「この…」
ゆっくりと右手が振り上がったのをアルファは目で追った。
「冷徹人間!」
バチーン!と平手打ちを食らうまでは。その細腕からは想像も出来ない程力強い平手打ちだった。頬を叩いた衝撃で落下した通信機は無機質な床を滑り、近くにいたエイナムの足下でやっと停止した。喜怒哀楽が激しくないエイナムもこれにはぽかんと口をあけっぱなしにしている。なまえはぎっとアルファの目を睨み、泣き顔を隠すように走り去ってしまった。扉が閉まったあとも、アルファは未だ微動だに出ずにいた。この事態をどうにかしようとあたふたしたエイナムは、拾い上げた通信機をアルファに手渡した。アルファはそれを見詰めたまましばらく呆然としていたが、受け取った通信機を装着し直し、「…痛い」とやっと一言呟いた。思わず遅いです、とエイナムは言いかけそうになった。しかし、それほど彼女の行為は衝撃的だったのだ。アルファにはなぜ彼女が泣いていたのか分からなかった。常に完璧を目指している彼には泣かせるような失態をした覚えはないのだ。ビンタされた頬がじんじん痛んだが、それよりもずきずきと心が痛んでしょうがない。ぐっと胸元の布を握りしめた。
「俺はいったい何をしでかしたのだろうか…」
自分の敬愛するキャプテンが落ち込んでいるのは見ていられなかった。エイナムは必死に自分の記憶をたどった。そして、一つの答えにたどりついた。自分でも納得の早さだと若干自信あり気に語りだした。
「アルファさま、俺に思い当たる点があります。今月に入ってからなまえさまはしきりにカレンダーを気にしていました。そのカレンダーに丸が付いている日があります。それが今日に当たるのです。ということは」
「NO.回りくどい。バースデーだとはっきり言え」
「流石ですアルファさま。なまえさまのお誕生日です」
「バースデーか…」
またもや黙りこくった。自分自身生日をろくに祝ったことはなかったものの、誕生日とは盛大に祝うものだと知っていた。だが彼女は高いプレゼントが欲しいとか、おいしいケーキが食べたいだとか、高望みをする人間ではないことも知っていた。ならばどうすればよいのか。それだけが分からなかった。とりあえず原因は解明した。それだけでもよしとしよう。
「感謝する、エイナム。あとは自分で考える」
エイナムは満足そうに頷き、静かにその場を去って行った。さて、これからが問題だった。どうすればよいのか考えながら、彼女を探さなければいけないのだから―





「誕生日だよ…」
アルファの元から走り去って最初に出会したガンマにがっちり泣き付いて離れようとしない。ガンマもまんざらではないようだ。しかしこんなところアルファに見られたら怒りと偏見を買う。ベータに見られたとしても世間話の種にして良くない噂が広がることは間違いなかった。力の関係的になんら怖くないのたが、自分が人の恋人を盗むような低俗な人間だと勘違いを広めたくはなかった。抱き締めるべきかと宙で踊る腕を抑え握り拳を作る。奪うならもっとスマートに行う、とガンマは心に決めてるのだ。さりげなく肩を掴み、そっと彼女の体を引きはがした。
「彼は軍人のようなお堅い人間ですから仕方のないことです」
「堅い!堅すぎるよ!ストイックだよ!」
「その堅物を恋人にしたのは誰です?」
「…私です」
「つまり、そういうイベント的なものに興味を示しにくいのも承知の上で付き合うべきなのです」
彼女には穏やかに説くガンマに後光が差して見えた。もしくは某天使の羽が見える。アルファが化身を呼び出すときのように、思わず手を合わせて拝みたくなった。
「うう、ガンマちゃん…」
拝む代わりに抱き着いて感謝の気持ちを表した。ガンマのことを「オカマちゃん」と盛大に勘違いしているからこそ出来ることだ。嬉しいけど虚しい…、とガンマは表情は微笑みながら内心だらだら涙を流していた。
「私謝ってくる!アルファががっちがちの堅物だって忘れてたって!」
「も、もうちょっとやんわり…」と言おうとしたところで背後にすさまじい殺気を感じたガンマはびくっと肩を揺らした。ここで気付かないふりをして真っ直ぐ去ってしまえばよかったのだが…ガンマは後ろを振り返ってしまった。眉間に深い皺を刻んで赤黒いオーラを放っているアルファとばっちり目が合う。無言の圧力に無理矢理笑った口元が引きつった。
「あ、アルファ…」
なまえが気付くと圧力は消えた。その隙をついてガンマはその場を光の速さで走り去った。空気を読んでくれたとなまえはまた勘違いをしているが。
それぞれの相談相手と納得のいく答えをそれぞれ手にし、どう謝るかも心で決まっている。問題は一方的に殴ってしまった罪悪感と、大事な日をすっぽかした罪悪感で、なかなか話を切り出せないことだった。乾いた唇を動かし、やっとの思いで声をひねり出したのはアルファだった。
「すまない。今日は、君の、大事な、ば…誕生日だったな」
「も、もういいの誕生日のことは!私アルファの気質のことすっかり忘れて…わけも言わずにぶったりして、ごめんね」
誕生日のことを気付いてくれた嬉しさも相まって、無意識のうちに優しくアルファの頬に触れていた。ひんやりしていて、少し腫れているような頬に心地よいらしい。アルファはしばしの間目を閉じ、その感触を感じたあと手を強く握り締めた。
「君は何か欲しいものはあるか?」
「ふふふ。いらないよ」
もうこれで十分だとほほ笑む。全くアルファの予想通りの答えだった。こんなに優しく、純粋な人が自分の恋人でよかったとつくづく感じた。この世界での唯一の安らぎを与えてくれる。彼女と一緒にいると自分の心まで浄化されていくような気がするのだ。感謝、祝う気持ちを込めて自分が彼女に出来ること…。
「少し目をつむっていてくれ」
「え、なんで?」
「NO.早くしろ」
「それが人にものを頼む態度で」
「早くしてください」
「はいはい」
綺麗に生え揃った睫毛が付いた瞼。ゆっくりと降りた。訳もわからないまま身を任せる姿は、自分に最大限の信頼を置いている証だった。思い込みかもしれないが、そう感じずにはいられないのだ。
アルファが狙うは薄く開いた唇。ごちゃごちゃになってしまいそうな言葉を上手く伝えてくれそうだと思った故のプレゼントだ。珍しい緊張にごくんと唾を飲んだ。彼女の表情に釘付けになり、指の先さえ動かせない。それから数分が過ぎ去った。「ちょっとアル……」「なまえ…」ついに痺れを切らして目を開けてしまった彼女の体を強く抱き寄せた。どうやら、アルファにとってキスはまだ早かったようだ。
「ありがとうアルファ。嬉しいよ」
アルファの背中を叩いたり擦ったり、まるであやしているように見える。彼女には彼が何をしようとしていたのかも、どうしてこうなったのかも全てお見通しなのだ。
「来年の誕生日には、きっとね」
アルファは腕に更に力を込め、何度も大きく頷くのだった。





121030
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初アルファでした!同じような話読んだことあるとか言っちゃダメよ!冗談だよ!
そのうち監督にも手を出したいねぐふふ。リクエストありがとうございました!








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