※気持ちR15



「ほい、こんなん貰ったぞ」
「なにそれ?」
「またたびスプレー」

なまえに頼まれて金ちゃん、という安直な名前の金魚の餌をペットショップに買い出しに行った。レジで会計している時に、店員さんが試供品らしき妙なボトルも一緒に袋に入れていた。その時はよく確認せず、液体ならば金ちゃんの水槽に入れるものだろうかと思ったが、後々ボトルに張ってあるラベルを読んでみると『ねこちゃんメロメロ!またたびスプレー』と可愛らしい猫と共にでかでかと商品名が書いてあった。頭を抱えた。金魚の餌を買ったのに猫用品をくれた定員の意図が分からない。しかし、返しに行くわけにもいかず、持ち帰って来てしまった。

「またたび?」

受け取ったボトルの中の液体を見つめながらそう呟いた。これには流石の彼女も疑問に思ったらしく、首を傾げていた。

「これって猫がにゃんにゃんなるやつだよね?あ、水槽の横に金ちゃんのごはん置いといて」
「猫の中には嫌いなやつもいるらしいけどなぁ。ほい、了解了解」

俺と同じか、もしくはそれ以上に愛されている金ちゃん。呑気にすいすい泳いでいる。それだけで愛されるなんて羨ましい限りだ。このやろう、と思いつつ水槽をつつく。すると指先によってくる。餌を狙っているのだとは分かりきってはいるが、やっぱり可愛いな金ちゃん。

「うーん、あんまりいいにおいじゃないかも…」

おいおい、猫じゃないんだから当たり前だろう。そう言おうと振り向いた時、ボトルに顔を近付けてにおいを嗅いでいるなまえの頭の上で、ピクピクと何かが動いているのに気が付いた。目を疑って何度もまばたきをしたが、消えない。大絶叫したくなった口許を片手で押さえる。

「ん?」
「…ちょっと“なまえだにゃん”って言ってみてくれ」
「急にどうしたの…私二十代だよ?そんな年甲斐もにゃい」

にゃい、って…それに年甲斐もなく猫耳生やしてるのはどこのどいつだよ!と言いたくなったが我慢した。まさかこんな王道中の王道の展開があるだなんて。どうしてこうなったとか今はどうでも良かった。とにかく、これはもう是非“なまえだにゃん”と言ってもらうしかない。

「一回でいいから!な、頼む!」
「わ、分かった、分かった…」

がたがたと肩を掴んで揺すった。それに連動して小ぶりな猫耳も揺れる。勢いに押され渋々了解してくれた彼女は、恥ずかしそうに咳払いをしてから控え目に言った。

「なまえ、だ、にゃん?」
「動きも付けて!」
「なまえだにゃん?」

招き猫のように顔の横で丸めた手がにゃんとも可愛い。しかし未だに俺が喜んでいる理由が理解できないらしい。
猫耳が生えたという感覚はないのだろうか。良くできましたと頭を撫でてやるふりをしながら、然り気無く猫耳を触ってみる。が、触れてもピクピクと反射のような反応をするだけだった。なんかくすぐったい、と呟いていたので猫耳に触覚はあるようだ。だがやはり生えたことには気付いていない。試しに気付かれないように耳の先を弾いてみた。

「ひっ」
「お」
「ん?え?」

この感覚はなんだ、と頭の上にクエスチョンマークを並べる。相変わらず猫耳は動き続けている。違和感の正体を確かめようと自分の頭に手を伸ばしたので、腕の上から抱き締めて阻止した。ここで気付かれたらつまらない。座っても随分下にある頭に顔を埋めた。シャンプーのいい匂いがする。

「なに、やめてよ…」
「うん、うん」

頷きながら柔らかい猫耳に歯を立てないように甘噛みを繰り返した。その度に小さく身動ぎし、服の端を掴む力が強くなる。訳の分からないところから流れてくる刺激に耐えようとくぐもった声になり、これがまたそそるのだ。そういえば、猫耳でなくとも元々耳は弱かった。

「おかしい、んだけど…」
「何が?」
「わ、わかんないっ…」

不安そうな表情をしてる顔を引き寄せて、何度も軽いキスをあちこちに落とす。混乱して乱れていた呼吸もいつもの甘い行動に落ち着き、抵抗はない。
しばらくすると、まるで飼い主の足に甘えて体を擦り付ける猫のように寄ってきた。仕舞いには唇を舐めたり、吸ったり。もしかして、母猫の乳房と間違っているのではないか。若しくは発情期か。積極的なのも結構だが、大人しく攻められるだけでは俺の性分に合わない。

「あんまりイタズラするにゃんちゃんにはお仕置きしだぞー…なーんちゃって」

また柔らかい猫耳の付け根を手で強めに撫でる。口を押さえ声を堪えようとしていたが、枷が外れたようにを捩りながら猫っぽく鳴き始めた。相当気持ち良いらしく、うっとりとした表情で口が半開きになり、飲み込みきれない唾液が唇の端からたらたらと流れる。

「あ、あす、かぁ…」
「ほんっとーに…お前は煽ってくれるよなぁ」

弓形にびくびく震える体を押し倒して、美味しく頂いてしまおうと舌嘗めずりをした、その時だった。
むぎゅっ。と右足で何かを踏んだ。

「いっ!」

猫耳とセットであることをすっかり忘れていた尻尾を思いきり踏みつけた。やっちまったと思ったのもつかの間、避けきれないグーパンチもといネコパンチが目前にあった。綺麗な弧を描いて自分の体が仰向けに倒れて行くのが分かる。背中が床に触れた瞬間にKO負けのゴングが鳴った気がした。

「あっ、飛鳥!大丈夫?!」

遠退く意識の中でなまえが必死に俺の名前を呼んでいるのが聞こえてくる。じわじわとブラックアウトする視界で、猫耳がピクピクと動いていた。…猫、猫、猫。ふと金ちゃんのことが頭をよぎった。

「…金ちゃんのこと、食べるなよ」

そう言い残して意識を手離した。



120304
(土門飛鳥+10×猫耳)



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