「ちっ…」
雪村に聞こえないように舌打ちをして部室の椅子に座る。あたたかいストーブにあたりながら部室を眺めていると、呑気に冷蔵庫に向かう雪村が目に入った。イライラの元凶は雪村だ。体は小さいのに馬鹿みたいなキック力の雪村の相手をするのは苦労するどころじゃなく、死と向き合わせのような気がした。パンサーブリザードとはいいネーミングセンスだ。まさに猛獣と向き合わせだった。技どころか暴れん坊の雪村自身も猛獣のようで、俺は調教師になったつもりはないんだが。まあ惚れた弱味ってやつか…。ため息をつきながらグローブを外した。案の定手のひらは赤くなっていてじりじりと痛んだ。くそ、血も出てないなら明日の雪村の居残り練習相手を休む理由にもならないじゃないか。せめてアイシングでもするかとよろよろ立ち上がる。
「なあ、手、大丈夫か?」
「は?」
「痛そうにしてたろ。はいこれ」
ユニフォームの裾を引っ張り、同じ学年なのにも関わらず一回りも小さい雪村が大きな犬歯を出して笑っている。がしゃ、と音がして手渡されたのは氷嚢だった。突然のことにぱちくりとまばたきをしてしまう。受け取った氷の冷たさがじわじわ痛みに染みた。
「…ありがとう」
「痛そうにしてから心配したぜ?」
「あのな…いつも俺がどれだけ痩せ我慢して止めてるか知ってるか?いつもの練習ぐらいならまだしも、終わったあとに何本も付き合わされればこうなるに決まってるだろう。ゴールキーパーの経験のないお前に言っても仕方がないけどな」
ぽかんとしている雪村を見てはっとした。優しくしてほしくなくて、その優しさが少しこそばゆくて、つい暴露してしまった。どう言って謝るべきか戸惑っているうちに雪村の唇から、長い睫毛、青い瞳が細かく震え始めた。やば、これは泣き出す寸前の合図だ。気付いたときにはもう遅かった。
「ごめん…白咲、俺…」
ほらきた。ぼろりと涙が溢れて嗚咽する。やれやれ、吹雪さんとの誤解が解けてからずいぶんと泣き虫になってしまったものだ。雪村の軽い体重を持ち上げて、向き合う形で堅い椅子に座った。肩口に頭を乗せ、小さな背中をリズムよくあやすように叩く。これでも同学年だ。
「すまない、言い過ぎた。雪村のせいじゃない。自業自得だ」
「だって…だって…」
「もういい」
背中に回った手が背番号辺りを握った。胸に顔を押し付けて、しろさきしろさきと泣く。こういうときだけ猛獣が可愛く見えて困る。なんだか堪えきれなくて、真っ白な首筋に顔を埋めてべろりと嘗めた。汗がしょっばいが、嫌ではなかった。「汚いってぇ…」と雪村は涙声で嫌々と首を振る。そんなの、言うと思っていたよ。だが俺にとっては逆効果ということを知っているだろうか。知っていて言っているのならば相当質悪いが。
「雪村…」
唇に軽くキスをすると、もっともっとと示すように口を開いた。その先の気持ち良さを望んでいるのだ。お望み通りに舌まで入れてやりゆっくりと上顎の歯の列をなぞる。犬歯が尖っていて少し痛い。奥歯の辺りにくると雪村の体がぶるりと震えた。
「あっ…」
喉の近くで縮こまっている舌を絡め取った。暖かく柔らかく、猫のようにざらざらしているのは気のせいだろうか。必死に動きを真似してくるのがまた可愛い。なんつーか、こうしてるとぐちゃぐちゃ音はするし気持ちいいし、変な気分になってくる。酸欠だと雪村が胸を叩いて訴えてくるのを待ってから口を離すと、唾液の糸が名残惜しそうにぷつりと切れた。雪村は目を潤ませて肩で空気を必死に取り込んでいる。相変わらずキスをするのは下手くそだ。あまり長く口の中を楽しむことが出来ないのは残念だが、それでも雪村は夢見心地のようなどろどろに溶けた表情をする。白い肌に赤い頬がとても映えた。口の端から垂れたどちらのともつかない唾液を嘗めとった。
「白咲、ごめん」
「なんだ、まだ言ってるのか」
「そうじゃなくて……勃った…」
「ぶっ、ははははは!」
「笑うなよ!白咲のせいだからな…」
「はは…はいはい、責任はとるよ」
まあこれでおあいこってことで。




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