「私。あの人嫌い」

「…なまえ」

「嫌い。何度だって言うよ。大嫌いだ」





輝く空は一つでいい





 それが来たのは、ちょうど今から一月前。秋も終わりに近い十一月のことでした。編入生として星座科の二年にやってきたそれは、学園三人目のお姫様と呼ばれ、みるみるうちに生徒達を虜にしていったのです。けれど女の私には別段関係のないことだと思いそのまま過ごしてきましたが、1日、また1日経つにつれ私の友達や先輩がそれに堕ち、掠め取られてしまったのです。

 恋愛は個人の自由です。相手が誰であれ自身がそうと決めたのなら、私には立ち入ることのできない領域です。ですが、それの引き起こす行動は最早そうも言ってられない状態にまでみんなを落ちぶらせていたのです。そして極め付け。月子先輩が階段から落ちて入院しました。


 月子先輩は優しく気高く美しい、私の尊敬する女性です。あれとはまったく違う、正反対の素晴らしい女性です。そして素晴らしくない方のええとあれ、名前は…姫乃愛華とかいいましたか、気持ち悪い名前です。今まで生きてきて好感の持てない名前というものは初めて見ました。その姫乃とかいうのが、月子先輩を階段から突き落としたのです。私はその現場を見てしまったのです。

 姫乃は悲鳴を上げました。甲高く響いた耳に悪い声です。近くにいた私は耳が痛くなりました。その悲鳴を聞き付けて、大勢の人がやってきました。踊り場で血だらけになって倒れている月子先輩を見て上に目を移すと、呆然とした顔でへたりこんでいる姫乃がいました。姫乃はその顔のまま、助けられなかったと叫んで顔を覆いました。みんな不幸な事故だと思いました。みんな姫乃を慰めました。覆いきれなかった口元がいびつに歪んでいるのには、だーれも気付きませんでした。私と梓と、星詠み科の人たちと、月子先輩のことが大好きな人たちを除いてだーれも。


「梓。私悔しい。あの人月子先輩を見て、殺し損ねたって言ったよ。もっと強く押せばよかったって言ったよ。でも誰も聞いてないの。私と梓以外誰も聞いてないの。あの人、どうやったら死ぬの」

「なまえ、落ち着いて。もう面会時間も終わるし、今日は帰ろう」

「梓は悔しくないの」

「………悔しいに決まってるよ。今すぐにでも殺してやりたいくらい悔しい。…けど、そんなことしても夜久先輩はきっと喜ばないから」


 梓は賢い。私はどうだっていいからあの人を亡くしたい。ぐちゃぐちゃにして分からなくして消したい。骨の一欠け髪の毛一本たりとも残さずにこの世から全てあの人という存在を抹消したい。私がこう思ってるんだから、梓も同じことを思ってる。でも月子先輩のことを考えて自分の感情を押し込んでる。梓はすごいな。私は梓みたいに理性的にはなれないよ。

 梓に宥められて少し落ち着いた私は、月子先輩に別れを告げて帰り道を歩いていた。道すがら、梓と状況整理をする。

 まず今姫乃が悪い奴だと分かってる人は、星詠みで真実を視た星詠み科の生徒と、姫乃が編入してきたとき強い悪臭を感じたという宮地先輩と土萌先輩、勿論私と梓も。翼は姫乃に興味ないと言っていたから向こう側ではないだろうし、先生たちは様子見って感じ。ただ星月先生は異臭がすると言っていたから向こう側ではない。分からないのが金久保先輩と青空先輩。どっち付かずや中立って感じとは違って、知らない振りっていうか気付いてない振りっていうか。できたら早々にこっちに引き込みたいなと考えてる。そして気付いてないのが東月先輩と七海先輩、あとの生徒全員。梓は気付いてない人たちを見て、何かに操られてるみたいと言っていた。だとしたら、宮地先輩たちの言う悪臭が関わってるのかもしれない。


「匂いが?」

「うん。お香とかアロマとかで気分を高めたり眠らせたりできるのがあるじゃん。一種の催眠術みたいなものでさ。あの人を変だって感じる人はみんな悪臭がするって言ってるし、実際に私たちも変な匂いを感じた」


 なるほど、と口元に手を当てて考え込む梓。一年の階は微かにって感じだけど、一つ上の二年の階は臭いなんてもんじゃないくらい漂ってる。悪臭っていうかあれはもう、公害に近い。同じクラスの宮地先輩は鼻大丈夫なんだろうか…心配。だから私は、あの匂いがみんなを狂わせてるんじゃないかと想定した。いい匂いと感じる人は催眠状態で、臭いと感じる人は暗示が効かない。暗示の内容は…自分を好きになるとか、そこら辺かな。馬鹿みたいで気持ち悪い。

 私が自分の予想に顔を歪めていると、隣で考え込んでた梓が口を開いた。視線は前に向けたままで、じゃあもし仮に夜宵の言う匂いが惑わせてるんだとして、と前置きして話しだす。


「それはどうしたら解けるんだと思う?」

「…匂いの元を、絶つ」

「その方法は?」

「追い出す。それか…」


 暗い中、街灯の灯りに反射して梓の目が光る。狂気じみた目。きっと私も同じ目をしてるんだろうな。


「「殺す」」


 まあ最終手段だけどね、と軽く笑い飛ばすところまで、私と梓は同じだった。元々は別々なのに、最初から私たちは二つだったのに、私と梓は殆ど同じだった。私たちはお互いに依存し合って生きてきて、今は月子先輩を共存して生きている。私には梓が必要で、梓には私が必要で、私たちには月子先輩が必要。どっちが欠けても私と梓は生きていけない。今の私たちは半分死んでる。だから最終手段は最後でなくとも構わないんだ。私たちは生きる。生きるために殺すのは、みんな一緒だよ。

 仄かな灯りの下で、ぼんやりと浮かぶ瞳を見つめあう。梓の目には迷いもためらいも戸惑いもない。強い覚悟と私だけが映っている。私もきっと。分かったよ梓、やろう。月子先輩と学園のみんな、大切なものは自分で奪い返すんだ。運命の糸は自分で織るんだ。


「なまえ、覚悟はいい?」

「勿論」

「やろうか」

「やろう」





戦争宣言







ほかっといたら書けなくなったやつです。

140506