目が、

だめだと思った。

ぞくぞくする。

あの二重の目で、

一体何を見てるというのか、

わたしには到底。

近付きたい?

いや、

違う。

近付きたくない?

ああ、

これも違う。

近付けないのだ。

清らかなものが潜んでいるのか、

邪なものが潜んでいるのか、

あの二重の目からは、

なに一つ分かりやしないのだから。








森の入り口から響く錫杖。食っちまおうと思っていた。わたしの森に入って来たのだから、食べてもいいんだ。そう思い込んでいた。白い肌はいかにも病弱そうで柔らかそうだから一息に、と大口を開けたとたん、笠から二重の色の瞳がこちらを視ていたのだ。人は、人間は視えないはずなのに。なんで?思わず逃げた。あれ、おかしい。わたしはあんなひょろひょろなのより強い。だけど。
目が、だめだと思った。ぞくぞくする。
なにを思ったのか、また二重の目のところに戻った。でもいなかった。探した。二重の目はわたしのいちばん大きくて立派な寝床の樹の下に腰を降ろしていた。目を閉じて、寝てはいないようだが。

「おい化け物。名前は?」

お前は?

「生憎、化け物に名前は教えるなと習ってるんでね」

しんでも僧侶は僧侶か。それにしても汚い袈裟だ。名前、教えてくれたら内から抉って食べようと思ったのにそれも叶わないとは。

「お前、腹減ってるの?」

そうだなぁ、そうでもないかな。

二重の目は錫杖と袈裟を揺らして笑った。まともに返事するやつは初めてだよ、と。

「では何故食べる?」

そういえばなんでだろう。

ここじゃ、それぐらいしかすることがないからか。なにかほかに理由があっただろうか。うんうん頭を悩ませる。二重の目はまた袈裟を揺らした。笑う度に興味をそそられる。と、同時に謎の恐怖もよぎった。
近付きたい?いや、違う。近付きたくない?ああ、これも違う。近付けないのだ。
こいつは食えない。そう見た。

「満たされたいんだ」

「自分にない、人を食らって」

「人に成ろうとしている」

「そんなこと出来ないのに」

「お前は、元は人間だろう」

二重の目は、のろりと開いた。背中が虫が這ったような感覚に襲われる。
あの二重の瞳で、一体何を見てるというのか、わたしには到底。清らかなものが潜んでいるのか、邪なものが潜んでいるのか、あの二重の瞳からは、なに一つ分かりやしないのだから。
もう一度、二重の目は問った。

「お前は、人間だったのか?」

半分脅迫されるように思い出した。

…ああ、私は人間の子だった。

ちょっと普通ではなかったが、人間だった。見えないものは見えるし、体にいらないものは入っていた。入っているものはだんだん体を蝕んで、私を人間でなくした。

みんなわたしを嫌った。村から追い出した。わたしは一人になった。どうしても人間になりたかった。

「悪いけど、お前は人間にはなれない。人間から産まれ、人間の形を成した、人間の枠にはまらなかった化け物だ」

頭に血が昇った。怒りで自我を失った。たぶん、噛みつく寸前だった。また二重の瞳が笠から覗いた。

「俺も同じだ」

「殺してもしなない、化け物だ」

「化け物に食われそうになると逆にくっちまう」

では、わたしは食べられてしまうのか。捕食者の立場は、逆転、否。もとからわたしは。
伸びてきた手が目と目の間か、鼻か、頭か、眉間かに触れた。久しぶりに触れた人肌はあたたかい。どろどろしているのは二重の目ではなく、わたしの体だった。

「次はまともな人生を送れよ」






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