※ものすごい捏造です。



未来のことは、誰にも分からない。

だから、おれがこの人たちの、何年も先の子孫だということは、もちろん知るよしもない。
ざあざあ木が騒ぎ、ひだまりが移動するベンチに彼らはいた。ひい、が何個付くか検討はつかないが、若い祖父はしあわせそうに、若い祖母の大きなお腹をなでていた。子供、か。優しそうな祖母はほほえみ、ひだまりのような生ぬるいしあわせを目を閉じて甘受している。おれの知っているデータ通り、柔らかい雰囲気の美しい人だ。祖父は…鬼の通り名が似合うようなもっと厳しい人だったはずだ。
おれはバダップ・スリードという人間とその妻を、どうしてもこの目で見ておきたかった。円堂守に負け、それ以降なにを思ったのか。何故まけた程度でサッカーを消すのを諦めたのか。何を考えて王牙学園に反抗したのか。歴史やデータだけでは分からないことだらけだ。まずは歴史に影響がなさそうな、円堂守との戦いから十年後の世界をみにきたと言うわけだ。
気配を殺して観察していたはずだが、祖父の目線がぎろりとこちらを睨み心臓が跳ねる。紅い目が燃えている。さすが、というべきか軍人ならば当然か。やっとデータ通りの本性を見せた。祖母も異変に気付き不安そうな顔をしている。今日は観察をしにきただけで、闘うつもりはない。敵意が無いことを示すため、木の陰からゆっくり姿を見せた。祖父の殺気が未だにぴりぴりとした。

「バダップ、大丈夫よ」
「………」

祖母が一声掛けるだけで、殺気立った空気が急に軽くなった。

「ねぇきみ…、こっちにおいで。少しお話しよう」

まるで催眠術にかかったようだった。優しい声に誘われておそるおそる一歩歩み寄った。優しいほほえみにもう一歩。祖父が敵意を向けなくなったのを感じてもう一歩。一歩、一歩ゆっくりと自分の祖先へ近付いて、目の前で立ち止まった。
「座って」と祖母は祖父と隙間を作った。見ず知らずの人間に、身内とのど真ん中に座らせようとする真意は、それはきっと祖母にしか分からない。祖父は無言のままそっぽを向いている。妻のすることには、意味があると知っているのだろうか。

「ほらほら、遠慮しないで」

ぐいっと手を引かれて間に収まってしまった。祖母はほほえんだまま、祖父は無表情のまま、話すこともなく時が流れた。一分、二分、三分。家族の、中。は、やはりとても生ぬるい。風が髪を揺らして行く。ちらりと祖母に不釣り合いな大きなお腹を見ると、彼女は口を開いた。

「もうすぐ産まれるんだよ。触ってみる?」
「…………。」

この薄い皮と肉を隔てたところに、弱い生命が一つ。これ触り、なにか失態をして壊れてしまわないだろうか。そうなれば俺の存在にも関わってくる。

「いいから、触ってみろ」

いつまでも行動に移さないおれに苛立った褐色の手が、そこへ導いた。苛立ってはいるが、やさしい。張った腹は、これまた生ぬるく、それ自体が息づいて、おかしな感じがした。褐色の手がそっと離れてもおれはそこから手を離せずにいた。

「怖くは、ないのですか」
「ん?」
「もうひとつの、命を自分が握っていることが怖くは、ないのですか」
「ふふ、それはもちろん…」

すうっと目が細くなって、
「怖いよ」
と言った。
祖母は俺と同じことを考えていた。

「怖くない訳がないよ。わたしがなにか失敗してこの子をなくしちゃったらどうしようって、悩んでた。でもね、ほんと、ふふっ…私がそう言ったらバダップったら…ああ、きみの隣の人なこと。バダップは仕事を無理矢理休んであちこちお世話してくれたの。『俺が守る』って、もーやる気でね。だけどこの人家事なんかあんまりやらないし、家の中がごちゃごちゃよ?でもその気持ちが嬉しくて、考え込んでなんかいられないって思ったよ。…あら、一人で喋っちゃってごめんね」
「…いいえ」

どこか真剣になったかと思いきや完全にのろけていた。頬に手を当てて上品にほほえむ祖母の視線の先で、両手で顔を覆った祖父が耳まで赤くしていた。どうやら恥ずかしいぐらいに失敗したらしい。「サンダユウに頼めばよかった…」と呟きが聞こえてくる。盛大に照れる祖父を放置したまま、祖母は今度は俺の深奥を探るように目を細くした。

「きみも、なにか怖がっているの?」

さっき祖父に睨まれたときとは違う風にドキリとした。心の奥底まで見透かす目の色が、まばたきが、長い睫毛が、不思議な雰囲気だった。神々しい神様を見たときは、きっとこんな気持ちになるのだろう。
怖がってなんて、いない、と思っていた。でも、なにか心の裏にあったものが表に出てきてしまったようで、唇を噛んで溢れるのを防いだ。この生ぬるい空気に流されて、弱味など見せたほうが負けだ。
祖母は見透かし終えた目を閉じて、また語り始めた。

「きっと、きみは、弱いところを見せるのが怖いのね。昔の誰かさんにそっくりよ」

祖父の銀髪が揺れた。

「ちょうどきみと同じぐらいの年ぐらいの時かしら。意地っ張りで、プライドばっかり高い人がいたの。というかそんな人ばかりだった気がするけど…。とりあえず、腹を割って話すことはあり得なかったわ。でもね…」
「その辺は俺が話そう」
「ふふ、そうね」

まだ少し頬が赤いが、本調子を取り戻した祖父が話の間に入ってきた。無口な彼が話したいほど重要な話らしい。

「弱味など一切見せなかった彼等が、どうして腹を割って話すことが出来るようになったか、君には分かるか?」
「………いいえ」
「仲間を信じる勇気を持てたからだ。勇気を出したからこそ、足りない部分を補い合い、更に高みを目指せたんだ。…それを教えてくれた人がいる」

祖父は穏やかに、しかし力強く握り拳を胸に宛てた。間違いない、それは円堂守だ。仲間に、勇気。暑苦しく、馬鹿馬鹿しいぐらい綺麗な考えだ。だが、それが祖父バダップ・スリードを熱血漢に(とまではいかないが)変えたものだと言うのか?昔話でもあるまい、鬼がそこまで簡単に変われるものだろうか。

「俺が口で言っても伝わらない。お前は多分、俺と同じタイプだ。実際に体験するしかないだろうな」

この二人は俺の心が読めるらしい。目を伏せていると大きな手が伸びてきてぐりぐりと頭を撫でた。上目使いで見た祖父は微かに笑っていた。つられて少し口角が上がる。
俺の気付かぬ間に凍ってしまった心臓は、家族の生ぬるさにゆっくり確実に融けていた。すっかり忘れかけていた家族の中は、とても居心地が良かった。何故祖父は、とさっきはつらつら目的を述べていたが、もしかして本当は、自分は、忘れていたこの心地よさを思い出したかっただけなのかもしれない。

「…もう一つお伺いしたいことがあります」
「なんだ?」
「貴方はどうやって意中の相手を射止めたのですか?」

ぷはっ、と祖母が吹き出した。それと同時に祖父の顔は真っ赤に染め上げられた。俺の祖父にしては赤くなりやすい気がする。自分の父はどうだろうかと思い出してみるが、暫く顔を見ていないので思い出せなかった。ひとつ、バダップ・スリード同様母を愛していることだけは確かだが。

「そっ、そういうことは己で考えるんだ!いいな!」
「わかりました。では私はそろそろ」
「ああ!」

祖母の笑いを止めようと祖父は必死だった。帰るなら今のうちだろう。この人を射止めるために一体何があったのか。そんなことはまた過去に飛べば分かる。だが、そんなことは反則だ。好きなひとは、自分自身の方法で。
二人が見えない物陰にまで歩き、そっと感謝の言葉を呟いて自前のルートクラフトり乗り込んだ。大切なことを教えてくれてありがとう、スリード。あなた方は、とても温かかった。

◇◇◇

ざあっ、と木が騒いだ。風で乱れた髪を直してやるとくすぐったそうに身を縮めた。
「彼、未来に帰ったかしら」
「ああ」
俺達は分かっていた。あの子が未来から来たことを。まず直感で気付いたのは彼女のほうだ。彼女からの目配せで俺は気付いたのだから、女性の勘には敵わないなと思う。
「やっぱり何年後でも何人でもひい孫は可愛いわねぇ」
「ああ」
「もっといっぱい孫が出来るように私たちも頑張りましょうか」
「……ああ」
「愛してるよ」
「俺も、愛してる」
恥ずかしい台詞のあと、重ねた額は気持ちが通じ会うようだった。


やがてきみにも幸せが来るだろう。アルファ。いいや、君の本当の名前はーーー


130412



- ナノ -