te-short | ナノ
あたしの世界観とか他人に理解して貰わなくてもいい。
いや…理解して貰いたくなんかない。
どうせ分からないのだから。
あたしはきっと狂ってる…
だから誰も愛そうとも思わない…思っちゃいけないの。

大好きな君にはあたしの様になって欲しくないから。



さようならと




「おーいまゆ〜」

今日も君の横で眩しい朝を迎える。
ふと目が合うと二カッと微笑む…そんな彼が好き。

「おはよ」

「おう////」

あたしがほほ笑みながら返事をすると、照れくさそうに頬を赤らめる彼が好き。

「亮〜今日テニスあるって言ってなかった??」

「あるけどよ、今はこっち」

「わっ!!!!」

そう言ってあたしを抱き締めたこの逞しい腕も好き。
あたしはその二カッと笑う表情だとか、テニスを一生懸命やってる姿とか、誰よりも部活のメンバーを大切に思ってる所とか……
とにかく亮の全てが好きだ大好きだ。

だが、あたしがその言葉を口にする事はできない。

だってあたしは狂ってる…汚れてる。
そんな言葉が似合う女だから。



事の始まりは、あたしが2年に上がったある日…

あたしは見ず知らずの男に体を売った。

何故なのか自分でも分からない。
別にお金に困っている訳でも欲求不満だった訳でもなかったが、あたしはそれによって゛何か゛が満たされたのが分かった。

あたしは、その足りない゛何か゛を理由に体を売る事を仕事にした。
そしてそれは今3年になっても続いている。

亮もお客の一人。

あたしはこの仕事を理由に大好きな亮を誘った。
最初は何回も何回も断られた。だって彼には、大切な彼女がいるのだから…

でも5回目の誘いをした2日後、教室に残っているあたしの元に彼はやってきた。


「如月…」

彼は教室に入ると本を読むあたしを真っ直ぐ見た。

「宍戸??どうしたの??やっとあたしのお客になる気になった??…………そんなわ
「ああ…その誘いにのりに来た」

「は!?!?だってあんた彼女は」

「フられた……」

「………」

「ずっとずっと誰よりも大切にして来たんだぜ??どんなに俺が我慢して来たのか知らねぇくせに、アイツは他の男とヤってた」

さっきまで真っ直ぐあたしを見ていた彼は、目線を床に移し、近くの椅子に座るとそこから動かなかった。
そんな彼の所に自然と足が動いた。


「ずっと好きだった。大好きだった…」

「大丈夫、あたしが慰めてあげる…亮」

そう言ってあたしは彼を抱き締めた。



亮のセックスはとても優しかった。
まるで今にも壊れそうなガラスの玩具を扱うかの様に。

「りょ、お…な、まえ……よんッで!!!!」

「んッ…まゆ、お前だけ、だ………」

亮があたしの名前を呼ぶ度にあたしの目からは涙が流れる。
亮もあたしが名前を呼ぶと一筋の涙が静かに頬を伝う。
所詮、傷の舐め合い。そんなことは、最初から分かっていた。


あたしはあっという間に頭が真っ白になり、意識を失った。




目が覚めると、そこにはすでに亮はいなかった。
しかしその変わりに乱雑に書かれたアドレスと電話番号が書かれたメモと、現金が置いてあった。
そしてそのメモには…

゛今日はサンキューな!!また相手してくれよ゛

そう書かれていた。

うれしかった。大好きな彼と繋がれたのだから…でも、あたしの心はズキズキ痛む。


あたしは人の弱みに付け込んで、自分の欲しいものをお金で手に入れた女……
こんな汚い女は亮の彼女になる資格なんてない。

“亮にはもっと純粋で綺麗な女の子がお似合いだ。”

あたしの心にはいつもこの言葉が纏わり付いている。
そしてこの言葉を一度も忘れた事はない…



昨日も呼び出されては、体を売る。
必ず、土曜の夜には亮に会う事しか入っていない。
日曜日は休みだから、働かず自分の時間を大切にする。まぁ、呼び出される事もしょっちゅうだが…
お金を貰っているのだから仕方がない。

「んじゃ部活頑張って」

「おう!!じゃまた月曜日な!!!!」

そう言って亮は大きなテニスバックを担ぎ、ダッシュで玄関を飛び出した。
そしてあたしはまたひとりになった。

亮が出て行くとあたしは部屋の片付けをし、掃除機をかける。食器を片付け、布団を整える。
そして鏡の前に立つ。
「うっっわ………最悪だ」

昨日はたくさん泣いた所為か、目が腫れている。

「亮があんな切なそうに名前を呼ぶからだよ…」

そう言いながら誤魔化す様にメイクをしていく。

メイクが終わるとまたいつもの様に出掛ける。
出掛ける先は決まって行きたくないのにお客の家。
でも仕方がない。
お金を貰って仕事をしているのだから…
そう思うことで割り切っている自分がいた。

「こんにちは〜♪」

そう言うとまた売春の世界に足を踏み入れた。



「おい、宍戸。お前何ぼーっとしてやがる…アーン」

その頃宍戸は部活中にも関わらず、上の空…
ついに痺れを切らした跡部が怒りを顕(あらわ)にした。

「宍戸さん…跡部さんが怒ってますよ」

パートナーの鳳の話までも聞いていない様子だった。

「いい加減にしろ!!!」

そう怒鳴ると跡部は宍戸の顔スレスレに、ボールを打ち込んだ。

「あっぶねぇな…なにすんだよ!!!!」

「何ゆーとるん…悪いんは自分やで宍戸」

これにはさすがの忍足も黙ってはいられなかった。

「なんだよ…忍足」

「何が気掛かりかなんてそんな野暮な事は聞かんけどな、今は部活やっちゅー事を忘れるくらいなら今日ははよ帰
「うるせぇよ…」

「アーン?」

宍戸の言葉にみんなが固まった。

「部活中は私情を持ち込むなって事だろ」

そう言い残すと、一人コートを離れロードワークに出掛けた。



「宍戸があんな風に怒鳴られてるとこなんて始めて見たCィ〜…」

「ほんとだぜ…まじどうしちまったんだよ」

今までの様子を陰ながら観察していた、芥川、向日。

「あの宍戸さんが、ここまで追い込まれてるって事は、俺にとっては下剋上のチャンスですけど……よっぽど大切な事なんじゃないですか」

一緒に見ていた日吉の言葉に妙に納得した2人だった。





「まゆチャン、今日もありがと♪また頼むよ」

「はぁ〜い♪またいつでも」

口ではこんな言葉が簡単に出るが、腹の底ではもう二度と呼ばないで欲しいと思った。
亮に抱かれた後は、いつも思ってしまう。
恋しいだの、愛してるだの、そんな言葉がとても気持ち悪く思える。

そんな言葉を容易く使わないで欲しい。

そんな事を思ってはいけないと何度も何度も頭がフル回転する。
最近はそう思う事も増えた。
それはきっと自分の弱さの現れ…
欲望と拒絶の現れ……

こんな自分は何よりも大ッ嫌いだ。

あたしは今にも倒れそうな身体を抱え、家路へと足を運んだ。




俺は、がむしゃらになって走っていた。

後を追って来る長太郎なんて知らねぇ…

「あれ??宍戸じゃん」

途中立海の生徒がいたが、そんな事してる場合じゃねぇ。
俺は自分の弱さのために、まゆを利用した。
でも最近は弱さを埋めるだけじゃねぇ…
まゆは売春やってっけど、誰よりもキレイで心がすぐに折れちまいそうだ。
あいつが他の野郎に抱かれる事を考えるだけで、何もかも手につかなくなる…
いつの間にか、俺はまゆに惹かれ惚れちまったんだ。
まゆが俺の事を好きになるなんて自惚れちゃいけねぇんだよ。


そんな事を考えていると、目の前が真っ黒になった。





夢を見た。

暗くて、冷たくて、今にも崩れ落ちそうな建物の上。
俺の周りは明るいがその建物の上は、まるで墨が零れた様に暗い。
その建物の上には、一人の女。
しかも俺がよく知ってる顔だ。
しかし、名前を何度呼んでも声は出ない。
すると突然、女のいる建物がものすごい勢いで轟々と音をたてながら崩れて行く…

「…!!!!!!」

そこで目が覚めた。
目の前には心配そうに見守る長太郎の姿。

「ッ!!宍戸さん!!!!」

長太郎の話によれば俺はロードワーク中にブッ倒れたらしい。

「大丈夫ですか!?!?」

「悪ィな長太郎……もう大丈夫だ」

心はズタズタだけどな……

そう言うと長太郎の前から去った。
そして、ある人物を呼び出した。
そうでもしねぇと、俺は不安に押し潰されそうだった。


2012/03/23

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