ぱち、ぱち、ぱち。
囲炉裏の火は微睡みを誘う。食べそびれた夕飯を喰ったあとだから尚更だ。
「味に自信あったから吐かれたのは残念だったな…」
「不味くはない。あいつの体が受けつけないんだ」
「それじゃあこの子、今までなに食ってたんだ?」
三国は膝枕で丸まって眠っている化け物に慈愛の目を向けた。三国家に戻ってきてすぐ、眠り続けている。本当に、三国という人間は世話焼きだ。関係がないことに首を突っ込みたがる。だからこそ俺が信用する人間に値するんだけどな、と自己完結をした。
「人…」
「は?」
「人間だよ」
「にんげん…」
「人間が魚を食べるのと同じように、あの化け物は人間を食らった。人間への恨みと、憧れをもって」
自分で言って、いたたまれなくなり目を閉じた。
人間が生きるためにたくさんの生き物の命を奪う。化け物が生きるために人間の命を奪う。命を頂いて生きることに本質的な違いがない。だが流石の三国でも、人間を食べると聞いてしまえば恐ろしくなるだろう。捕食される側の恐怖は計り知れない。出ていけ、二度と来るなと言われたあとのことを考えた。しかし、返ってきたのは意外な答えだった。
「…可哀想だと思ったら、不謹慎だよな」
角のついた化け物を撫でる手つきは優しい。信じられなかった。
「元々人間なら、きっと普通の飯だって食っていたはずだろ?」
「…ああ」
「大丈夫」
なおせると。成る程、そう来たか。飽きれ半分で後頭部を掻いた。それがどれだけ苦労することか、俺にも分からない。試しに三国の手を掴み、寝ているそいつの口許へ近付けてみた。すると間髪入れずに、指が二本口内へ消えた。一瞬噛み千切られると冷や汗をかいたが、その様子はなく、舐めているだけのようだ。
「三国は旨いのか…」
「わあああ!離せ南沢!」
暴れるに暴れられない手をご望通り離してやった。もしかしてこいつは指を噛むなという命令を、夢の中でも守っているのかもしれない。律儀なやつだ。
「ということだ三国、先は長い。頑張れよ」
「ま、そう言って手伝ってくれるのが南沢だよな」
「……ふん」
そう、クラマのときもそうだった。人を襲うことはなかったが、たいした暴れん坊だった。あいつと立場は同じだが、性質はまったく違う。はたして上手くいくのか、隠した不安はつのるばかりだった。

次の朝、早朝に目を覚ました。初秋の朝は肌寒く、思わず身震いをした。火が消えそうな囲炉裏に新しく薪をくべる。火は一度消えると面倒なのだ。あいつらはまだ夢の中だろう。目線を上げたその先では、三国が一人横になっている。二人で仲良しこよし寝ていると思っていたが、化け物のほうは姿を消していた。
「………」
錫杖を持って立ち上がった。寝ぼけ眼の三国も起こす。あいつがいないことを伝えるとあっという間に顔の血の気が引いた。外に行ったのなら、最悪腹が減って人を襲うことも有り得るのだ。二人で外に出た瞬間、重量のあるものが足元に落ちてきた。
「な、なんだこれ…?」
川魚だ。それを皮切りに雨のように魚がぼたぼた降ってくる。笠を被っていない三国は頭に直接命中し、妙な悲鳴を上げていた。そして最後に、土ぼこりが起こる一番重量のあるものが着地した。
「…くしゅん!」
「おまえ…」
「ぷしゅん!」
化け物が二回くしゃみをする。犬よろしく体をふって水を払うものだからこちらにまで被害が及んだ。さらに、ぴちぴちと足元で魚が暴れまわりますます訳の分からない状況になった。
「…これ、どうしたんだ?」
「とった。やる」
「はは…浜野が釣れないと泣きそうだな」
困ったように笑う三国は、ずぶ濡れの頭を撫でた。

三国は自分達が食べる分の魚を焼き、余った分は上流に住んでいる浜野のもとに届けに出掛けた。少人数で食いきれやしないし、浜野は干物を作るのが上手いから妥当な判断だろう。
囲炉裏で焼いた川魚はそれなりに旨い。自力で魚が捕れるのだから食べられるのかと思いきや、化け物は自分で狩ってきた獲物を一口たりとも口にしようとはしなかった。膝を抱え、囲炉裏の前に座るだけだ。緩い火が瞳に映り、紅く染め上げる。何を考えているのやら。
「おい、ちょっと食ってみろよ」
「…………」
「折角自分で捕ったんだろ?ばちは当たらないぞ」
「…………」
頑なに首を横に振った。きっと、吐くのを恐れている。もう吐き出すものさえ胃に残っておらず、腹が減っているだろうに。こういうとき三国ならなんと声を掛けるか、見当もつかない。

だから俺には、向いちゃいないんだ。



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