私が座っている席はちょうど教室の中心部だった。面倒くさそうだと感じる人もいるだろうけど、音読も問題も何かと端から始まることが多いので当たりにくくて楽と言えば楽だ。特に、前の席に座っている南沢篤志にちょっかいを出して遊ぶのが楽しい。悪戯をして仕返しをされる関係がいつから始まったかもう忘れてしまった。
いつもハンカチを額に当てている汗っかきな先生が教室に入ってきた。ホームルームが始まると言うのに、今日は前の席の色気を撒き散らしている紫色の頭が見えない。思考を巡らすために手に持っていたシャーペンをくるりと回した。内申点ばかり気にしている彼が遅刻をするはずがないし、もしかして風邪を引いてしまったのかもしれない。もしそうだったなら家に押し掛けてお見舞いと言う名の嫌がらせをしに行こうと思った。汗っかき先生が南沢について口を開くのをわくわくしながら待った。

「えー、急にですが南沢くんは転校してしまいました。転校するまで誰にも教えないでくれとの事でしたので、今伝えます。それでは出席を取ります」

ペンをくるくる回していた手を止めた。教室内がざわめく。中心部にいるので南沢への文句や惜しむ声が全て聞こえてくる。出席簿を開き平然と名前を呼んでいる先生は、まるで南沢が最初からいないような扱いをしていた。クラスメイトの声も出席を取る声も段々と聞こえなくなってくるほど頭の中がパニックを起こし始めていた。何故彼が誰にも言わずに、しかも行き先も告げずにいきなり転校をしたのかさっぱり分からなかった。

その日から、欠けた世界の真ん中で私は一人だった。前の席に紫色の頭が見えないだけ、それだけで落ち着かない。心に風穴が空いたみたいだった。どうしようもなく好きだったんだって、恋をしていたんだって今さら気付いたんだ。意識する以前に近くに居すぎて分からなかったんだ。





「なにやってるんだろ…」

南沢の家の前で文字通り右往左往。インターフォンに手を伸ばし、指をボタンに宛がって押そうか押さないか迷っていた。ここまで来たならもう、押すしかないのだが南沢が出てきたらなんて言えばいいのか分からない。転校も何も無かったように普通に接したらいいのか。ああ、頭が混乱してきた。ペン回しがしたい。



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