浜野海士×風紀委員長の関連話です。







真っ赤な腕章に立派な金の刺繍がきらめく。
校門の前で整容検査と遅刻の取り締まりをしているのは、人の皮を被った鬼の風紀委員長だった。まあおれも南沢さんから噂を聞いただけで、実際鬼の部分を見たことはない。いつものゆるい風紀委員たちはいなかった。珍しいこともあるもんだなぁ、と思いつつ校舎へと急ぐ。触らぬ神に祟りなし、もとい触らぬ鬼に危害なし、だ。

「ぐえっ!」
「2年倉間典人」

通学カバンをひっつかまれて後ろにのけぞった。喉が締まってカエルが潰れたような声が出る。くそ、おれは蛇だぞ、蛇。捕食者の方だ。いらだちを露にしつつ振り返ると、風紀委員長がしれっとした顔で手持ちのボートをながめていた。

「…なんすか」
「分からないか」

こちらもボールペンでボートを叩きいらだちを隠さなかった。上から送られる見下すような視線を睨み返す。蛇睨みに動じない風紀委員長は、あきれたようにため息をついた。

「ボタンが外れている」
「あ」

朝は寝ぼけていて気が付かなかったが、制服の真ん中のボタンが無かった。ここはカバンの紐が当たる位置にあるのでどうしても外れやすいのだ。今まで三回は取れている。やばい、どうしよう。一番上のボタンならともかく、こんなまぬけな姿、浜野になんか知れたら笑い者にされるに決まっている。

「脱げ。縫ってやるから」
「はぁ?お前針とか糸とか…」
「ある」

そう言って手を掛けたスカートの端。思わず目を覆った。ま、まさか、いや、そんな破廉恥な!指の隙間から見えるスパッツと、太ももに巻き付いたポーチ。ああ、なんだ…スパッツかよ…。がっかりさせてくれるぜ委員長。顔を赤くして馬鹿みたいだ。ポーチから取り出されたのは小さな裁縫セットだった。ついでに新しいボタンも出てくる。てか、なんつーところに入れてるんだ。えろい。

「さっさと脱げ」
「あ、はい…」

脱いでる間に委員長はちゃっちゃと糸を針の穴に通して玉結びをしていた。意外と器用だった。おれは裁縫は全くと言っていいほどできない。手渡した学ランにボタンを綺麗につけていく姿になんとなく見とれてしまった。

「なんで裁縫道具を常備してるんすか?」
「君みたいなやつがいっぱいいるからね。風紀の乱れはたったボタン一つのボタンから始まる」
「はあ…すんません」
「なに、謝る必要はない。誰にだってあることだ」

仕上げに小さなハサミで糸を切った。返ってきた学ランにはきっちり元の位置にボタンがついていた。なんだ、話し方はちょっと怖いけど風紀委員長は優しい人じゃないか。人の皮を被った鬼だなんてとんでもない。あとで南沢さんのこととっちめてやる。そう思いながら学ランを着込んでいると、目の前を通り過ぎようとした人が盛大にこけた。

「え」

どうやら風紀委員長が足掛けをしたらしい。一歩前に進んだ右足が物語っている。胸ポケットにボールペンを差し込み、ボートをおれに押し付けると、見知らぬ男子生徒に近付いた。マンモス校だと同じ学年なのに顔も知らないことがよくある。こいつもその一人だった。急いで飛び起きた男子生徒は、風紀委員長に掴みかかった。なにやら暴言を浴びせているようだが、五秒もしないうちに男子生徒はぶわりと宙に浮いていた。

「え?」

さっきから「え」しか言うことがない。綺麗な背負い投げが決まり、男子生徒は地面に伸びた。おいおい…マジかよ。人ってあんなに綺麗に投げられるのか。委員長はゲームで倒したモンスターから剥ぎ取るように男子生徒から学ランを剥ぎ取り、そのあと無理矢理叩き起こしていた。ふらふらと立ち上がった男子生徒は、風紀委員長に何かを耳打ちされると校舎へ行ってしまった。風紀委員長は顔色一つ変えずに戻ってくる。…なるほど、南沢さんの言ったとおり、鬼だ。

「風紀委員長、あんなに勢いよく投げてあの人は…」
「あれ、柔道経験者だ。それに学ランをこんなにするあいつが悪い」

広げた学ランには一つもボタンがついていなかった。いくらなんでもこれはひどい。でも風紀委員長はもっとひどい。また飄々と整容検査を始めた委員長がものすごく怖かった。


120325




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