ゴットエデンの朝は早い。6時にチャイムと共に起床、朗らかに穴から挨拶してくるHを軽くあしらう。早速朝から全員でランニング、終わった順に朝食だ。つまり速く走れば走るほどにバイキング式の朝食に有利ということだ。体力が削れる代わりにたくさん食べられるのだが。

「腹減ったな…」

腹が減っては戦が出来ぬ、という言葉を教官殿は知っているのだろうか。悲鳴を上げる腹を押さえながら森の中を走った。自然の中は毎日コースの障害物が変化するので気を引き締めなくてはいけない。「油断してると自然はすぐ牙を剥くぞ!」と牙山が洒落のように言っていたが全く笑えなかった。ただ、大砲をバンバン撃ってくる危険な特訓よりかはましだと思う。

「お前を越えて究極に成る!」
「うげっ」

物思いに耽っているところにこれでは、足をを挫きそうになった。
見なくても分かる。後ろからガサガサガサと草木を掻き分けて、ものすごい勢いで走ってきたのはもちろんあの隣人Hだ。そうやって走っているから終盤スタミナ切れをして、何度も追い越されてしまうのだ。やはりあの究極にお粗末な頭ではこんなことも考えられないのか。

「今日こそ…!」

「だったらゆっくり走れよ」とぼそりと呟いた。水が流れる音が聞こえてくる。そろそろ川のポイントだった。心の中でリズムを取り、歩幅を調節する。川に入る一歩手前で飛び出した。途中に飛び出した石を次々とリズム良く渡る。暫くこの石渡りに苦戦はしたものの、コツを掴めばちょろいものだ。着地し、向こう岸を振り返る。苦戦したこれを逸材Hはどのようにして渡るのかには興味があった。さほど時間を置かないうちに白いシルエットが空中に勢いよく飛び出す。

「おわ…」

首が上に九十度を向くぐらい跳躍が高い。まさか石を渡らず一度に川を飛び越えてしまおうというのか。いちいちHの行動には驚かされる。このままでは追い付かれてしまうかもしれない。朝食のためにもこちら側にHが着地する前に走り出した。走り出したのだが、水に何かが派手に落ちる音を聞いてまた振り返った。Hの姿は空中にはない。代わりに見たのは目を疑う光景だった。川上からどんぶらこどんぶらこと大きな桃が、もといHが川の中で仰向けに倒れている。

「あー…」

推測しよう。Hは着地した地点の苔で足を滑らせ、後ろに倒れ頭を打ち、気絶したまま倒れている。これだ。他の可能性は考えにくい。
不幸中の幸いか、川は浅く流れは緩やかだ。このままにしておいても大丈夫そうに見えた。だがいくら憎らしく恨むべきうるさい隣人でも、助けなくてはいけない状況にあった。もし頭蓋骨を骨折でもしていて放っておいたと知れたら教官殿にお叱りを受けるからだ。重い溜め息が出た。Hの胸ぐらを掴んでとりあえず川から引き上げる。濡れた髪が春雨のようだ。細いのにも関わらず筋肉が付いているので意外と重い。よし、息はしている。顔色も普通。外傷や出血はどこにもない。とりあえず水を吸った白いシャツを引き裂いて捨て、自分の上着を着せた。着脱が楽なジッパーで良かった。下はどうしようもないので仕方がない。重い靴は脱がせる。足を草木に引っ掻けて傷が付かないように靴下はそのままにしておいた。

「はぁあ…。よっこいせ」

無理矢理背負った身体はやはり重い。Hが後ろに倒れないように若干前屈みになりながら歩き出した。全くこの隣人は、どれだけ迷惑を掛ければ気が済むのだろう。一つ望みは、お粗末な頭が打った衝撃で治ってくれることだ。また腹が悲鳴を上げて、空腹だったことを思い出しがっかりした。

その日朝食はデザートが食べられなかった。これ見よがしにプリンを食べる帆田さんからプリンの容器を奪い取り顔面に叩き付けた。


120127



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