「うー…ん」

読み終わった本を閉じて伸びをした。首を回すとごきごきと骨が鳴る。サンダユウの熱は少しは下がったみたいだ。でも、まだ熱い。いくら丈夫でも一日寝てたぐらいじゃあね。
まだまだ外は暗いが、朝の五時半だ。雪寄せをして、朝ごはんを作って、休みが終わったから学校に行かないと。サンダユウ一人で大丈夫かな…。
とりあえずコートを羽織って外に出ようとすると、インターホンが鳴った。こんなに朝早く来るのはきっと喜多海くんだ。

「おはよ喜多海く…」

訳が分からず一瞬硬直した。
抱えた足。喜多海くんの大きな体に背負われてる、人間。

「拾った」

拾ったってそんな捨て猫みたいに。しかし、人を拾うっていつかのデジャヴ。

「預かって」
「家は保護センターじゃないよ…」
「この人…サンダユウと同じ服着てるから」

くるりと体を四十五度ほど回転させて、背負っている人を見せた。黒いブーツと深緑の服。サイズこぞ小さいが、サンダユウが着ていたものそのものだった。それよりなにより何なんだろう、このボリュームのある白い髪は。白百合と表現するには少々乱雑な髪に触ろうと、恐る恐る手を伸ばすとぴくりと髪が動いた。

「…そろそろ降ろしてもらえるでしょうか」

急に喋ったものだから、思わず喜多海くんと顔を見合わせた。珍しく緑の目が若干いつもより開いている。

「きみ…起きてたの?」
「動けなかっただけです」

彼は喜多海くんの背中から降りて、ブーツの特徴的な固い音と共に両足を揃えた。真剣な赤い目が真っ直ぐに私達を見据え、綺麗に敬礼をする。

「王牙学園バダップ・スリードです。仲間のサンダユウ・ミシマがご迷惑をおかけしました」
「…お、おつかれさまです」

何故か敬礼を返してしまった。それぐらい真面目な敬礼だった、って事だ。格好とふるまいから見るにこの子は本当にサンダユウの仲間らしい。彼も軍人で、戦闘に参加するのだろうか。

「今すぐにでも連れて帰ります」
「え」

ぞわりと寒気がした。サンダユウの体の傷跡を思い出す。連れて帰られたら、サンダユウはまた怪我をするに違いない。それに、実験に使われたなんて酷い扱いさえ受けている。

「…ま…待って。サンダユウは熱を出してて…。連れて帰られても…さ」
「連れて帰れば、熱などすぐにでも下がります」
「だ、だめだよ!今動かしたら、きっと…悪化して…。とにかく、駄目!」

サンダユウが眠っている私の部屋に走った。中に入って急いで鍵を閉める。

「……。」

扉に背を預けて、ずるずると床に座り込んだ。見渡す部屋が暗い。あんなこと言って、私はただの駄々っ子だ。サンダユウは元々あっちの時代の人で、八十年後の技術に頼れば、きっと風邪などすぐに治るのに。でも。

(…帰したくない…帰したくないよ…)

ぼろりと涙が溢れた。



「バダップくん、だっけ」
「はい」
「なまえは優しいから…サンダユウくんを守りたいだけなんだよ。元の時代に帰さないといけないって分かってる。気持ちの整理が出来るまで待っててあげようか」
「…はい」


110827
―――

まえ つぎ




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