☆ぼくと承太郎と

僕は承太郎に救われた。そして、そこのベッドでスヤスヤ眠っている彼女も同類であった。承太郎もすぐ近くの椅子で帽子を深くかぶって眠っている。肉の芽を埋め込まれた彼女が空港行きのタクシーに襲いかかってくる場面は、本当に映画のカーアクションのようになってしまったことをよく覚えている。お陰で飛行機に搭乗し遅れるところだったんだぞ、と冗談混じりでジョースターさんはたまにからかう。まあいっそ乗り遅れた方が沈没したり遭難したりしなくて済んだ気もするが……まあ、とにかく承太郎に救われた僕らは、彼の助けになるならなんでもするつもりだ。承太郎がいないところでひっそり話したことがある。言葉にこそしないが、僕らの王様は承太郎だ。
ベッドの脇に腰掛けて、なまえの顔に掛かった髪の毛をよける。人と関わることのなかった僕が、しかも女の子に対してこうして平気で触れることができるようになったのは本当に特殊なことのように感じる。
「相変わらずキザだな、花京院」
「なんだ、起きていたなら言ってくれよ」
「いや……ついさっきまで寝てたぜ」
ちょうど目が覚めた、と大口を開けてあくびをする。うーん、何をやっても憎いほど絵になる男だな……。どうやら本当に今起きたようで目が半分眠っている。ゴソゴソとお目覚めのタバコを探していたが、見つからずに諦めた。ちなみにそれは一時間ほど前に承太郎が自分でサイドテーブルに置きっぱなしにしている。正直タバコは好きではないので言ってはやらないが。承太郎が起きた一方、なまえは目を覚ます雰囲気がない。承太郎もなまえを起こさないようにベッドの脇にゆっくりと座った。スッと伸びた指が額を撫でる。傷跡こそ薄いものの、そこはもともと肉の芽が埋め込まれていた場所だった。
「こいつ、まだ16歳なんだったか」
「ああ、僕らより下だよ。改めて思うと後輩みたいでかわいいかもね」
先輩や後輩という上下関係だけで僕らの関係は測れないのだから、無意味なのだけれど。旅の仲間とは、命を預け合う仲であり年齢関係なく対等でなければならないのだ。
「後輩か……」
「ま、君の場合後輩よりは舎弟のほうが似合いそうだけど。ノホホ」
「オメー俺をなんだと思ってやがる」
番長意外に何があるんだろうか。
承太郎が荒げた声が少々大きかったらしく、なまえがのろりと重そうに瞼を開けた。あーあ、と声を上げずに承太郎のせいだと訴えるとオメーのせいだろと承太郎も目で訴えてきた。押し付けあっても仕方がないし、また眠るように促す。
「ごめんごめん、まだご飯だって呼びに来ないし、寝ててもいいよ」
「………今あと……ジョースターさんが5秒で来るよ」
そのきっかり5秒後にジョースターさんがドアをノックしたのだから、彼女の野生動物的な本能に驚くほかなかった。


☆ポルナレフと

「よぉ〜おはよう俺の可愛い子猫ちゃん。」
可愛い子猫ちゃん……「プチ・シャトン・アドレ」とフランス語で歯が抜けそうなほど甘い言葉を掛けるのはポルナレフだ。電柱のようなセンスのない頭をしているが、生粋のフランス人で愛を語るのに全く抵抗のない人物だった。
寝ぼけ眼のなまえの頬にチュッチュとキスをしてはまた可愛い子猫ちゃん〜と繰り返す。普段なら肘鉄を食らってもおかしくない状況だが寝起きにめっぽう弱いなまえは抵抗する気も起きないらしい。それが分かってからというものポルナレフは毎朝酷いものだ……。ちなみに「自分でも呆れちまうんだが、なまえを見てると妹を思い出しちまってやらずにはいられないのさ〜」というのがポルナレフの言い分である。それを引き合いに出されると僕たち一行は強く咎めるのを封じられてしまっていた。
「おいポルナレフ、いい加減にしろ」とアヴドゥルさんがポルナレフをやんわり制したのとほぼ同時に、僕はボンヤリしているなまえを承太郎の後ろの安全地帯に回した。
「さ、いつもの馬鹿騒ぎも終わったところで出発するかの」
もはやジョースターさんも慣れっこであった。ぞろぞろ動き出した背の高い集団。なまえは承太郎の背中に張り付いたままずるずると引き摺られて行った。


☆アヴドゥルさん

この旅のメンバーはガクセーが多いのだがお酒はよく食事に並ぶ。承太郎も承太郎であんなのだし、僕も嗜む程度に好きだったから集まってお酒を飲むことも少なくない。日本の法律的にはアウトなのだが、ジョセフさんもアヴドゥルさんも黙認している。今日もみんなでカラカラとロックの酒を揺らしていた。
「ねぇアヴドゥル〜私のことを占ってみてよ」
「ほう、珍しいじゃないか。それで、何を占えばいいんだ?今の運勢?将来か?それとも恋愛?」
酔った勢いというか、割と二人とノリノリである。タロットカードを服の裾から取り出す実はアヴドゥルさん、実は恋占いが一番の得手だと言う。職業柄女性からそういう依頼が多いらしい。
「恋愛って柄じゃないし将来のことでいいや」
「OK」
なんだ、つまらないな。いや、つまらないってなんだ、僕。
グラスの中身を一気にあおった。ポルナレフが飲め飲めと次の酒を継ぎ足してくれる。彼女の恋愛にどうこう言うつもりは無いけれど、兄のような立場としては少し気になるものだよね承太郎。…あ、承太郎が酔ってる。
その後興味を失って占いの内容は聞いていなかったが、なまえは酔っ払ってすでに部屋に戻ってしまっていた。きっと占いの結果は覚えていないだろう。そろそろ僕らもお開きにするかというタイミングでアヴドゥルさんに耳打ちをされた。
「なまえの恋占いが気になるんだろう?」
「え、あ、まぁ……少しは」
「そう言うと思ってこっそり見ておいた」
「ほんとうですか!」
「今は全くと言っていいほど恋愛のそれは見えないが……将来的に馴染みの男と深い関わりになりそうだ。自分自身が積極的になれば恋は成就する。ざっくり言うとな」
「……その、馴染みの男っていうのは」
「私には分からんよ」
ハッハッハッと豪快に笑う。そうして手をヒラヒラ振りながら自室に帰って行った。
馴染みの男ってだれだろう。僕達が知らない人なのだろうか。もしくはこのメンバーのうちの誰かか?!承太郎だって、ポルナレフだっている。なんだったらアヴドゥルさんも未婚だ。
……なんだか分かっていそうな気がして怖いなぁ、あの人は。でも今はまだ恋愛に興味が薄いみたいだし、旅のなかでどうこうなる訳ではなさそうだから放っておこう。
今はDIOさえ倒すことができたら、それで。


☆ジョースターさんとぼくらの制服

僕らが学ランを着るように、なまえはいつもセーラー服を着ていた。戦うたびに見えそうだなと思うスカートの中身は、いつも黒いスパッツに覆われて誰も見ることができない。そのためかポルナレフがたまーに引っ掛けたフリをして捲るのだが、本人はさほど騒ぐこともなく。たまに度が過ぎるとその体のどこに力が眠っているのか物凄い勢いで鳩尾にこぶしをめり込ませる。「下じゃないだけ感謝しろよ」と。

ホテルでご飯を食べながらなまえは僕と自分の制服を交互に見ながらつぶやいた。
「なんかお互いちょこっと汚れてきたね」
「砂漠やら海やら移動も多いし、仕方がないさ」
なまえは「それに血もね」と悪気なさそうにぱくりと肉を含む。
「クリーニング屋さんとかないのかな。もしくは承太郎みたいにウール100%で作り直して貰うとか。……なーんてね、そんな無駄に時間潰してる場合じゃないか」
「なんじゃ、それぐらい買ってやるぞ?もしくはその暑っ苦しい制服やめるか、だな」
やはりボンボンは違うのだとなまえと目線で会話をする。ジョースターさんは不動産王だし、承太郎も実は金銭感覚がおかしい。タグホイヤーをそんなに高い時計だと思ってなかったらしい。おふくろのはもっと高いぜなんて平気で言ってのけるのだからお金持ちは怖い。
「私服買ってくれるのはありがたいんですが、いかんせんこちらとセンスが合わなくて」
「一から作らせればいいんじゃあないのか?」
「僕らガクセーはガクセーらしく、ですよ」
「じゃあ制服を一から……」
「ジョースターさんご飯冷めますよ」
僕らはその日、ホテルで制服を手洗いした。


☆承太郎と学ラン

承太郎が椅子で居眠りをしていた。相変わらず学帽のつばは下げたままで顔が伺えないが。
なまえは珍しく眠っておらず、承太郎の学ランをハンガーに掛けて埃を落としていた。楽しそうで、ニコニコして、まるでホリィさんを見ているようだった。
「重いなー、こんなのよく着て歩くよね」
「あのジョースターさんを見ていれば納得するだろう」
「ああ、年齢聞いてびっくりしたよ……」
学ラン磨きに満足したなまえは、次に承太郎の帽子を取り上げて磨き始める。流石にそれはまずいんじゃあないかと冷や汗をかいたが必要のないものだった。承太郎は半目を開けてなまえの姿を確認するとまた眠りに落ちた。
「やれやれ、色男なのに帽子で顔隠しちゃって勿体ないよ」
ポルナレフの影響を受けたような台詞を吐いてみせる。それからまたポルナレフの影響を受けたように承太郎の硬質な髪をひと撫でした。
ああ、もうポルナレフに触らせるのやめよう。この子が変な方向にイケてるメンズになってしまう。
「次、花京院の貸してね」
「え、ああ……」
本当に、この子って子は。


☆砂漠の夜とポルナレフ

「ふぁ……」
薪が燃えて、砂漠の夜を照らし出す。あとなまえの大あくびも。砂まみれになるのも忘れて寝転がりたくなるほど、星空は魅力的だった。
ポルナレフが子猫ちゃんと呼ぶように、なまえは本当に猫のようで、寝るときは温かいところに寄りたがる。きっとアヴドゥルさんがいたなら、いの一番に選んでいただろう。だが、今はいない。寒い砂漠の夜は体温が高いポルナレフか承太郎によく引っ付いて眠っていた。温かくて寝心地イイぜと言う承太郎と、妹と昔こうして寝たなぁというポルナレフ。ジョースターさんは悔しそうに冷たい義手を握りしめいる。僕は低体温なので湯たんぽには向かないことはもとより自覚していた。
「今日は俺か?承太郎か?」
さあカモンという体制でポルナレフは構えた。少し承太郎もそわそわしている。
「アヴドゥル……」
「……ああ、そっか。ごめんな」
悲しそうな顔で、下ろしかけた手を伸ばしてなまえをぎゅっと抱き締めた。アヴドゥルさんの忠告を聞かなかったことを、彼は彼なりに責任を感じているのだ(ちなみに生きていることはポルナレフ以外知っている)。なまえは寝ぼけてアヴドゥルさんが生きていることを言いそうだが、これを見る限り寂しがっているようにしか見えないのである意味いい効果をもたらしている。
「…仇は絶対にうつぜ」
「うん……」

いや、耐えられん。もう笑ってもいいかな。ノォホホ。




※以後ネタバレ



☆僕らに後悔はない

おい、聞いてくれよ承太郎。僕らは死んでいるのに意識があって、まるで共有しているみたいなんだ。

花京院と考えてることも伝えたかったことも全部同じだ。エメラルドスプラッシュを時計台に飛ばしてくれたんだ。最後のメッセージ。あれで伝わったかな、ジョースターさん……。

痛くもない……つらなくもない……。ぼくもなまえも後悔は、ない。分かるんだ。

承太郎、私達を助けてくれたこと、しても仕切れないほどの感謝を送りたい。
この旅は……本当に、本当に楽しかった……。
ごめんね、あとは任せた。お先に逝かせて貰うよ。

さよならアヴドゥルさん。イギー。ポルナレフ。ジョースターさん。…承太郎。ぼくらの星よ。

君だけは絶対に、幸せに……。






「はぁっ!ぐぁぅううあああ!」
痛い!という泣き声で目が覚めた。目が霞んで何も見えない。白くて、眩しい。なまえ、どこにいるんだ。なまえを傷付ける奴は……DIOは?!僕は行かなければ!
「花京院氏!暴れないで!傷が開きます!」
「誰だお前は!どけ!」
「落ち着いて!ここはSPW財団の病院です!」
「びょ、病院?!DIOは?承太郎は?!」
パチパチと瞬きをすれば、やっと周りの様子がよく見えてくる。真っ白いカーテンと多くの管とモニター。僕は自分の腕に刺さっていた点滴をいつの間にか引き抜いていた。
「スタンド使いの皆さんは大怪我をしても動き回るから、こっちが大変なんです。寝ていてください」
肩を押されてストン、とベッドに座り込む。テキパキと点滴を刺し直された。その間DIOは倒したこと、承太郎もポルナレフもジョースターさんも無事なこと……。重体だった僕らは一週間眠っていたこと……を聞いた。なんで生きていられるのか不思議なほどの重体だったそうだ。しばらくぼうっとしたが、なまえの泣き声でまた起きざる得なかった。あの子は怪我するくせに病院と治療が大嫌いなんだ。もちろん点滴も注射もダメだ。
「僕を……なまえのところに連れて行って下さい。あの子、あばれて治療もままならないでしょうから。僕がいればきっと落ち着きますから」
ギャアアと悲鳴が聞こえたのは、これは医者の方だ。僕の方の医者はヤレヤレと首を振った。そうしてベッドがなまえの真隣に移った頃には医師の方は腕に噛み傷を目一杯作っていた。どうやら腹の傷の様子をみたいらしいが……。
「久しぶり、かな」
「か、きょういん……あぁ……」
僕が生きていることを知ってか知らずか、もうすでにグズグズ泣いていた。情けない顔だ。こんな顔は旅の中で一度も見たことがない。
「もっ死ぬ!死んだ方がマシだ!」
よくよく見ればなまえは四肢をがっちり固定されていた。理由は聞かなくてもわかる。呆れたものだ。
「君……もうちょっと怪我人らしくしたら?」
「だからもう動けるって言ってるのにちくしょう……」
チラリと腹部に視線を移すと血が滲んでいる。これじゃうごけないくせに、何を言っているのか。
「ねえなまえ、この旅が終わったらやりたいこと言ってたよね。僕らと高校に通うんだろう?帰りにたい焼きだって食べたい。ポルナレフのところに遊びに行くんだろう?ジョースターさんのお金を巻き上げて遊ぶんだろう?」
だから、もう。戦わなくていい。休んでいい。
なまえが異常に治療を拒むのは、自分だけ休んでられないという意識が心の奥にあるからだろう。戦いが終わった今でもそれは身体を蝕んでいるのた。証拠にその目は、未だに獣の様だった。

「今は休むんだ……僕らの未来はそこから、始まるんだよ」

なまえは、唸るのをやめた。それから、目を閉じて、牙を隠した。

「あのさ、花京院……無理しなくてもいいのだけれど。…少しの間、私の手を、握っていてくれないか」

恥ずかしそうに下唇を噛むなまえは、ちょっとだけ可愛い。僕はちょっとだけ笑って、その固定された手に自分の伸ばして手を重ねた。

僕らは、まだ生きている。
君の隣でまた一緒に笑えるだろうか。
ああ、僕も麻酔が効いてきた。これから手術かなぁ。

「ありがとう、花京院……」


☆それからどうした


僕らはSPW財団の施設で一ヶ月ほどお世話になっていた。また敵に襲われたら危険だということで、今のところは死んだことにされている。あの時のアヴドゥルさんのように。スタンド使いは回復力が強く、僕となまえも驚異的なスピードで回復して、リハビリと、軽い運動ならしてもいいと許可が下りていた。
「なまえ、そろそろリハビリ休憩して……」
「フンッ!フンッ!フンッ!」
「ウワアアア!馬鹿!なんで腹筋ばっかりいじめるの君は!」
「あ、見つかった」
椅子に脚を引っ掛けて腹筋をするなまえを何度止めたことか。そこを鍛えたところで内臓のダメージがどうこうなるわけではない。僕らの怪我は運良く身体を貫かずに内蔵を少し痛めるだけで済んだのだから本当にラッキーだった。どうもなまえがスタンドで小細工を仕掛けてくれたらしく……その辺はあまりまだ、話せていない。
なまえも同じく腹に重傷を負い、その他負傷が多数。50日間で作った傷は数知れず。身体を覆う半袖と半ズボンから覗く以外に、どれほどの傷が隠れているのだろう。ポカリをごくごくと飲むのを上から下までじーっと見つめているとむす、とした顔を返してきた。
「やめてよ、いっぱい傷あるから」
「あ、ああ。ごめん。でも…君、いい体してるよね」
「………」
「あ、変な意味でじゃないさ。みんなを守ってきた名誉ある傷だよ。とても綺麗だ」
するりと首筋の傷を撫でる。お互いにどこで誰と戦ってついたか、分からない。
「……恥ずかしいやつ」
「ノォホホ、照れるなよ」
「花京院も、綺麗だからさ」
その優しい手が両目のキズをなぞってくる。もう暴れていた頃の獣のような目つきはしない。懸命に生きようとしているだけの、ただの人間になっていた。
「もう少ししたら、僕ら揃ってみんなに会いに行こう。あの承太郎が驚くところを見られるかもしれないぞ」
「それはもちろん大賛成!ああ、楽しみだなあ」

僕らはきっと、SPW財団の制服を着て帽子を被って、神妙な顔持ちをしながらパンパカパーンと彼等に言うのだ。花京院となまえは………

「生きてました!」

ってね。

「そうと決まればリハビリ頑張んなきゃ」
「君の場合リハビリというよりはトレーニングだから控えてね」

それ以上丈夫になってどうするつもりだ、君は。
リハビリをしたにも関わらず、再開の抱擁で傷口が開きそうになったのは僕となまえだけの秘密だ。


Stardust Crusaders IF
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