと湯気が出る茶碗を渡しながらそう問い掛けてきた。「いいえ、特に不便もないので」受け取った白米を食べながらそう答えると、蛇野さんは飽きれ顔をしてお茶を一口飲んだ。いつもは感情を表に出さないポーカーフェイスが崩れた。

「仮にもお前は女だろ?」
「女です」
「分かっているなら穴を塞げ。着替え覗かれたらどうするんだ」
「あー…」

青椒肉絲のくせに申し訳程度にしか肉が入っていないそれをもくもくと咀嚼した。無駄な歯応えだ。噛みながら考えたが、Hはそういう性的なことに疎いように思える。もしあったとして、私の着替え見たところでなにもならないだろう。このまっ平らな体型に興味があるならばまた別の話だが、とりあえずはありえない。

「男はみんな狼だぞ」

蛇野さんは片手の尖った指先を怪獣のような形にして引っ掻く真似をしてくる。それは猫だと突っ込みたくなった。ついでに自分のことを狼だと言っているのと同じなのだがそれはいいのだろうか。青椒肉絲の汁が染み込んだ白米を掻き込んだ。美味しいのだが、やはり肉が足りない。ふと向かいの江島さんが食べる手を止めて、冗談のように言った。

「そんなに心配なら蛇野の部屋に泊めればいいじゃないか」

「ぶっ!」と吹き出した蛇野さんの尖った顎からお茶が滴っている。江島さんは酒も飲んでいないのに笑い上戸のように笑い始めた。そんな江島さんを睨みながら蛇野さんはハンカチで丁寧に顎を拭いた。ハンカチを持ち歩くなんてやっぱり几帳面な方だ。

「女子を自室に連れ込むなんて破廉恥な…」

そう言いながらまた空になった茶碗にご飯をよそってくれた。自棄になった蛇野さんはストレス発散のように、ご飯を茶碗に山盛りにしていた。これが噂のサザエさん盛りというやつか…。さすがにこの上に青椒肉絲を乗せる勇気はなかったので白米だけをおとなしくかき込む。うーん、もうちょっと固めに炊いて欲しい。

「蛇野さんは破廉恥だ、って言いましたけど15歳からみて13歳ってただのガキに見えませんか?」
「蛇野はこう見えてロリコンだからな」
「…へぇ」
「違う!」

人は見掛けによらないものだ。…なんて、江島さんも冗談がお好きな人だし、真剣に否定している蛇野さんに限ってそんなこともないだろう。ロリの定義がどうたら呟いている蛇野さんを無視してデザートを取りに向かおうとした。

「最後の一個ゲットー」

鼻唄を歌いながら帆田さんがやって来た。

「帆田さん…それ」
「プリンこれ最後。残念だったな」





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