適当に座れと指示され、どうしようかと思う前に貴志部大河……さんから隣を勧められた。この人は中学サッカー会のスタープレイヤー。なんと早くもプロからも注目を浴びている。雑誌に練習の虫とも掲載されていて、練習メニューなんかも紹介されていたっけな。白竜よろしくストイックな人だが、この中では一番親しみやすい人なのではないだろうか。

「ね、立神って今話題の中学だよね。清水から結構話聞いてるよ。出来たばっかりだけどすごく強いとか……。あっ、ごめん自己紹介まだだったな。俺木戸川清修キャプテンの貴志部大河。ポジションはミットフィルダーだよ。よろしく」
「こちらこそ。中学サッカー会のスタープレイヤーとお話できて光栄です」
「そんなスタープレイヤーだなんて……照れるなぁ。そういえば、なまえくんのチームには女の子のストライカーかいるんだろう?どんな子なの?」
「……………。」

貴志部さんはこのパターンの人か……。誰か一人ぐらいはまちがえるだろうと思ってたが、まさかこの人とは。
話に聞き耳を立てていた前の席の白竜が背もたれから顔を出して貴志部さんを白い目で見る。

「貴志部さん。なまえがその女ですよ」
「えっ。おん……っ、その……ごめん!悪気はないんだ!君が女の子に見えなかったとかそういうんじゃなくて……」

身振り手振り前言を撤回しようとするが、もう遅い。白竜同様貴志部さんを白い目で見ることしかできなかった。筋肉質だし胸もないし、髪が長かろうがサッカー界は何故か髪が長い人が大半だし、以前脳筋の白竜も間違ったし、しょうがないっちゃないんだが。

「だから、そのぉ…女の子が別にいるとかって意味で…」
「お前はもう黙っとけ貴志部…」
「はい……」

通路を挟んだ席に座っていた南沢篤志……さんに制され、貴志部さんは手で顔を覆いながら撃沈した。

「でも本当になまえは男らしくていいな!そこら辺の女共とは違ってケーキなどと言った軟弱な物は食わんし、甲高い悲鳴も上げん。ひらひらしたすかーとよりもジャージがすこぶる似合ってるぞ!」
「…………。」
「白竜、お前も暫く黙ってな」
「はい?」

また制するのは南沢さんだった。白竜は黙ってろと言われた意味は分からずに頭にはてなマークが浮びっぱなしになっている。どうせ褒め言葉を言ったのだと思っているのだろう。
ああ、確かにエデンにいたときケーキなどは脂肪と糖分の塊だから白咲さんに食べるなとは言われてきた。ただチョコレートは疲労回復にいいからひと欠片ぐらい食べるのは許されていた。これもエデンで言われたことだ。私個人は甘い物が好きで、エデンにいた時はさんざん食べたいと騒いだ。そして、ゴッドエデンでは白竜のせいで数少ないプリンを食べ逃したことを今でも根に持っている。でも、立神中に来てからも、白咲さんの言いつけを守ってケーキだけは食べていない。

「獅子島も大変だな」
「いえいつものことなので」
「あ、俺のこと知ってるだろ?」
「はい、南沢篤志さんですよね。月山国光。それから隣は天河原の喜多一番さん」
「俺のことも知ってるんだ……」

南沢篤志といえば、元雷門のエースストライカー。月山国光に転校したことも相まって、有名人中の有名人だ。
そして、喜多一番さん。「あの」天河原をまとめる二年生として噂が流れてくる。同期の隼総英聖もいる中学校だな。……傍目にはそうは見えないが、とにかく不良が多い学校である意味有名だった。天河原生徒を見たら近付かない方が無難と言われるまでなのだが、喜多さんはどうなのだろう?

「確かに遠目から見たら男っぽいかもな。な、喜多」
「お、俺に振りますか!」
「おめーはどうせ貴志部と同じ部類だろうがよぉ」

南沢さんは座席の手すりに頬杖を突いてため息をもらした。どうやら図星のようで喜多さんは苦笑いで誤魔化している。貴志部さんも喜多さんも言い出さない限りは勘違いしたままだったんだろう。貴志部さんといい、サッカーしか見ていないような人ほど勘違いが多い。これぞ脳筋というやつか。
うーん、こういうところをみてると喜多さんは不良とは考えにくいな…。

「南沢さんは私が男じゃないとなぜ分かったんですか?」
「それは最上級生の力ってやつだな」
「はあ……??」

三年生になると分かる、ということだろうか。それ以上はなにも答えてくれない。私や白竜が三年生になっても、南沢さんのようになるとは思えなかった。

撃沈したままの貴志部さんをそのままに、バスは夕方にホテルに到着した。私にもわかるぐらい妙にいいホテルで、レジスタンスジャパンの予算はどこから出てるのか疑いたくなる。近くにサッカーグラウンドも見え、合宿にはもってこいな感じの立地だ。実のところ、ホテルにはあまり泊まったことがない。昔両親と数回来ただけ、しかもほとんど記憶がないためなんだか目新しかった。ホテルとは、こんなにキラキラしているものなのか。まるでアームドしたときの白竜みたいだ。

「なまえ見ろ、シャンデリアだ」
「見てるよ…」

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Kishibe


「あの二人若いよね……シャンデリア一つであんなにはしゃげるんだ」
「一歳しか変わらないのに……」

喜多の言う通り、差は一歳だ。でもこの二人に関しては精神年齢の差を感じる。喜多も少なからずそう感じているらしくて妙に安心した。なまえちゃんを男と間違えたことも然り。
不動監督がチェックインを済ませている間、なまえちゃんと白竜は興味津々そうにずっとロビーをウロウロしていた。やはりゴッドエデンに住んでいたこの二人は、少し悪い言葉を使えば「世間知らず」なのだろう。にしても、ああして並んでると兄弟にも見えなくもない気がする。二人とも目鼻立ち整っているし。もちろん滝兄弟とはまた違うけれども。

「あー、はい集合ー」

チェックインは終わったようだ。不動監督がカードキーを何枚か手に持っている。部屋割りは聞いてないけど、どうなるんだろう。

「お前ら喧嘩する前に部屋割り勝手に決めたぜ。えーまず白竜となまえ……」
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんだよ貴志部初っ端から」
「そんな不思議な顔しないでください!男と女の子一緒にしてどうするんですか!」
「あ」

あ、じゃないよこの馬鹿監督……。なまえちゃんのことを男だと間違えた俺が言えることじゃないのは分かってる。でも、知ってからは別だ。
どーすっかなぁと後頭部を掻く監督に対してみんな冷ややかな目を向けていた。当本人達を除いては。

「別に同じ部屋でも」
「俺達は構いませんが」

二人は何も問題がないように口を揃えて言った。なんでも話によると、ゴッドエデンで部屋の壁にあいた穴の関係で、隣同士の部屋だった二人は生活情報が筒抜けだったそうな。……壁に穴があくって、ゴッドエデンはどういう状況なのだろう。穴を塞ごうとしない辺り、二人とも神経質な性格ではないらしい。彼らはそこで「男女」の違いを意識することを狂わされたのだろうか。

「じゃ、そういうことだ貴志部」
「え………。」

不動さんの手からカードキーが放たれた。一直線に飛んだそれはなまえちゃんの指の間に収まる。

「行こう白竜」
「そうだな、さっさと荷物置いて連携の練習をしよう。みなさんお先に失礼します」

顔色一つ変えず、一礼して颯爽と部屋に向かってしまった。一見してあの二人からは想像がつかない、垣間見える信頼関係。俺達は誰一人引き止めることは出来なかった。


続く




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