「ムラクさん!おはようございます!今日も天気さいこうですね!あの!ムラクさん!きいてください!わたし昨日5機もしとめたんですよ!それから、フラッグもちゃんと取りました!あとコントロールポッドに着いたのもいちばんだったんです!それとゲホッ、ゲホッ」
「すこし落ち着け」
「んん、んっ、はい!!」

朝から雀のようにピーチクパーチク周りで騒いでいるのは一年下の後輩。わざわざ教室に押し掛けては昨日のウォータイムの報告をして帰って行く。これも数ヵ月前、たまたまアイツの機体を助けてしまったことから始まったので自業自得と言えば自業自得なのだが…。なんでも「わたし、ムラクさんに助けてもらって目がさめました!これからはだれかを助けてあげられるようなプレイヤーになります!ムラクさんのように強くなります!」ということらしい。そしてこの宣言通り、めきめきと腕をあげ小隊の隊長にまでなってしまった。

「ムラクさん、ミハイルさん、バネッサさん、カゲトくん!わたしもっと強くなりますから!」

そして始業の五分前には帰って行く。
あの「バイオレットデビル」に挨拶に来る一年生、と話題になったこともあるがすっかり日常風景となってしまったため今では誰も気にしていない。慣れと言うものは本当に恐ろしい。

「俺だけなんで『くん』なんだ………アイツも毎日毎日飽きないッスね」
「構わんさ。優秀な後輩が出来るのはいいことだ」

カゲトくん呼びされたことに不服な面持ちをしている。いつものことなのだが。カゲトを一年生と勘違いしてそのままくん付けが定着してしまったのが真相だ。…カゲトには隠しているが。

「優秀……ッスかね、アイツ」

隊長になったあたり、優秀なことは間違いないのだが……数ヵ月前のあの戦闘以来まだ同じ戦場に立ったことはなく、現在の実力を目にしたことはない。メキメキと腕を上げているのは間違いないが、そのスピードは少し気になるところでもある。毎日戦果報告はしに来るが、第三者の目線でみた実力が知りたいのだ。
こういうことはそこの小隊のメカニックに聞くのがいい、一番戦況をよくみているはずだ。とはいえ、そのメカニックの顔を知らない。最近結成されたばかりなのだ。聞いて回るのも面倒だ、一度同じ作戦に参加すれば分かるだろう。

まもなく、その機会は訪れた。
今回のミッションはロンドニアの海岸拠点の制圧。二年生の三名、一年生一名の隊長が司令官の目の前に集められた。二年生のなか一年生の後輩も整然と並んでいる。まるでこの戦争の意味がわかっているかのように。
作戦は時間差をつけ数ヶ所で陽動を行い、その好きに警備の手薄になったフラッグを取りに行くというものだった。実に単純明快である。一番槍に指名されたのは後輩の小隊だ。第26小隊の隊長はキリリと眉を吊り上げて大きく返事をした。大丈夫だろうか、一番槍はいちばん狙われやすい。何せ時間差がついている、つまり俺たちは助けにもいけないのだ。一年生にこんなことをまかせて、教官はいったいなにを考えているのか。

「ムラクさん!やっとこの機会がきましたね!わたしの実力をおみせします!」

教官の考えなどあの子にとってはどうでもいいようだ。張り切って一足先に廊下に出ていってしまった。まってよ隊長!と瓜二つのプレイヤー二人が跡を追う。双子か、珍しいな。もう一人メカニックがついていこうとしたが呼び止めた。アイツの情報を聞き出さねばらない。第三者の目線でみた実力を。

「一つ聞きたいのだが、いいだろうか」
「へ、あっ、はい!バイオレ……じゃない、法条、ムラクせんぱい」

バイオレットデビル…。
ごほん、と一つ咳払いをした。

「最近、小隊を組んだばかりだとおもうが隊長はどうだ?」
「隊長ですか?えっと………バカです」
「それは分かっている。ウォータイム中の話だ」
「そ、そうですね!隊長がバカなのはみんな知ってます!」

ピシッと敬礼を構えて叫んだ。隊長をバカ呼ばわりするのは些かどうかと思うが。
隊長の機体はガウンタ、隊長たっての希望で赤を主にカラーリングしています。これがもうなかなか気に入ってくれなくて苦労しました…。近々予算が入る予定なので、隊長が操作しやすいようオリジナルにカスタマイズしようと思ってます。かっこよく、ってこれは隊長の希望です。すっごくこどもっぽいですよね。でもウォータイム中だけは想像できないほどすごくマジメになるんです。それも戦闘中は指示以外全く無駄話をしませんし、制圧までノンストップなんです。狙った獲物は逃がさないハンターです。武器は近接系が好きみたいです。あれ?でもハンターじゃ両手銃ですね。きっと、憧れのムラクせんぱいの真似っこですよ。
流石、と言ったところか。一言聞いただけでいくつも情報を引き出してきた。よく隊長を見ている。

「真面目、というのは?」
「ええ、とてもマジメです。マジメ過ぎてたまに話聞こえてないんですけど、周りの状況はちゃんとつかめてるみたいです。仲間のピンチには必ずたすけにきますし」
「…………そうか。いい隊長だな」
「はい!ではクラフトキャリアの整備がありますのでしつれいします!」

元気に隊長の跡を追うメカニックを見送った。…名前を聞くのを忘れてしまったが、まぁ後で誰かに聞けばいい。しかし、メカニックの声さえ聞こえていないほど集中しているとは。とんでもない能力を秘めているらしい。見学者にとっては今回のウォータイム、見物だな。一年の小隊全員がいなくなったあと二年の小隊はもちろんざわついた。あいつらはどうせい捨て駒だの、バイオレットデビルになんてことをだの。異色であるから故にバッシングを受ける。時代を導く先導者は常に異端である。今やジェノックの先導者である、瀬名アラタもそうであった。

サイレンが鳴り響き、ウォータイム開始時刻になった。一年生のクラフトキャリアが先発で飛んでいくのが見える。
お手並み拝見と、言いたいところだが後発部隊はその様子が見られない。自分の陣地ならあちこちにカメラが設置されていて見ることが出来るのだが、戦場は敵地である。さて、どうなる。遠くからみたところ、一発大きな爆音が聞こえた以外変わったようすはない。どうやら最初の一発は敵を陽動するために爆弾でも投げ込んだのだろう。作戦は悪くない。
五分後、次発の俺達は敵地に降り立った。先ずはフラッグの場所へ。先発の陽動が思いの外成功したのか、警備は手薄だった。いや、手薄どころか一機も見当たらない。おかしい、ここは海岸の重要拠点のはずなのに…。

「ムラク、これはどういうことだ?」
「俺にも分からない」

警備を承知でコンテナの上に登った。だれもいない。しかし微かに戦闘音が聞こえる。音がする方面を振り返った。あそこは、先発部隊が陽動を行った付近だ!そう感付いたとき、タイミングよくカゲトから通信が入った。
「確認できる敵の機体全てが先発小隊の戦闘地に集結!ロシウス側にロスト、ブレイクオーパーはない模様、戦況は不明ッス!」
まさか、そんな馬鹿な。あの一年の強襲に全ての警備を充てたのか?!まずい、と思った。あの子たちに実力があるとはいえ、数で押し負けたらお仕舞いだ。

「ミハイル、バネッサ。今から先発小隊の救出に向かう。カゲトは一年のメカニックに通信を取れ」
「了解!」

戦地に近づくにつれ、ドォン…ドォン…!と徐々に戦闘音が大きくなっていく。黒煙も上がり始めた。これはこちら側の攻撃なのか、それとも………。
必死になって駆け付けた戦場は、悲惨な有り様だった。めらめらと炎が渦巻き、その隙間からブレイクオーバー、またはロストした機体が見える。散らばった部品のなかに赤のガウンタ、は見えない。隊員のグレイリオもない。

「先発小隊の装備ではこんな火事は起こらないだろう………」
「つまり、相手側の攻撃ってことか…!」

バネッサとミハイルのやり取りに冷や汗が背中を伝った。

「カゲト、メカニックは?」
「応答しません……」
「機体の反応は?」

カゲトはうつ向いた。反応がない、ということだろう。
炎の熱気で景色が歪んで見える。あの向こうに、彼らの破壊された機体があるのだろうか。………もう諦めた方がいいのかもしれやい。俺達の目標はフラッグ、それをとりに行かねば制圧は完了しない。本当に残念だ、第26小隊……。炎に背を向けたとき、もう一発大きな爆発が起こった。その爆風とともに機体が三機上空に舞い上がる。真っ赤なガウンタとグレイリオ、間違いなくロシウスのものだ。横のコンテナを跳び移りながらこちらへ下がってきた。

「第26小隊!」

誰からともなくそう叫んだ。

「ゲホッ、先輩方なぜここに……」

やっと通信が繋がったモニターからは今にも泣きそうな後輩の顔が映った。全員疲労困憊、といった様子だ。隊長に至っては咳酷いしている。それはそうだろうな、この爆発のなか、いつロストするかも分からない状態で戦っていたのだから。しかし、こいつらの悪運が強いだけなのか実力なのか、よく切り抜けたものだ。

「んんッ、私たちなにか不備が…………?」
「いいや、何でもない。ミハイル、バネッサ、行くぞ」

疲弊した三人をその場に残し、あっさり拠点を制圧してウォータイムは終わった。
不備があったどころか、上出来だった。たった五分で敵を警備のLBX全てを壊滅状態にまで追い込み、爆破に終われながらも生き残ったのだから。一年生たちはコントロールポッドから降りた瞬間、ぐだっと床に座り込んだ。ほぼ倒れこんだといっても過言ではない。

「つ、つかれた……」
「つかれた?」
「ひぇっ!ムラクせんぱいいつからそこに!つ、つかれるなんてめっそうもない!ほらたってよみんな!」
「たいちょだけ立っててよー…」
「ああもうバカ!」

バカー!とさけびながら地団駄を踏む様は年相応というか、なんというか。怒っていても雀がピーチクパーチク鳴いているようにしか見えなかった。懸命だが伝わらないので、隊員はへたりっぱなしだ。

「あーもう、すいませんムラクさん……」
「構わんさ。あの爆発のなか切り抜けたのだからな」
「切り抜けた……というかわたしたちが爆弾なげてたんです、ドカーン!って」

はぁ?!とバネッサが叫んだ。「あんな盛大な爆発、爆弾の1個や2個でなるわけない」と言いたいらしい。俺たちは勘違いしていたのだ。あの爆発は敵襲ではなく、味方の攻撃だった………よくよく考えればそうだ。あんな爆発は、自分たちの拠点が壊れてしまうだけだ。得にならない。
隊長はCCMを取り出して、小さな卵形の爆弾の写真を見せてくれた。

「わたしたちの自慢のメカニックがつくった超小型爆弾です!おおきさは半分の半分、威力は倍の倍!今日はじめてつかったんですけどうまくいきました!ただ、火の海になっちゃってこっちもつかれたんですけど……。じょうじょうだよね?」
「たいちょがいいならいいんじゃない?」
「じょうじょうです!」

はあ………とバネッサは目をまるくしてる。半分の半分、倍の倍というのはなんだか信用できないが、まぁそれぐらい持ち運びに便利で威力が高いという解釈をしておこう。このウォータイムで、ほぼ間違いなく第26小隊のメカニックは明日賞金が貰える。よかったな、わがままな隊長の機体の改造に充てられるぞ。と心のなかで呟いた。
それにしてもこの爆弾、持ち運びに便利で高威力なのは大変魅力的だが、これはロシウス全体で汎用できるものではないだろう。なにせ自分達を巻き込む大火災が起きるのだからな。俺だって扱えやしない。それを見事に使いこなした赤いガウンタの、26小隊隊長……。

「まるで赤い爆弾魔だな」
「そ、それわたしのことですか!?」
「他に誰がいるんだ」
「うう……」

何が不服なのかがっくりうなだれている。本当のことを言ったまでなのだが。仕方がないな。

「では、今度一度手合わせをお願いしよう」
「ほんとですか!?やったぁ!いつにしますか?いつにしますか!でもムラクさんお忙しいでしょうから、わたしいつでも予定あけときますね!あと場所とかどうしたらいいですかね、やっぱり寮でやったらみんな見にこれて盛り上がっゲホッゲホッ」
「少し落ち着け」
「んんっ、はいっ!とにかくいつでも待ってます!」

そう言うと、ぴょんぴょん跳び跳ねながら迎えにきたメカニックに飛び付いた。「ムラクさんに誉められた!ありがとう!さすがうちのメカニック!」と手を握って振り回している。へたりこんだり、うなだれたり、とびまわったり、本当にせわしない。純粋で、無地気で、ウォータイムなど遊びだと思っている。

だが、それで良いのかも知れない。なぜなら、LBXは遊びの道具なのだから。


131020





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