「井浦ー」

「なになに?」

「一週間後はバレンタインだね」

「ああ…彼女のいない井浦にとっては地獄の日だよ」


 2月14日。宗教感覚の殆どない日本ではお菓子会社の策略により、好きな子や友達、お世話になってる人にチョコをあげる日と位置付けされている。

 好きな人にあげるものを本命チョコ、それ以外にあげるものを義理チョコ、友達にあげるものを友チョコといい、男なら誰もが本命チョコを期待しているのだが、如何せんそれをもらうにはクリアすべき項目のハードルがやたらと高い。顔が良い、誰かから恋愛感情を持ってして好かれている、彼女がいる、お金持ち、エリート。これらの中で最低ひとつは自分に当てはまらなければ、本命チョコは夢のまた夢だ。

 そして目の前の男・井浦秀は、悲しいかな多分どれにも当てはまらない、所謂義理チョコ止まりの男である。


「果たして今年のバレンタイン、彼は本命チョコをもらえるのだろうか…はたまた、義理チョコすらもらえないのだろうか…」

「ちょっとみょうじさん、全部口に出てますが」

「なに言ってんの井浦、全部口に出してるのよ」

「新手の嫌がらせ!?」


 私の言葉にへこみうらーと机に伏せて落ち込む井浦を見ながら考える。

 正直、井浦はそんなに悪くはない。顔は、まあ普通よりはかっこいいと私は思うし、妹の基子ちゃんがいるからか面倒見がいいし正義感もある。空気は読めないけど優しいし、一人でがやがやしてる反面、家では大人しいのも知ってる。頭も目を瞠るほど悪くなく普通だし、煩いけど性格はいいから友達は多い。なのになんで井浦はモテないんだろう。


「私は井浦、悪くはないと思うんだけどな」

「マジで?じゃあ井浦と付き合おう!」


 ガバッと勢い良く起き上がって告られる。井浦のこの本気だか冗談だかよく分からない告白は、中学の時から何度となく受けてる。彼女ほしー…みょうじさん、井浦どう?あはは、無理。毎度毎度律儀に断るこっちの身にもなってほしい。あらぬ噂は流れるし、男子はからかってくるし。私の青春返せ。そんなことを思ってみても私は未だ恋というものをしたことがないのだから、返されても置場に困る。私の青春はバイトに捧げたよ。禁止されてる?知ったこっちゃない。

 だから恋愛スキルは、短い間だけど彼女のいた井浦の方が高いわけである。井浦のくせに。


「はいはい、それはもーいいから。井浦、そんなだから彼女できないんじゃないの?」







井浦がずっと片思いしてたとか井浦にずっと片思いしてたとかそういう感じにしようと思ってた時期が、私にもありました。
「井浦くんをからかって遊ぶ」とは別物です。

140506