バディファイトの強さで相棒学園でその名を轟かす清風会。その中の会長として轟鬼ゲンマはトップに君臨していた。風貌は中三とは思えないほど大人びているが、確かにトップとしてのプライドがにじみ出ているような人柄であった。さらにバディファイトの腕は一流であり、そんな自分を奢らずに毎日特訓に明け暮れる…まさに会長の鑑だった。
さてこの清風会、スタジアム一体を多い尽くす程、とまではいかないが一角を埋めてスタジアム全体に歌声を響かせることはできるぐらいの人数は所属していた。副会長に土合突男を置いても目の届かない不届き者の会員らがいるぐらいには。その原因は会長こと、轟鬼ゲンマ本人にあった。彼は自分からスカウトするようなことはほとんど無いが、清風会に入りたいと直談判されるとその心意気を認めて、すんなり入会させることが多かったのだ。それゆえ人数も増え、清風会にふさわしくない心を濁らせた人物が多発しつつあった。清風会の名ばかりを使い悪事を働く団員たち。表向き太陽のように輝いている会長の手を仲間の血で汚す訳にはいかない。そこで出番なのが裏会長こと、なまえであった。
パァン!と愛用の鞭を一振りすれば清風会の会員は集い、鞭を二振りすれば跪いた。ゲンマの目指す番長像とは程遠い、いわゆる女王様と言ったところだ。清風会の会長と裏会長は太陽と月のように正反対だった。

「さぁ従順な僕ども!お前らはかーなーり弱い!分かってんだろ!今日もバディファイトでたっぷりしごいてやるから覚悟しな!」
鞭の音と、ハイ姐さん!とゴツい声ばかりが響く。整列した彼らは清風会のごく一部の会員。なまえが取り締まって改心させた会員たちだ。改心と言うべきか否か、調教と言って間違いではない。故に鞭を持っているのにも関わらず何故か返事に喜びが混じっている。清風会の会員は少しだけマゾヒヒストの気があるようだ。ただ、理由はそれだけではないが。
「あの、なまえさん……」
「なんだ土合!」
「山籠り中のゲンマさんからいつもの言伝です」
土合が手に持った黒い布をこうべを垂れながら恐る恐る差し出した。
「慎みのある格好をしろと」
「却下だ!慎みってなんだ!」
パチィンと大地を叩く鞭の音とともにやっぱり、と土合は項垂れた。と言うのも、断られるのはいつものことなのである。彼が差し出したものはゲンマも愛用している長ラン……膝が隠れる程に長い学ランだ。なまえも一応着ることは着ているのだが、魔改造が施され軍服のような仕様になっている。さらに問題はその中に着ているものだ。胸を隠すだけのサラシ、太もも丸出しのショートパンツ、ヒールの高いブーツ、それに加えて鞭を所持しているとなれば完璧なまでに女王様スタイルであった。
ゲンマはなまえに耳にタコができる程に服装について注意はしたが、彼女はタコができる耳さえもっていなかった。おかげで男ばかりでむさ苦しい清風会の会員はデレデレ、それどころかゲンマでさえ目のやりどころに困っていた。
「はぁ…」
うなだれる土合には目もくれず、しょんぼりと言った様子でゲンマちゃん…と土合よりも重い溜息をこぼす。なにを隠そう裏会長、轟鬼ゲンマに惚れていた。清風会の不届き者を取り締まっているのも全てはゲンマのためである。自分にとってはゲンマがルールであり、法律である。と、鼻息を荒くして本人は語るが、ゲンマの言うことを全く聞いていない時点でもはや矛盾が生まれている。
「あぁん寂しいよー!帰ってきてよー!ゲンマちゃーん!」
天に叫ぶようになまえは嘆いた。そしてさめざめと泣きはじめる。それに俺たちが相手になりますから!やらハンカチどうぞ!と応えるのは会員ばかりだ。ゲンマに叫んでいるのにも関わらず返事を返す会員にお前たちは黙ってろと言わんばかりに鞭を打ち鳴らす。
「いま私はかーなーり機嫌が悪くなった!今すぐファイトするやつ名乗りでな!」
「では俺が相手になろう」
「んん?」
足元に黒い影が落ちる。上空を見上げると日光全て遮るほどに大きくて壮大なズィーガーの姿の側に、ゲンマがバディスキルで浮遊していた。これは想定外、なまえは顔を赤くして慌てふためいた。
「ゲ、ゲ、ゲンマちゃん!?なんでここに!」
「ズィーガーに呼ばれてな。何事かと思えば…」
やれやれと首を振るゲンマの横でなまえは一目散に上空のズィーガーの顔に飛びついていた。よく見ると金光のバディスキルが手足に輝いている。近くにバディのゴールドドラゴン アーベントがいるようだ。
「ほらズーちゃんはやっぱり私の味方!いい子!大好き!」そう言いながらズィーガーの鼻先に何度もキスを落とした。
「ええいその浮ついた行為をやめんか!」
神に対する冒涜だぞと言わんばかりになまえをズィーガーから引き剥がし放り投げる。それも慣れたもので空中で一回転してまた宙に浮いた。
ズィーガーは何をされようと基本ポーカーフェイスであるためなまえのこの行為をどう思っているかは分からない。ただ怒る素振りも嫌がる素振りも見せないズィーガーはマイナスの感情は抱いていないように見えた。
「接吻なら自分のバディにしろ」
「アーちゃんにはいつもしてるし、ほ、本当なら私は……」
ゲンマちゃんにしたいんだけどなぁ、という言葉は恥ずかしさの余り飲み込んでしまった。ポッと顔を赤らめて身体をくねらせる。彼女は積極的であるがまた照れ屋でもあった。誤魔化すようにゲンマの腕にしがみ付き、ファイトを促す。
「さ、さ、ゲンマちゃん早くファイトしよ!私待ちきれないよ!」
「分かった!分かったから離れんか!女子が軽々しく男子に触るな!それからなまえ、俺が勝ったらその格好は今日で終いだ。一応お前は女だ。露出が高すぎるだろう」
「ゲンマちゃん……私のこと漢だって認めて清風会に入れてくれた2年前のこと忘れてしまったの……?」
「今でもお前は俺の認めた心の持ち主だ。だが…」
今度はゲンマが学帽を深くかぶり直して言葉を飲み込む。
ゲンマが服装にこだわるようになった原因としては、2年前のなまえとはまるきり体型が変わってしまったことにある。2年前は男と見間違うほどの体型であったが、今となってはさらしで抑えられないほど胸の膨らみが主張が激しくなってしまっていたのだ。そして本人がその膨らみをさして重要視しておらず、ゲンマに抱きつく度に触れても全く気にしないのだから困りものだった。
「…ええい!問答無用!こうなったら一度女に戻ってもらおう!ルミナイズ!」
「私元々女の子だってば!」
「分かっているなら慎め!」
「太陽番長のくせにこのぐらいでわーわー言うな!ルミナイズ!」
突風が吹き荒れ、どこからともなく現れたなまえのバディのアーベントが隣に寄り添って鼻先で甘えている。ズィーガーもアーベントもバディコールされない限り姿を現さないが今回は違うようだ。互いの口上もすっ飛ばし始まった空中のド派手な決戦。盛り上がったのは清風会だけでなく、どこからともなく洗われた奈々菜パル子の実況により相棒学園が騒ぎたった。エンシェントワールド特有のライフリンクでお互いの身を削る戦接戦だ。

だが、接戦の勝敗もいつかつくものである。
ガクッと(空中で)膝を折ったのは、名前の方であった。
「ま、負けちゃった……」
「古より伝わる我が剛龍気炎はそう安安と負けたりせんわ」
勝つのが当たり前、という顔でゲンマは腕を組んでいた。つまり、なまえの負けである。ワッと周りからは歓声が上がっているが上空にいる二人にはあまり聞こえていない。どちらかというとなまえの1人の泣き声の方がゲンマにはよく聞き取れた。
「やだー!ぜったい、い、や、だ!!」
「問答無用!」
中学生とは思えない大きな手でむんずっと音が出そうな程強くなまえの改造制服の襟を掴んだ。逃げ出そうとするのを後ろから押さえ込み、前の閉まらない改造制服を脱がしに掛かる。なまえもなまえで必死に抵抗して腕の袖を引っ張る。彼女も裏番長の名前に恥じないほどには腕っ節も強いため、 剥がそうとする力と引っ張る力は拮抗していた。
「ぐぎぎぎぎ……」
「ぬぅ…この腕力流石と言ったところか…」
「ぜぇ、ったい、やだぁああ」
もはや制服がどうこう言う問題ではなく力比べの意地の張り合いになっていた。
ところがこの真剣勝負、本人たちは気付いていないが側から見ればとんでも無いことになっている。上空遥か上で筋骨隆々の大男が女性の着物を脱がしに掛かっているのだ。観客の男達はそれはもう大喜びでゲンマを応援するわ、くぐる以下女子達は目を覆う。なんか楽しそうだねぇと呑気なのは風音である。パル子はカメラのスイッチをオフにして地上に降りてきてしまった。いくら男子たちからブーイングを受けようと間近で見てしまったアレを大画面に映す勇気はない。
力は拮抗したままお互い動く気配が無いように見えたが、なまえの魔改造制服の方には小さな変化が訪れていた。肩から腕に掛けての縫い目……そこの糸一本がピリッと小さな悲鳴をあげたのである。
「あっちょっ待っ」
それにいち早く気付いたのは着ている本人であった。制止を掛けるが、ムキになっているゲンマの耳には届かない。改造の影響かぴり、ぴり、と一本一本糸をほつれさせながら裂けてゆく制服。ゲンマに初めてもらった大事な学ラン。サイズが合わなくてもその度に調節してきた。それが、今破かれようとしている。じわりと涙が浮かんできて、手が緩む。
「ぬっ?!」
急に軽くなった手応えにゲンマは驚きながら制服を勢いよく奪い去ってしまった。
ボーゼンとしているゲンマは手にしている制服となまえの後ろ姿を交互に見やる。普段その奇抜な改造長ランに目が行きがちであるが、それを剥ぎ取ってしまえばサラシを巻いただけの彼女の後ろ姿は肩から露出して白く、艶かしい。
「あ、あのさゲンマちゃ……」
「ぬおおお!こっちを向くな!服を着ろ!」
「だからその服をね…」
「こっちを向くなー!!」
絶叫するゲンマと冷静に制服を取り返そうとするなまえのやり取りをはっきりわ見ているのはズィーガーとアーベントのみであった。
こうして何をしていたか有耶無耶になってきた頃に、土合が準備していた長ランをなまえに届けて終了した。
「こうなる前に制服をきちんと着ていれば…」と未だに顔を赤らめながらブツブツと言っているゲンマはなまえの長ランを慎みあるものにするという目的は達成したので、さっさと山籠りに戻ってしまった。土合は山に飛んでいくゲンマをなまえと見送りながらやれやれと思いため息をついた。
「にしても、どうしてそんなに頑ななんですか?」
「…最初のプレゼントってさ、大切にしたくない?土合」
肩の糸がほつれた長ランをを愛おしそうに撫でながら彼女は惚れっ気たっぷりに言った。間違いなく彼女はまた、それを直して着るのだ。喧嘩を繰り返していくらボロボロになっても、身長が伸びようとも布を継ぎ足して、派手な装飾を施しながら着るのだろう。土合にもそれだけは分かった。



141103 それでも彼女はそれを着る



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