※ほんのりエロ




その日の朝を一言で例えるなら「最悪」だ。

朝日が差して、寝ぼけているときまでは良かった。大きくて白いふかふかのベッドに、同じように枕が2つ。極上の肌触りにすりすりと頬を寄せれば微かに香水のようにシャンプーが香る。高級なホテルかどこか、少なくとも自分の部屋ではないことが分かった。それならばここはどこか?その問いに答えられるほど微睡みを引きずる脳はうまく働かず。もういいや、もう一度寝てしまおうとブランケットを引き上げた時だった。
スルリとなんの弊害もなく全身で感じられる質の良いブランケット。
いや、おかしい。おかしいだろう。全身……とはどういうことだ?!
微睡みから冷水を浴びたように一気に目が覚め、勢いよくロケットよろしく飛び出すとバゴン!と音を立ててベッドの上部木枠に激突した。頭部の痛みもなく言葉もなくただひたすらに驚いた。

(どういうことだ、どういうことだこれは!)

半裸でもなく全裸だった。
いくら酔っていたって全裸で寝る趣味はないしそもそもここどこだよ!?……ああ落ち着け、落ち着くんだ自分。どういうこともないんだ。逆に考えるんだ。何故全裸だったのかじゃなく、全裸にならざるを得ない理由があつたんじゃあないかと。……でも待てよ、「ベッドの上」で全裸の理由ってマジで限られてくるぞ。「風呂の中」でなら全裸で寝ていたってのはなんら不自然ではない。しかしここは「ベッドの上」だ。そこに「全裸」をひとつ加えると大変なことが起こる。どうしたって間違いに近い何かだ。

(どういうことなんだぁこれは!)

ボスボスボスと枕に数発拳を撃ちこむと少しだけ落ち着いた。フーフーと口の端で息をして呼吸を整える。
もう一度考えよう。ここは派手派手しい安っぽいホテルではない。そう、なにか間違いが起こったのなら起きた時点で隣に誰かがいるはずなのだ。これは誰もいなかった、クリア。チェックボックスをひとつ埋める。それから情事に使用するアレコレとベッドの乱れの有無。これも無しだ。ふたつめのチェックボックスを埋める。あとは身体の異変。うんうん、全裸だけど綺麗なもんだし鬱血があるわけでもない。チェックボックスのみっつめが埋まる。うん。とにかくチェックボックスを埋めろ。埋めなければ気が済まない。
なーんだ、何もなかったじゃないか自分。全裸だったのはきっと泥酔したからで、だれかがホテルに放り込んでくれただけ、どういうこともないんだ。ほらきっとベッドの脇に自分の脱ぎ散らかした服があって、それを着てさっさとこのホテルから出よう。休日を大事にしよう。無駄にでかいベッドから身を乗り出して、綺麗なフローリングを見る。うん、綺麗なフローリングだ……。
綺麗っておかしいだろ!どういうことなんだこれは!ない!服がない!私の服はどこなんだ!?
あるのは綺麗に揃えられたスリッパが1組。ただそれだけである。
それと、さっきから目を逸らし続けていたがもうここはホテルじゃないと確信出来ることがあった。デカいクローゼットがある。ホテルにクローゼットがあったとしてこんなデカいクローゼットがあるのはスイートルームの部屋で私の所持金で泊まれるところではない。
証言しているのはクローゼットだけじゃあないんだが、つまるところ、ここはホテルではなくて人の家だ。人の家の寝室か客間か。それもお金持ちの……。なんだか少しだけ腹立たしい。でも、もしかして知人の家かもしれない。ホテルじゃないとしても希望が湧いてきた。と言うか最早なんの希望か分からん。
腹をくくれ自分。そこに窓があるだろう。そこに行って外を確認するだけでここがどこか分かるぞ。杜王町マップはそんじょそこらの人より詳しいんだからな。
無地のスリッパに足を入れる。ちなみにこれも肌触りが最高てある。腹をくくったはいいが、さすがに全裸のまま外を見に行くのは気が引ける。手近にあったブランケットを身体に巻こうと手を伸ばす。すると、ベッドの端に綺麗に畳まれたTシャツがとジーンズがあるのが目に入った。うん、きっと脱いだものは洗濯してくれて、これを準備してくれたんだな。流石お金持ちだ。いそいそとTシャツを手に取ると、その下から下着のような物が現れた。

(ボクサーパンツだ…趣味じゃないしちょっと派手だけどまあいいか)

ジーンズを履こうにもノーパンじゃあな……まあひとときの辛抱だ。
ジーンズにも足を通したがちょっと全体的に緩い。ベルトがないとずり落ちそうだ。なんだ、こんなに私はデブに見えるのか……いや折角準備してくれたんだ、そこも辛抱しよう。Tシャツもワンピースとまではいかないが、ほとんどズボンと同じようなものだった。ズボンのようにずり落ちるわけでもないのでこれはこれでよしとしよう。
準備が整ったところでやっと窓に足を向けた。カーテンの向こうで朝日がキラキラと輝いてるのがわかる。とっても気持ちのいい朝なんだ。私以外は。そっとカーテンに手を掛け……隙間から外の様子を伺う。

(これはどういうことなんだ!)

ズバッと裂けるほどに勢いよくカーテンを閉める。
そこは、よーく見知った場所だった。考えていた中で最も、自分が居たくない場所だった。どうして自分が全裸だったのか、という問いよりも大問題だった。動きにくいぶかぶかのジーンズもスリッパも脱ぎ捨てる。それとほぼ同時か、気付いた時にはすでに部屋を飛び出し、叫びながら木造りの階段を下っていた。

「き〜し〜べぇ〜ろ〜は〜んんんんん!」

バン!
と人の気配のする仕事場の扉を開く。
漫画家先生は朝からお仕事中らしく、机から振り向きもしなかった。「ろはんッ!」ともう一度の呼びかけにやっとこちらを振り向く。やれやれ邪魔すんなよといった表情で振り向いた露伴だったが、ギョッとした顔をするとまた机に向き直った。

「き、君ズボンはどうしたんだ。足元に置いてあったろ」
「そんなことはどうでもいい!なんで、私が、露伴の家で、寝てるんだよッ!」

露伴の家と書いて「こんなところ」と読む。
詳しい説明は省くが、私は岸辺露伴という人間が物凄く好きではなかった。奇人、変人、変態という言葉がこうも当てはまる人なんて滅多にいない。といえばご理解頂けるだろう。昨日の記憶もないし、ちっとばかし深読みかもしれないが、ヘブンズドアーで記憶を消された可能性もある。

「おい露伴……聞いてる?」
「聞いてるがその痴女みたいな格好どうにかしろ」
「痴女ぉ〜?じゃあ服返してよね」
「その辺に干してあるから勝手に持っていけ」

しっしっ、と言いたげにペン先を廊下の先へと振る。もう着れないと思うがなともぼそりと呟いた。その辺ってどのへんだよちくしょう。

「というかさぁ……なんであんたが私の服洗濯してんだ?」
「あーもうムカつくナァ!昨日自分が何したか覚えてないのかよ!」
「そりゃあこっちの台詞ですよ、ご丁寧にヘブンズドアーで記憶も消してくれちゃってさぁ」
「ぼくが訳もなく人の記憶を消す下衆な男に見えるのか?!」
「見える」
「…………まったく……。いいか、ぼくの知ってることを全部話す。ぼくはなぁんにも悪くないんだからなッ!それを念頭に置け!」





規則的な生活というものは自由奔放な漫画家岸辺露伴には全く関係がない。描きたいときに描き、食べたいときに食べ、寝たいときに寝る……まるで猫のような人間であったが、露伴自身はガンを飛ばしてくる猫は嫌いらしい。不思議なものである。
そんな露伴が暮らしている杜王町、夜の帳が下りた金曜日の午後10時。露伴は今日も気ままに漫画のネタを探しては、リアリティを求め外を歩き回っていた。時にはヘブンズ・ドアーで人の記憶を覗くことも、自分は悪いことをしているな〜という意識はありながらも行っていた。所謂罪の意識というやつだ。しかしリアリティには引き換えられないのである。金曜日のこの時間帯は仕事帰りの酔っ払いがよく倒れていて、記憶を覗きやすいのだ。「目覚めた時に記憶がなくなる」と書き込むひと手間がないのが嬉しいらしい(速書きの露伴にそれを手間と呼ばせるべきではないが)。もともと酔っ払いに正しい記憶などないのだから。
よく酔っ払いが倒れているスポットのひとつ、杜王町駅の近くの公園に露伴は足を運んだ。街灯に虫が寄っているところを眺めながら公園内を歩いたが、残念ながら今日は酔っ払いは転がっていなかった。ベンチにもトイレにも。まあこういう日もあるだろう。帰って原稿の続きをするかと公園を抜けようとした時だった。茂みの影、記憶もない小さな頃甘い蜜を舐めた背の低い木の陰に人の手のような物が見えた。こいつはラッキーだ、と言わんばかりに露伴はそいつに飛び付いた。だが、能力を使う前に気が付いた。先ほどまで暗くて見えなかったが、いつか見た猫のように、その人間が血みどろであることを。そして、その顔が見知ったものであることを。いくらスタンド使いは引かれ合うという名言があったとしても、これだけはノーサンキューだ。
露伴は倒れているこのなまえという人物がほどほどに苦手だった。相手方もそう思っているらしいく、狭い杜王町で顔をあわせるたびに苦虫を噛み潰したような顔で「げっ岸辺露伴……」とフルネームで呟いてくる。その割に機嫌がいいときは矢鱈とスキンシップが激しかったり、今週の「ピンクダークの少年」について感想を述べてきたりする。大抵はイマイチ語彙力のたりない頭の悪い表現力の感想でも、漫画家としてはけっこう嬉しかったりする。こういう人間がよく分からないから苦手、ということなのかもしれない。
こんなに血みどろなのだから死んでいるかもしれないと思ったが、触った手は温かく胸も呼吸と同時に上下している。うめいている様子もないことから、やはり昔見た猫のように他人の血で汚れているようだ。血は黒く硬く乾燥していて、浴びたのは何時間も前だということが窺える。露伴は取り敢えず彼女の記憶を覗いた。ずっと昔の記憶から、虹村形兆に矢で貫かれスタンド能力に目覚めたことに始まり、東方仗助、ぶとうヶ丘高校、広瀬康一、虹村億泰、たべっこ動物、キラヨシカゲ、などなど…………。望むものは一番血の付着が多い腕に書いてあった。

指名手配の銀行強盗
スタンド使い
能力……unknown 不明

その後の内容は読むに堪えない、擬音ばかりで聞くに堪えないといった感じか。康一のエコーズの音の攻撃よりも下品だった。つまりこの血は全て返り血だということが判明した。ゲェ、と露伴は顔を歪めた。どのみちこの出血量なら相手は再起不能だろう。その後、スタンド能力さえ判明していない相手がどうなったかは書かれていない。記憶はなく、ふっと気を失ったようだ。
彼女が相手の能力を理解する前に倒さなければいけないのには理由がある。スタンド能力は力強いが、その代わりに本体の消耗が激しく、反動があるのだ。宇宙から来て3分しか戦えない正義のヒーローのようなものだ。特攻を仕掛け倒すしかない……破壊力はA+、持続力はE−だ。

「………。」

露伴はそのページを丁寧に破り取り、四角く折り畳んでポケットにねじ込む。そして空いたページに「なまえは岸辺露伴にしか目視できない」と書き込んだ。
同じスタンド使いとして、友情だとか仲間意識だとかそういう変なものを感じる仲ではない。しかしこの状況を放って置くほど、岸辺露伴は薄情なやつではないということだ。痩身の露伴は10キロ程になったなまえを少々重たそうに担ぎ上げた。
ゼーハー息を荒げながら自宅に到着して、なまえを風呂場に放り込むために取り敢えず起こそうとした。血まみれの体をゆさゆさと左右前後に揺らしてもその目を開こうとする気配すらない。ヘブンズ・ドアーで無理やり起こそうとも考えたが、既に「朝まで絶対に目が覚めない」と書き込んであったため諦めた。仕方がなく露伴自ら風呂に放り込もうと服に手を掛ける……ところまでやった。気が付いたのだ。こいつは女だった。僕は男だ。恋人ですらない相手を素っ裸にしようとしている。血みどろのまま置いておくわけにもいかない。こうなったら、だれかに頼むしかないと脳内の知り合い一覧を開く。康一くんは絶対にダメだ。アホの仗助は気に入らない。億泰は論外。プッツン由佳子はもう連絡したところで張っ倒されそうだ。承太郎ならなんとかしてくれそうだが、もうこの町にはいない。露伴は前述以外で女の知り合いはなまえだけなのだ。こっちの気も知らないで呑気に気を失っているなまえのほおをつねった。普段なら絶対に出来ない(スタプラ顔負けの秒速で張っ倒される)。

「……僕は腹をくくる!お前も括れよ!」

必要なのは"覚悟"だ!
絶対に届かない声を叫んで、露伴はなまえの服に手をかけた。
手早く風呂場に放り込み、全身の血を落とし、体を乾かし、ベットにぶち込むまで兎に角無心だった。まるで仏にでもなった気分だった。そうして、血まみれの服を洗濯機に入れ、スタートボタンを押したところで我に帰った。
なまえの体は想像したよりも柔らかく、女性的であった。血と化粧を落とした顔は幼く、たばこと酒を解禁された年齢にはとても見えなかった。

「なんなんだこれは……?!」

何をこんなになるまで必死になってなまえを助けたんだ!ゴンゴンと音を立てながら血まみれの服を回っている洗濯機に八つ当たりをしながら一人でごちた。
ちらりと時計を見ると深夜1時を回っている。もう今日は眠れる気がしない。朝まで原稿を書き殴る元気だけはある。とにかくこの欲求をどこかに発散しなければ、と思っていた。普段興味・趣味などに発散している欲望を露わにされるなど、おのれなまえ。


そうして朝に至る。
話など聞く気のない態度を取っていたなまえも、事の顛末を聞くとすっかり静かに黙り込んでいた。顔は青ざめ、唇は微かに震えている。そりゃ怒るだろう、嫌いな男に裸見られたんじゃあなと露伴は思っていた、殴られることも我慢していた。しかしなまえの論点は少しずれていた。

「そのページ返してくれたの?」
「あ」
「だから思い出せないんだよスカタン!早く返せ!」

話を聞いたとおり、ページがあった腕をずいっと差し出す。露伴は胸ポケットから小さく折り畳んだ記憶のページを取り出し、腕に戻した。ついでに「なまえは岸辺露伴にしか目視出来ない」の書き込みも素早く消す。スタンドの強靭な腕で殴られるのではないかと内心びくびくしていたのは秘密だ。
なまえは腕に戻ったページと、記憶を確かめるようにコキコキと手首を鳴らした。ヤバイな、今度こそ殴られそうだと感じさせる気配を放ちながら。だが、それも見当違いだった。ページを戻した右手はなまえの頬をぽりぽり掻いている。

「その、なんていうかさぁ……ありがとう」
「ふーん、君に礼を言われるのは新鮮だな」
「もー言わない!ぜーったい言ってやんないからな!」

血の染み取れてなかったら服ちょうどいいやつ借りるから!と捨て台詞を残してなまえは勢いよくまた階段を登っていった。ドタンバタンと音がするところを聞く限り、クローゼットが悲惨な状態になっていそうだ。
しかし、一発ぐらい殴られてもおかしくない状況だと思っていた。彼女には「そういう」意識が薄いらしい。前はもうちょっとおとなしかったんですけど、というのが近所に住んでいる康一の証言だ。おとなしかったというのは女の子らしかった、という遠回しな表現だろう。康一はそういう配慮が出来る男だ。どうやら怪我をしてから、つまりスタンド能力に開花してからほんの少し変わってしまったらしい。その前のしおらしかった彼女も、見てみたかったなと思うところがないでもない。おのれ虹村形兆。
矢に貫かれて悲鳴を上げたであろう時の彼女……今となっては血を見ても顔色ひとつ変えない。その頃の彼女を想像していると勝手に手が動いて原稿用紙が似顔絵用の用紙になる。ああ、ちょうどこんな感じだろう。目元が少し柔らかく、仗助たちに向ける笑顔を誰にだって向け、舌打ちなどしない彼女は……。

「あれ?それ私?」
「ウワッ?!」
「にしては可愛すぎるから違うかァ。あ、もしかして新キャラ?」
「そ、そうだ新キャラだ、まだ案を練っているだけさ」
「なーんだ、残念」

なんとか誤魔化せたが危なかった、と安堵のため息をつく。こいつは勝手に職場をウロウロするのがいけない。少々美化しすぎたなまえの似顔絵をぐしゃぐしゃポイでゴミ箱に放り込む……ことは出来ずに裏返して置いておいた。
なまえはクローゼットから丈が長めの服を引っ張り出してワンピースのように着ていた。さっきのTシャツよりは幾分か丈が長く、パンツが見えることはない。他人に自分の服を着られるというのは、実に不思議な気分になる。

「じゃ、私はそろそろおいとまするよ。また服返しに来た時にお礼するから……」

玄関へ踵を返したなまえの肩を掴んで引き止めた。

「おい待て……その格好で出歩くのか。そんな服着て歩いてたらお前との関係性を疑われて被害を被るのは僕だぞ」
「ああ……そんな気になるなら脱ぐけど」
「ここで脱ぐなスカタン!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「等価交換だ、それだけの被害に見合う」
「う、嫌な予感するけど……ま、まあ仕方がない……か?」

クエスチョンマークを浮かべているなまえを引きずって、仮眠もできる大きめのソファに放り投げた。照明に露伴が重なって、なまえが影に覆われる。未だ不思議そうな顔をしている彼女は少しだけ怯えているように見える。露伴は獲物が手に入ったと言わんばかりに思わず舌舐めずりをした。教えてやりたかったのだ、男とはどういう生き物か。何が女と違うのか。自分はこうも抑えの効かない人間だったろうかと思いながらもこの状況に興奮していた。
そういう行為があること自体は知っているが、あの露伴に何をされるか分かっていない。背けた顔に唇を寄せて、柔らかい耳を噛む。なまえは動物的な本能で本能で恐ろしいとだけ思っているらしく、びくりと震えたのを差し込んだ手から感じた。耳から頬にその唇は移動し、普段は味を見るための舌がなまえの頬を滑る。ちなみに嘘の味はわからない。

「ろ、露伴……もういいでしょ、味みたんなら……」
「こんなもんで済むと思うなよ」

これまで溜め込んでいたものが爆発したようだった。なまえは覚悟を決めたように目を瞑った。体は細かく震えていて、胸元を押し返す手も弱い。優しくしてやりたいのについ高圧的な態度を取ってしまうのは、露伴の悪い癖だった。こわばった筋肉を落ち着かせるためにチュッ、チュッ、とリップ音を立てながら首筋にキスを落とす。目にうっすら涙の膜を張り、こちらを見つめてくるのは明らかにいつもの気の強い彼女ではなかった。
それなのに可愛い、と思う僕は異常なのだろうか。

「ナァ……これから僕に何されるか分かるか?ん?」

乾燥機から取ってきたであろう、ブラのフロントホックを外す。締め付けのなくなった形のいい胸をやんわりと撫で付けた。
この状態、幼子でない限り、分からない振りをしていても、分かりきっている。なにをされるのか分からない人間はいない。
拒否するように立てたなまえの膝に、教え込むように硬くなった露伴自身が擦られている。ああ、前にもこんなことがあったとなまえは思い出していた。あれは露伴に出会うよりもずっと昔。今よりもずっと弱々しかった自分が無理矢理脚を開かされて、暴かれ、痛みだけで終わったあの日を。でも今なら抵抗出来る。あの頃とは違う。自分は、成長したんだ。そう思っているのに、体は言うことを聞かない。出るのは口から、強がりだけだ。

「や、ヤりたいならヤればいい…さ…。スタンドを出して抵抗したところで岸辺露伴を攻撃出来ない、のは分かっている……。でもきっと、続きをするなら…私は岸辺露伴を嫌いになる。そうさせないでくれ……お願いだから」

震える口の端から漏れる言葉は露伴の胸を深く突き刺した。精神を抉り、もっと深くまで。
嫌いに"なる"だと?この僕を?君はもとから僕のことが嫌いじゃなかったのか?
瞳に溜まっていた涙が流れて、遂に泣き出した。
泣いた。何があっても泣かないなまえが泣いたところを初めて見た。どれだけギョッとしたことだろう。同時に露伴はなまえから無言で身を引いた。ぐい、と引き上げられあれよあれよと服装が整えられる。露伴はソファの隣に乱暴に腰掛け、10秒ほどして「すまん」と一言だけつぶやいた。その青ざめた横顔を見てなまえは、ああ、めっちゃ露伴が反省してる…とだけ感想を持った。そこでやっと目尻の涙に気が付いてゴシゴシ擦ったのである。
露伴はこめかみに指を当て、フーッとため息をついた。

「もう嫌いになれよ。僕はそれで構わない」
「……嘘下手くそだね。全部顔に出てるよ」

慰めるようになまえの手がわしわしと少し乱暴に露伴の頭を撫でた。そしてそのまま痩せた頬をつねる。なまえは機嫌のいい時は露伴によくスキンシップをとる、と前にも説明したが正にいまのがそうだ。露伴には何を言っても偏屈な返事しか返ってこないため、なまえはコミュニケーションをとるために無意識のうちにスキンシップという手段を選んでいたのだ。
露伴はその手を振り払ってキッと睨みつけたが、なまえは全く動じず、また頭を撫でるのだった。今目の前にいるのは自分を襲おうとした獣ではなく、非常に落ち込んでいるただの男だ。

「くそ……誤解するだろ、やめろ」
「うーん、漫画のリアリティを追い求めてやり過ぎるのは気持ち悪いと思うけど、私は露伴のこと嫌いじゃないんだよねぇ」
「やめろって言ってるんだよ」

フン、と鼻を鳴らして露伴はなまえの腕を掴む。やっと目を合わせたかと思えば、鼻と鼻とがぶつかりそうなほどに近く顔を寄せた。ぱちくりとまばたきを繰り返す、なまえの丸い瞳に露伴の顔が映り込む。このまま、この瞳が僕だけを捉えてくれていたならどんなにいいかと露伴は思った。いくら喧嘩しても決して離れることのない、コイツが心底好きなのだと思わざるを得なかった。

「ナァ、僕は君が好きだ。君が僕をなんとも思ってなくても。毅然とした態度で誇り高くて誰にも媚びることのない、芯の強いなまえが好きだぜ」

なまえは唖然とした。目の前で自分に愛を語る男があの苦手な露伴だと思えず、に硬直してしまった。本気で「誰だコイツは」と思う程には。そしてちょびっとだけ、見惚れてしまった。自分を見つめる鳶色の瞳から逃げるように顔を逸らした。その頬が赤いことには露伴しか気付いていない。

「わ、私は………分かんない。誰が好きとか……愛してるとか」
「君、誰かを好きになったことはないのかい?彼氏の一人や二人いただろう」

昔、君は大層可愛かったらしいからねと若干皮肉混じりで言った。細い指が赤くなった頬を撫でて更に赤くさせる。

「いたけど、何年も前だよ。一回だけエッチして別れた」
「…ふぅん」

その一言でなんとなくだが、彼氏とのセックスが最悪だったことを察させた。思春期特有の、おのれが気持ちよくなるだけの品のないセックスだったのだろう。今となってはどうすることもできないが、その男の下でなまえが痛い痛いと泣いていたと思うとむかっ腹が立った。

「そいつのこと、忘れたくないか?なんなら記憶を僕が記憶を消しても……」
「いや、いいよ。あれはいい教訓だったし、それに……露伴があいつに比べたら優しいってことも忘れちゃう」
「き、君ってヤツはァ………」

ヘラヘラ笑っている彼女を、また押し倒したい衝動に駆られたのを必死に抑えた。無自覚タラシ!と罵りながら、その緩い頬にチュッチュとキスをする。ここまで許しているのに露伴のことを認めていないのがなまえ自身でも不思議であった。頬にキスするのは、外国的に言えば親愛の印であってジョースターさんで慣れているからかなとも思っていた。

「私露伴のこと嫌いじゃないなら、好きなのかなぁ……全然わかんないや」
「ここまで許したら認めろよこのスカタン…」

ガブッと唇に噛み付いた露伴の歯の感触が、妙に心地良い。

その後のことはふたりとも流れに任せてしまって、まるで夢の中にいるようだった。
見た目より小さな手を背中に回しながら、好きになってくれるかと聞いた気がする。もうなっているよ、と言われた気がする。
骨張った手が柔く触れる中で、愛してくれるかと聞いた気がする。君が望むならと答えてくれた気がする。
まさか記憶を自分で都合よく改ざんしてるのかも知れない、とお互い疑ったが、事後の事実だけはどうにも変えられなかった。

「だいたい君が僕の服を着てウロウロするのがいけないんだ!彼シャツなんて男の浪漫を堂々とやってのけてさァ!意識してないとはいえちょっとガードが甘いんだ!でも好きだ!」
「流れに任せて答えもろくに聞かずに抱くって男として最低だろ!あんな不可抗力の彼シャツぐらいで発情するなよ!このモンキーが!でも好きになっちゃったんだよ馬鹿露伴!」

その後、正式に付き合うことになっても1日に1度喧嘩は絶えなかった。しかし、それも「イチャついてるようにしか見えねェんだよォ〜!」と仗助と億泰に泣かれたのはまた別の話である。



おしまい。

150101
近距離パワー型の恋愛



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