「バダップくん、お待たせ」

バダップくんは、喜多海くんの案内で既に行儀よく居間に座っていた。ちゃんと言うことを聞く幼稚園児みたいで可愛いなぁと思った。喜多海くんは相変わらず喜多海くんで、無意識にバダップくんをじいっと見つめて照れさせていた。居心地の悪そうにしていたバダップくんはこちらに近寄ってきた。

「なまえさん、もう」
「うん、いい。大丈夫」

ふわふわとバダップくんの頭を撫でる。キョトンとしてでさっき以上に顔を赤くしていた。何もかも慣れていない感じが、サンダユウがこちらに来たときの様子を彷彿とさせた。可愛くてしばらく頭を撫でていると、目を伏せて柔らかく微笑んだ。

「…りがとう」
「ん?」

呟いたのがよく聞き取れずに、手を離した。聞き直そうとしたがバダップくんは「行くぞ」とすぐにサンダユウに向き直った。

「わっ」

いきなりサンダユウの大きな体に抱き付かれてひっくり返るところだった。

「やっぱり俺、帰りたくない」
「そんなこと言って…さっき帰るって言ったじゃない」
「なまえと一緒がいい。誰より好きな、なまえと」

ぎゅう、と強く締め付けられて顔が胸の辺りに埋まった。体が無駄に男っぽいことに気付かされてて、今さらだが恥ずかしくなった。気持ちを落ち着かせて、サンダユウの背中をぽんぽんと軽く叩く。小さい子をあやしてるみたいだ。
「未来には未来の私がいるんじゃないかな。すっごくおばあちゃんの。死んでるかもしれないけど。でも生まれ変わりとか居たら素敵だよね」
「…居るなら、探す。生まれ変わりでもなんでも絶対見付ける」
「そう。私の未来、サンダユウの今。サンダユウの今で、早く帰って私を探して」
「わかった…」

ゆっくり離れたサンダユウはいつの間にか涙目になっていた。「泣かないのが兵士なんでしょ」と顔を撫でてやるときっと口を一文字に結んで涙がこぼれるのを堪えていた。

「じゃあね」

一歩分離れて、バダップくんに目配せするとこっちの意図を感じたのかこくりと頷いた。
「サンダユウ、帰るぞ」



「なまえ、帰ろう」
「んー分かった」

答えはしっかりしているが、帰る準備もせず春に近付いてきた外をぼんやり眺めている。頬杖を付く腕には形見のような白いゴム。サンダユウが居なくなってからというもの、暫くやる気とか生気とか、そんなものが感じられなくなった。今では大分復活したけれど、一時は一人の子供を立派に成長させて独立させた後のシングルマザーみたいだった。
結局なまえがサンダユウの熱烈な愛に気付く…というか好意には気付いてたけれども見事なまで親子愛だと勘違いしていた。ここまでくると鈍感を飛び越して博愛の神さまの領域にいるんじゃないだろうか。

「早く人間に戻れるといいね」
「ん、ん?」

せめて生まれ変わる時まで、神さまじゃなくなってるといい。でも欲を言うなら、今がいい。
なまえは重い腰を上げてリュックを背負った。何に気付いたのか思い詰めた表情のあと「私もともと人間だよ!」とやっとまともな答えを返してくれた。ただ、正解ではないと思う。


「あーあ、お腹すいたね。家でご飯食べてかない?」
「うん」
「ボルシチとミネストローネどっちが食べたい?」
「ミネストローネ」
「じゃ、決まり。早く帰ろ」


帰ろう。



110927
まえ つぎ