「雷門のやつらは生意気だけどマネージャーは可愛いよなー」
「あー…」
雷門中の試合中継を見ながら護巻はぽつりと呟いた。小さな声だがミーティングルーム全体に伝わった。うんうんとメンバーは首を縦に何度も振っている。雷門のマネージャー三人はこれ以前の試合の中継でもよく見掛けた。見た目では元気系、ツンデレ系、天然系、ってとこだな。そこそこ可愛いし、多種多様で選びがいがありそうだ。幸せだな雷門の奴等は。そうは思うが特にマネージャーが欲しい訳ではない。雑用は全部お手伝いさんがやってくれる。でもまあ、この無駄に豪華なミーティングルームに足りないものと言われれば可愛いマネージャーだろうな。男でばかりで暑苦しい。
ここまでで考えるのはやめた。姉さんがマネージャーになったら間違いなくチームは崩壊する。手持ちのホワイトボードに視線を移し、フォーメーションをぐりぐり書き込んでいると、視界に無理矢理護巻が入ってきた。上目遣いは結構だが自分が男であることを忘れないで欲しいものだ。
「キャプテン興味無し?」
「ねぇよ」
「んー?なんでよ」
「なんでも」
「お姉さまがマネージャーだったらいいなぁって思ってない?」
「はぁ?」
にたにたと笑う護巻の頭をホワイトボードで軽く叩いて引っ込ませた。ばか野郎め、ここのチームのマネージャーを姉さんがマネージャーなんかやったらどうなるか分かったものじゃない。


***


「大和先輩!」

神山が勢いよく練習場に駆け込んで来たときのことだ。ぜえぜえと肩を上下に揺らして大層慌てたようすだった。なんだ?どうしたんだ?と聞く前に、神山はスッと大きく息を吸って「お、お姉さまがナンパされていますっ!」と吐き出した。
一瞬思考が止んだ。姉さん。姉さんが?確かに高校生になった姉さんはふんわり桃色の髪に透き通った蒼い目のとんでもない美少女だ。そのへんに居たら俺だってナンパしたくもなるに違いない。だが、その大事な姉さんがどこの馬の骨とも知らない男にナンパされる様子を考えるだけで、沸々と怒りが込み上げてくる。普通の女子ならば、そこでしっかり逃げ出すことだろう。だが姉さんは普通ではない。その人たちが何をしようとしているのかも分からない、本当に純粋な人なのだ。もしかして、その男共は純粋な姉さんを連れ去って、考えたくもない仕打ちをしてくるかもしれない。
なんとか冷静な声で神山から姉さんの居場所を場所を聞き出した。
「ここを出てすぐのコンビニの前で、二人組に囲まれていました…」
神山は涙目で何度も助けられなくてごめんなさいと謝ってきた。どのような相手だったのかは知らないが、サッカーの才はともかく神山はまだ一年生だ。手を出せないのは仕方がない。神山の白い頭を少し撫でてから、俺はコンビニへ駆け出した。
「おーい、待てってー俺も連れてけ」
後方から護巻の声。猛ダッシュの脚を少し緩めた。
「あん?何だよ護巻!」
「二対一じゃ不利だろ?」
護巻がパチーンとウインクをして飛んできた星を払いのけた。本当にうっとうしい。だが、確かに不利なことは不利だ。一回だけ頷くと護巻はにたりと笑みを溢した。いや、こいつはただ単に面白がってるだけだな。護巻はおれと同じく体格もいい。味方は多いに越したことはないだろう。
「足手まといはごめんだからな!」
「わーってまーす」
ただっ広い練習場を抜け、近くのコンビニに走った。そう暫くもしないうちに看板、店舗も見えてくる。そして、入り口付近にいるのは…!

「ねえさん…!」

思わず立ち止まった。黒い、チャラい、今時のやんちゃな服を着た二人の男。囲まれた姉さんはじっと上を見上げていた。恐くて足が動かないのかもしれない。
護巻が一度制止の声を掛けたような気がしたが、頭に血が上ってしまいなにも理解できなかった。大股で姉さんに歩み寄る。間に割って入ると小さい姉さんは後ろにすっかり隠れてしまった。後ろでどさりと荷物が落ちる音がした。姉さんは「大和…」と震える声でユニフォームの背中を掴んできた。余程の恐怖を感じていたのかその強さはかなりのものだ。
「よぉボウズ。彼氏か?」
「弟だ」
「ほーよく見ればそっくりだな」
「マジ?シスコン?シスコン?」
「黙れクズ」
睨み付けると少し後ずさった。指の骨を鳴らして臨戦態勢を取る。中坊だからって嘗めるな、いつでもやってやるぞ、と。
悔しそうな顔をした男二人は、同じように喧嘩の構えを取っている。さあ、かかってこい。俺を殴れば傷害の罪で刑務所行きか、賠償金をこってりしぼってやるからなぁ?拳が降り上がったのを目でおった。

だが、なかなか降りてこない。

「オニーサン。警察呼んであげたよ」

降り上がった腕を固く掴み、携帯を見せびらかしているのは護巻だった。にっこり微笑んでいる顔からは悪意が感じられないのだからこいつらよりも護巻のほうが恐い。
男二人は護巻の手を振り払うと一目散に逃げ出してしまった。前科があるのか後ろめたいことがあるのか、警察が余程怖いらしい。護巻はまだにたにた笑っている。
「……護巻、ハッタリだろ」
「まぁなー。何か問題になって大会に支障出たら嫌だし」
「ほんと機転だけは利くな」
「頭いいって言って!」
文句をたらしまくる護巻を放置し、本題の姉さんの顔を見た。泣いているかと思いきや、目が合った途端にっこりと笑うのだ。あれ?さっきまで俺のユニフォームを掴んで恐そうに震えてたはず…。
「もー大和いつのまにか私より大きくなったね…お姉ちゃん前ぜんぜん見えなかったよ…ちょっとがっかりしたけど嬉しいな!」
「う、うん…」
「あの人たち何人だったのかな?何語喋ってるのか全然分かんなくて、つい長いこと立ち止まっちゃった」
「…………。」
なるほど。あいつらが早口で、しかも若者の言葉を沢山使ったのかもしれない。早口を聞き取れない姉さんは何一つ内容を理解してはいなかった。頭痛がした。護巻と目が合う。きっと護巻も同じことを考えついるのだ。「もしかして、助けなくても大丈夫だったかな…」と。連れ去りの可能性も考えれば無駄ではない気もするが。護巻は肩をすくめると、小さい子に言い聞かせるように姉さんに目線を合わせて縮んだ。
「お姉さま、大和に代わって言いますけど…ナンパされてたんですよ?」
「へ?」
「だから心配して二人で参った訳です」
「そ、そうなの…」
こちらを上目使いで見詰めて…かわいい…そうじゃなくて!強く姉さんの両肩を掴んだ。「姉さんの馬鹿!馬鹿!なんでそういうことに鈍感なんだよおおお!」などなど思い付く限りの不満を肩を揺さぶりながら言い散らした。また護巻の制止がかかった気がするがそんなことはお構いなしだ。
「姉さんなんか知らない!」
軽く突き放して練習場に向かってきびすを返した。もういい。姉さんの鈍感!天然!

「ちょ、ちょっと大和待って…」

どてっ、と鈍い音。アスファルトと骨がぶつかる音だ。嫌な予感がして振り向くと姉さんが顔面から固い地面に突っ伏していた。どうやったらそう転べるのか意味が分からない…!
「いてて…」
「お、お姉さま…」
「触んな護巻ィ!姉さん、顔見せて。手は?脚は?擦り傷だけ?骨は?」
へたりこんでいる姉さんの前髪をあげて、手を触り、
脚も触った。よかった、骨折はしていないみたいだ。ほっと一息吐いて、姉さんの顔を見ると今度こそ本当にぼろぼろと大粒の涙を溢していた。
「大和ぉ…ううっ…お姉ちゃんバカで…心配かけてごめんね…ありがとう…」
「な、泣くなよ…もう許してるから」


***


ほら姉さんがマネージャーなんて、考えるだけで痛がする。護巻もそれを分かっていてにやけている。
「大和キャプテンのお姉さま可愛いのにもったいねぇな…付き合いたい」
「護巻スタメン外すぞ」
「いやんキャプテンったら」
「はぁ…ふざけてないでそろそろ行くぞ」
リモコンで試合の中継を切った。もう勝敗は目に見えている。雷門中。お前たちがどんな相手だろうと俺達は。親父のために、負けるわけにはいかないんだ。






130319


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ほんっとうに遅くなり申し訳ありません!もう千宮寺なんぞ…!とおもわないでやってください。大和くんは素敵な人です。そしてご期待に沿えておりませんでしたら一言申し付けてください!
ありがとうございました!






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