「牛乳で背は伸びないんだよねぇ」とストローで紙パックの牛乳を飲む倉間の隣で、1リットル牛乳をがぶ飲みしていた彼女はいつも言っていた。その身長は小さな倉間よりもはるかに高い。好きな子より小さいというのはかなりのコンプレックスだった。牛乳飲みすぎて腹壊してしまえ、と倉間は密かに毎日呪いにかけていた。第一、学校に毎朝1リットル牛乳なんぞ持ってくるのがおかしい。飄々とした彼女に対し、倉間はこのまま一生背が伸びないのではないかと焦燥を感じていた。両親はそれなりに身長があるので、そんなに焦る必要もないように思えるが、倉間にとっては死活問題だったのだ。
「骨は丈夫になるからいいよねぇ」彼女は倉間を見下ろしながら言う。悪気はないが倉間には見下しているようにしか見えなかった。どうしても身長を伸ばしたい倉間は律儀に牛乳を飲み続けた。いくら馬鹿にされようと、いつか伸びるという一種の自己暗示でそれを乗り切った。

それから数年。
「牛乳で背が伸びるなんて絶対嘘だよねぇ」
彼女が少し見上げた先には、倉間の頭があった。牛乳を飲み続け数年、中学を卒業してから倉間の身長はたけのこのように伸びた。あんなに撫でやすい位置にあったのに届きにくいや、と背伸びして悔しそうに倉間の頭に手を置いた。むすっとした表情からは以前の余裕そうな態度は見受けられない。
「うぅう…なんでこんな大きくなっちゃったの」
「俺はお前が縮んだような気がする」
「失敬な!倉間が縮んでしまえ」
「折角伸びたのに止めろ」
「だって…」
手を除け、何か言いたげに彼女は口ごもった。不審げに倉間が見つめると真っ赤になりながら更に口ごもる。問いただしても首を振るだけ。中学生のころと変わり、それなりに忍耐力のついた倉間は優しく何度も問いただす。だが逆効果を示すばかり。うつ向いたままさらに首を横に振り、にっちもさっちもいかない。
「おい、ちゃんとこっち向けよ」
顔を両手で包んで無理矢理目を合わせた。頬は熱く、目は涙で潤んでいてぎょっとした。妙な罪悪感が込み上げてくるのは何故だろう。女の武器は涙とよく言ったものだが、もちろん倉間にも効果はばつぐんだった訳だ。それが好きな子ともなれば二倍の効果も余裕で越えてしまう。しかし、手を離してしまえば悪い事をしたのを認めることになりそうで自尊心が許さない。とりあえず、息を整えもう一度聞いた。
「…どうした?」
「……倉間かっこいいもん。かっこよくて胸が苦しいんだよ。みてるだけどきどきするし。訳わかんない」
倉間も頬が熱くなるのを感じずにはいられなかった。彼女が言ったこと、それは属に言う恋の病だった。自覚症状はあるのに病名を知らないから対処法を探しても見付からない。
「だから、倉間は絶対小さいほうが…」
「お前馬鹿だよなぁ」
「は?」
丸い額に倉間の唇が触れる。その瞬間ボッ!と顔から湯気が上がった、ように見えた。倉間の両手を素早く頬から剥がして一歩距離をとる。口を一文字に堅く結んで睨む彼女と対照的に、倉間は呆れ顔だ。
「そりゃ俺のこと好きだってことだろ?」
「な、な、んな…!こ、このエセキザ野郎なんか好きでもなんでも…」
「なんで顔赤いんだよ」
「うっ…うぅううう」
悔しそうな唸り声。その赤い顔はもういっそ殺してくれと訴えかけていた。こんな可愛い生き物が世の中に生きていたことに倉間は至極感心した。と同時に、にやにやと口許を歪める。天然記念物として保護したほうがいいような気がする。
「ほーら言ってみ。好きですって」
「す………。無理無理無理無理!」
「俺はお前のこと好きだけどな」
「むっ、そう言ってからかうのやめてよねぇ」
わざとらしく耳を塞いでべっと舌を出す。前言撤回、やっぱり可愛くない。生意気だ。倉間は本気を受け取らない彼女に少しいらつきを覚えた。まだまだ冷静な倉間は小さなため息一つでいらつきを逃がし、耳を塞いでいた手を離すように促した。
「俺が身長伸ばしたの、お前に負けたくなかったからじゃなくて、お前に見合う男になりかったからだよ。いくら天然でも意味分かるだろ?」
「…そんなこと」
「分かれ」
「うぅう…分かってるよう…」
よしよしと倉間は満足気に笑った。真っ赤になりながらつられて彼女もはにかんだ。この倉間の表情に彼女は弱かったのだ。
「でもあの…、きっとどんな倉間でも……すきだよ」
「…………」
「ぐえっ」
感極まった倉間に抱き締められて圧死しそうになった。



120926
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男前って難しいですね…でも倉間くん大好きです!にいさんリクエストありがとうございました!




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