暑い日が続く。蝉の鳴き声が煩い。雨は降るのに気温は下がらない。肌にまとわりつくような鬱陶しい湿気に苛立ちながら、これから踏み込むかの地を睨み付けた。


「こら、なまえ。眉間のしわ、取れなくなりますよ?」

「…誰のせいだとお思いですか」

「あなたは着いて来なくてもよかったんですよ?」

「馬鹿なことをおっしゃらないでください。あなたが戦場に立つというのに、私が安全な場所でのうのうとしていられる筈がないでしょう」

「……私としてはあなたには、着いて来てほしくはなかったのですが」


 菊様のお声を耳に入らなかったふりをして、忌々しい扉に手をかける。この扉を開けてしまえば、もう後戻りはできない。少し恐ろしいと感じる。しかし私には、菊様をお守りするという使命がある。腹を決めて菊様を振り返った。


「菊様、開けます。配置確認はよろしいですか?」

「…はい、大丈夫です」

「最短で目的までお届けするとお約束いたします。私も既に歴戦の雄…この戦、必ずや勝利を納めましょう」

「頼りにしていますよ、なまえ」


 扉に手をかける。菊様の息を飲む音が聞こえた。扉を開け放つ。途端に襲いくる、むせ返るような戦場の熱気。圧倒される人の数。負けてはならない!すっと息を吸い込み、腹に力を込めた。


「控えおろう!道を空けい!こちらに居わすは日本国その方である!速やかに東ゐ92bまでの道を空けい!」

「すみませんすみません、恐れ入りますがお願いいたしますすみません」


 私の声を聞いて、半分くらいの人波がざっと割れる。一瞬遅れて今日の日付を思い出し、慌てて道を空ける者、なんだかよく分からないが従おうという者、周りに促されて仕方なくという者。最後には意味もわけも分からないが理不尽な私の態度に腹を立てて突っかかってくる者だけが残った。4年ぶりだ、無理もない。しかしどれだけ私が理不尽であろうが、引き下がるわけにはいかないのだ!


「おい、日本だかなんだか知らねーけど、俺達ちゃんと並んでんだからお前らもちゃんと並べよ!」

「そーだそーだ!」

「お、おいお前らやめろ!」


 冷ややかな目で勇ましい彼を見遣る。暑さと疲労の蓄積で攻撃的になっているのだろう。無理もない。再三言うが、私の言ってることは理不尽なのだ。規律も規則もなにもあったものではない。しかし私は我を貫く。


「貴様の言い分は正しい。しかし相手が悪かったな」


 ふん、と鼻で笑って懐からあるものを取り出し、周囲に見えるよう高く掲げる。


「この関係者証が目に入らぬか!私の振る舞いは運営側に許されている!さあそこをどいてもらおうか…時間がないのだ!今日を何日と心得る!」


 そう言い放つと一瞬怪訝そうな顔をした後、はっとして携帯端末を確認しだした。きちんと記憶していないとは愚かな…!


「主の名誉のために言っておくが、今日が8月15日でなければこんなに強引なことはしない!特に多忙な今日という日の僅かに許された自由時間を、国民である貴様らが許さないというから、我が国にブラック企業がのさばり過労死する者が後を絶たんのだ!」



 かくして、私たちは夏こみという名の戦に勝利を納めた。帰りの車内で菊様が泣いていたことを特筆しておこう。このくそ忙しい日に、戦地に赴きたいなどと我儘を言うのが悪いのである。





戦地に赴く君を、愛してあげよう







やっと暇になったので、そうだ更新しよう!と思い、せっかくなので終戦のなんかを書こう、今すぐにだ!と思って書き始めたらゴミ箱直行の作品になりました。
私ですか?私は家で甲子園見てます。金がないから家にいるんじゃない…甲子園見たいから家にいるんだ…泣いてない…

140815