「なぁ、なまえの父さんと母さんはどこにいるんだ?」

手慣れてきた雪寄せをしながら、サンダユウがそう聞いてきた。力だけは強いので雪寄せはとても頼りになった。もしかしてその質問は答えにくいんじゃないかとか、聞いてはいけない事情があるのではないかとか、そんなことを気にしてもいい内容だった。もちろん無神経だからではなく、ただの純粋さから来るものだろうが。まぁ、私が親と一緒に暮らしていない悲しい事情なんて無い。

「私のお父さんとお母さんはね、出稼ぎに行ってるんだよ」
「出稼ぎ?」

サンダユウがざくっとシャベルを雪に刺して疲れたように小さく白いため息をついた。

「そう出稼ぎ。都会の方にね」
「とするとロボもたくさんいるんだろうか」
「いやいや今の時代ロボットは普及してないんだよ」
「ほー…不便だな。だからこんな手作業で雪を寄せねばならんのか」

いくら純粋とは言え、嫌味にしか聞こえなかった。

「別に手作業じゃなくても楽に出来る除雪機あるでしょ。家には無いけど」

ご近所さんには除雪機がある。あれがあれば雪寄せがどんなに楽だろうかと何度も考えた。そのご近所さんはうちの事情を知っていてよく雪寄せを手伝って貰えるので、お礼におかずやらお菓子やらをお裾分けしている。つまりは喜多海くんの家だ。

「それに、朝と夜に道路用のでっかいの雪寄せしてるの知ってる?」
「ああ、あのうるさいやつか」

そう言いながら雪寄せを再開した。不思議だ、サンダユウ今日は饒舌だし、よく働いてくれる。いつもは寒い、疲れた、などと言ってすぐ止めようとするのに。まぁ、止めることは許さなかったが。

雪寄せを終え家に戻るとサンダユウが、居間のソファーにくてんと座り込んだ。そして横になって目を閉じた。どうも様子がおかしい。

「サンダユウ、どうしたの?」
「なんでもない。ねむいだけだ」

向き合った顔を寝返りで逸らして逆を向いてしまった。隠し事があるとき、顔を真正面から合わせない人が多いだろう。サンダユウはきっとその典型的なタイプだ。

「ねぇ」
「だから!なんでもな、い…っ」

一際大きくそう叫ぶと、ゲホッゲホッと大きく咳き込み始めた。今まで溜めていた咳を全て吐き出すような激しいものだった。驚いたが、背中をゆっくり擦ってやるとだんだん収まってきた。この咳き込み方はそう、風邪だ。風邪を隠すために少し饒舌だったり、よく働いてくれた訳か。寒いところにいきなり来て(しかも未来から)風邪を引いて当然である。

「ごめんね、気付いてあげれなくて。でも隠さなくても良かったんだよ」
「…迷惑、かけたくない」
「悪化される方が迷惑なの。わかった?」
「ん…」

ごほん、とまた一つ咳をした。

取り合えずベッドに寝かせて、冷えないように毛布をしっかりかけた。あとは熱冷ましと、スポーツドリンクと、風邪薬を買いに行かなければ。病院に連れていきたいけども、保険証がない。診察料だって馬鹿には出来ない値段になる。

「買い物してくるから、寝ててね。食べたいものある?」
「…なまえ」
「なに?」

「好きだ」

それはうわ言だったのかもしれない。サンダユウの目は、熱冷ましの代わりに置いた濡れたタオルと長い前髪に隠れて見えなかった。


110716
―――

まえ つぎ




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