知らない気配を感じて目を開けた。 「……」 そこには見知らぬ男子がざっと…七人ばかり。しかも人の寝所で堂々と寝ている。格好を見れば、一人を除いてみな武士であった。除いた一人とて、忍の格好をしている。 戦人(いくさびと)が我が屋敷に、何用があって参ったか… 男達の真ん中で、形の良い眉を顰め、彼女――黄(こう)姫は呟いた。すると、忍の格好をした橙の男がその呟きに気付き、素早く体を起こし黄姫の首に苦無を押し当てた。 「アンタ…何者?」 「…そなたこそ何者じゃ、忍よ。ここは我が屋敷。妾の許可なく寝所に入ってきてあまつさえ眠りこけているなど…無礼にも程があろう」 「…アンタが連れて来たんじゃないの?」 「何を世迷言を…妾がなぜそなた等を連れて来なくてはならぬのじゃ」 そもそも連れて来たのならその時点で牢に容れて置くじゃろうに、何ゆえ自分の寝所へ連れて来るか。第一妾にそなた等を運べる程の力があると思うたか? ゆっくりと、だが反論の隙を与えぬ口調で言葉を紡いでゆく黄姫。一方橙の忍といえば、今更ながら黄姫の姫たる格好に気付き、忍であるにも関わらず目に見えて顔を青くさせていた。 戦場では暗躍しており名を馳せてはいるものの、身分自体は高いものではない。そんな自分が、町娘ならまだ兎も角、こんな高価そうな上質の着物を着た女性を脅し、果てには殺そうとしていた、なんて。味方は勿論敵であろうと、身分の高い者には敬意を払うのが礼儀というものであろう。我を忘れてそんな常識さえも忘れるなんて。 橙の忍の頭の中は、明日の朝日を拝めるかどうかという問題にまで達していた。 しかし肝心の黄姫といえば、橙の忍の非礼無礼などはきれいさっぱり忘れたのか、未だ眠っている六人の男子を起こすべくしていた。だがなかなか起きず、黄姫は本当に武士なのだろうか、と疑問に思ってしまうのだった。というのも、本当に彼らが起きる気配というものを見せないからである。…まるで何か盛られでもしたかのように。 「…そち、名は何と申す」 「……へ?あ、はい。猿飛佐助と申します」 「佐助、じゃの。佐助、そなたの主はこの中におるかえ」 「はっ。あちらにおります、赤い鎧をお召しになった方が自分の主にございます」 「ほう…主の名は何と申す」 「真田源二郎幸村と申します」 「…ではまず手始めに、幸村を起こそうかの。佐助、何か良い案はあるかのう」 自分の非礼も咎めずに軽くそう聞く黄姫に違和感を覚えつつも、自分の主を起こすべく、佐助は思案した。結果、好物の甘味で起こすのが一番ではないか、という結論に達した。早朝、何をしても起きぬ主によく使う手である。ちなみに九割九分九里の確率で起きる。 「主の好物、甘味を使って起こすのが一番かと」 「…甘味、とな。どれ、」 そこに団子が… そうポツリと赤い武士の耳元で呟くと、赤い武士は想像以上に良い反応を見せて目覚めた。 「団子、団子、某の団子ぉぉぉぉぉぉ!」 『敵襲か!?』 赤い武士の声に、弾かれたように起き上がる多彩な武士達。みな一様に、臨戦態勢をとっている。 「…ほんに良き反応じゃのう」 「……誰だ、テメェ」 「ほう、威勢のよい…人にものを聞く時はまず自分からと習わなかったのかえ?……まぁよいじゃろ。妾は黄姫、鈴。この屋敷とここら一帯の土地の主じゃよ」 して、そなた等、名は何と申す。 有無を言わせぬ強く柔らかな口調に一瞬の射抜くような瞳。彼らはまたしても武士であるにも関わらず、この少女に反応することができなかった。 「…奥州筆頭、伊達政宗」 「政宗様!」 「ほう、政宗とな。して政宗、そなた、何用で我が屋敷に参った」 「…黄姫といったか。姫が連れて来たんじゃねぇのか」 「あのさ、竜の旦那。俺様旦那達が起きる前にちょっと黄姫様と話をしたんだけど…どうも俺達、姫様が起きたらここにいたらしいよ?」 「佐助、それは真のことか?」 「うん、多分ね。だから」 「テメェ猿、そんなことホイホイ信じて良いのかよ」 「別に俺様だって鵜呑みにしてるわけじゃ「破廉恥でござるぅぅぅぅぅぅぅ!」…旦那」 「けんかか?けんか祭りか!?」 「五月蠅いぞ風来坊」 「つーかここは何処なんだ?」 …これだけの人数の男が一斉に多様に喋り出せば、それはそれは非常に………耳障りなものである。いくら温和で気が長く心優しい黄姫といえど、今回ばかりは寝起き後間もなくということも手伝って、多少苛ついていた。それでも多少、だが。 「静かにせい!」 『!』 「武器を下ろすのじゃ。言うたであろう、ここは妾の土地。……手荒な真似はしとうない。できれば客人として迎えたいのじゃがのう」 黄姫がそう言い放った途端に感じる、幾多の殺気。それはとても鋭利で研ぎ澄まされたもので…皮膚が切り刻まれる、そんな感覚すら覚えた。 これは…忍の殺気。それも暗殺などにかなり長けた、百戦錬磨の忍のものだ。正直なところ、自分では勝てないだろう。武器を下ろしながら佐助は、頭の片隅でそう考えた。 「…全員武器を下ろしたの。大丈夫じゃ、危害を加えられぬ内はこちらも手を出す気はない。…現状を把握したい。佐助と政宗以外の者の名を教えて貰いたいのじゃが」 また、有無を言わせぬ強い口調。目の前の齢十二程の少女に、なぜこんなにも強い覇気があるのか。それを欲する武士等は、不思議でならなかった。 「まずそちからじゃ。茶の武士よ、名は何と申す」 「………」 「小十郎。相手はprincessだ」 「…はっ。片倉小十郎と申します」 「……片倉。成島の八幡宮の片倉家かの」 「はい、そうでございます」 「ふむ、そうか…じゃがにおいがちぃと違うとるの。まぁ、この世のモノとは違うからかの」 「…違う、とは」 「それは後で、じゃ。ほれ、次はそこの黄の武士、名は何と申す」 「俺か?俺は前田慶次。姫は恋してる?」 「ちょ、風来坊!?姫様相手に何聞いてんの!?」 「…恋、か。久しくしとらんのう。なんじゃ、慶次は恋が好きなのかえ?」 え、そこ答えるんだ。 佐助の疲労感が一溜まった。 「さて、次は緑の武士よ、名は何と申す」 「…その方は何者だ」 「先程言うたであろうに」 「分かったのはその方の身分だけ…その方は何処の姫か、此処は何処か…明かせよ」 「…ふむ、公平ではなかったかの。よし、妾のことを少し話そうかのう」 「さて、どこから話したものか…この国は妾のものでの。土地は一続きの大陸じゃ。ここには妾以外の権力者はおらぬ」 「日の本を統一した感じか」 「ふむ、日の本とな。そなた等の国かえ」 「まぁ、そんなとこだな」 「そうじゃ、そちは名は何と申す」 「俺ァ長曽我部元親だ」 「元親、な。覚えたぞ。…えーと、話を戻そうかの。妾の仕事は神の頼みをきいたりすることでの。神託、とはちぃと違うが…まぁその類いのものと思うてもらって構わぬ」 「…神の頼みをきく?具体的にはどのようなものなのだ」 「そうじゃのう…口では説明し難いものぞ。……実はの、妾はそなた等が此処に来たこと、また何処かの神からの頼み事ではないかと思うとるのじゃ」 「…例えば」 「ふむ、それが分かれば苦労はせんじゃろ。ここは一つ、神を呼ぶかの」 「そんなとこ、できるのかい?」 「侮るでないぞ、慶次。妾を誰ぞと心得る。最高位の神子、黄姫ぞ。…小十郎、近うに参れ。そちの気を使うてそなた等の神を呼ぶ」 「はっ」 「…黄姫の名に於いて命ず。悩める神よ、救いを求め今ここに来たれ。我が名に於いて命ず。……召還!」 辺りが光に包まれる。眩しくて、目を開けていられなくなる程の光…その光の中には、神……いや、一人の男がいた。 「やあ、鈴ちゃん。三日振り」 「…なんじゃ、そちか。何の嫌がらせじゃ、こんなに沢山送って来るなぞ…」 「あー、あのね、三日前こっち来た時、頼んだじゃん?力ちょうだい、って」 「そっちで暴れとる、魔王だかを封じる力、じゃったかの」 「そう、それ。で、でもなんか予想外に魔王強くてさ。鈴ちゃんから貰ったのだけじゃ足りなくて、今封じて時間止めてあるんだけどね」 「ふむ、あれでも足らなんだか」 「うん。でね、ちょうどそこにいた彼ら、魔王に対抗するために同盟組んでたんだ。ね?」 「うむ、その通りでござる。流石神殿。良くご存じでおられる」 「ほら、そこは一応神様だから。で、まぁちょっと考えて、彼らに止めてもらおっかなーって思って。でもこのままの力じゃ勝てない。だからそこで鈴ちゃんの出番!」 「…指を指すでない。具体的に、妾は何をすれば良いのじゃ」 「んーっとね。彼ら、ちっちゃくして、育てて」 『………は?』 「…なんと?」 「だから、ちっちゃくして育ててって。ほら、君んとこあの忍衆とか四神獣とかいるでしょ?一から鍛え直してよ」 「…費用はそなた持ちであろうな」 「んー、経費で落ちるんじゃない?後で神様協会に掛け合ってみるよ」 「………よし、あい分かった!黄姫の名に掛けて、そなたの願い、叶えてしんぜよう!」 え、ちょ、なにこの疎外感。俺様達当事者じゃないの? (そうと決まったら早く名前を教えるのじゃよ。そち等が元服した時に名を付けられんじゃろうて) (…毛利元就だ。……記憶を無くす気か) (そうじゃの、記憶を残しておくのは疲れるのじゃよ。そち等の肉体と記憶を幼くする…といったところかの。赤の武士、そちは名は何と申す) (某は真田幸村と申す!) (では幸村、そち齢は幾つじゃ) (十七にございまする) (ふむ、では政宗、そちは幾つじゃ) (十九だな。どうかしたか?) (いや、な。ではその目の傷は幾つの時に負ったのじゃ) (…五つ、だったか。疱瘡に罹ったんだ) (そうじゃったか。なら、そちと幸村は三つにしようかの。慶次と元親、元就は五つ、佐助は、そうじゃのう…十でどうじゃ) (あーいいんじゃない?あ、彼に関しては忍の記憶とかちょい操作して欲しいんだけど) (え、俺様なんかされるの?) (いやいや、ほら、君って感情隠すじゃない?忍だから) (まぁ、忍だからね) (それ、僕はあんまし好きじゃないんだよね。ほら、僕の民なんだから、みんなに笑っていて欲しいじゃない) (……はぁ、なるほどの。あい分かった。じゃあ感情云々の操作をしとけばいいんじゃな) (うん、お願いね) (ふぅ、我儘じゃのう……さて、最後は小十郎、そちじゃが) (はっ) (そちの記憶はそのままにして置こうかと思うとる) (はっ。………はい?) (視たところ、幸村とそち以外はみな腹に一物、大きいのを抱えておるようじゃて。じゃきに、ついでにそれも取り除こうかと思うてな。そちにはその手伝いをしてもらおうと思うとる。…よいかの) (はっ) (での、妾がそなた等を育てるのは十五年間じゃ。十五年経ったら今の状態に戻る様呪いをかける。体も記憶も今の通りに戻る。違うとるのは妾と過ごした十五年間の記憶もあるということじゃの。……理解はできたかの) (まぁ、十五年くらいなら僕も止められると思うし、皆も頑張ってね〜) (では、ゆくぞ。心の準備をせい。大丈夫じゃ、痛くはない。安心して縮むのじゃよ。……ああ、小十郎。ちなみにそなたの齢は十五じゃ) それでは、いってらっしゃいませ。 「……起きぬの」 「…そうでございますね」 「時に小十郎」 「何でしょうか、黄姫様」 「妾のこの姿と言葉遣いは、母親にはちぃと適しておらぬかの」 「……そう、ですね。多少無理がおありかと」 「ふむ、やはりの。では少々姿を変えるかいの……と」 ぼふん 「どうです?小十郎」 「宜しいのではないでしょうか」 「そうですわね、このくらいが宜しくて。……時に小十郎」 「何でしょうか」 「その言葉遣いをやめなさいな。曲がりなりにも私は貴方の母親となるのですから」 「はぁ…善処します」 「宜しい。そうだわ、小十郎。梵の事を様付けで呼んではなりませんよ」 「………善処します」 「あら、子供達が起きてきたみたい」 「む…ははうえ、もうあさでござるか?」 「弁、今はお昼よ。もうすぐ鍛練の時間ですからね」 「たん、れん…それがし、いたいのはいやでござるよ…」 「そうね、母様も痛いのは嫌だわ……でもね、弁丸。鍛練して強くならねば、大切なものを護ることはできませんよ」 「たいせつなもの…」 「ええ。なんでもかまいませんよ。大切なもの。護り抜かなくてはならないもの。力がなく、それを失ってしまった時…体よりも痛いのは心です。鍛練は、心を強くするためでもあるのですよ」 「ははうえ…それがしはまちがっておりました!しっかりしょうじんしてまいりまする!」 だだだだだ 「あらあら、弁丸は…」 「…母上、宜しいか」 「なんです、小十郎」 「記憶の改竄を行なったのですか」 「ええ。子供というものは良いですね。…時に小十郎」 「…何です?」 「子供達には記憶の操作をしましたが、貴方にはしていません。ですので、これを渡しておきます。屋敷の見取り図です」 「ああ…すまないな」 「さて、後の子も起こしますよ」 本日は晴天なり 「皆、お茶にしますよ」 「ははうえ、きょうのかんみはなんでござるか!?」 「団子ですよ。弁、好きでしょう?」 「はい!」 「さ、手を洗っていらっしゃいな。……ああ、咲丸、ちょっとこちらへ」 「? なに?お方様」 「丁(ひのと)が話があると。お前ももう十。直々に稽古をつけてくださるそうです」 「丁様が!?……でも、いいの?丁様はお方様の忍しゅうでしょ?」 「…咲丸」 「はい」 「丁も私も、お前に期待しています。お前がもっと力を伸ばしたいというのなら、手助けしない手はないでしょう」 「……ありがとうございます、母様!」 「はい。さぁ、お前も手を洗っていらっしゃいな」 「うん、行ってくる!」 「…本当に、日常の一部みたいなんだな」 「そうでしょう?私の力の凄さ、分かりまして?」 「ああ、痛感した。俺はアイツらの兄という立場、か?」 「そうなるわね。…そうだわ、小十郎。丁というのは私の忍で、私の忍衆の頭なのよ。また改めて説明するわね」 「ああ、頼む」 「ははうえぇーだんごぉー!」 「弁丸。そんなに慌てなくても団子は逃げませんよ。落ち着きなさい……これ、まだみんな揃っていないでしょうに」 「おかあさん、だいじょうぶだよ。松寿丸とぼくたちのぶんはもうとったから……弁丸、たべてもいいよ?」 「まことにござりますか、やさぶろうにいさま!」 「うん。おちついてたべるんだよ?のどにつまらせないように、ゆっくり、ね」 「しょうちしたでござらぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「あらあら全く、弁ったら……弥三郎、一本くれるかしら」 「はい、おかあさん。こじゅにいさんも、どうぞ」 「ああ、すまないな」 「有り難うね、弥三郎。……それにしても、咲丸達は遅いわね。何かありましたか?」 「あ…うん。咲丸にいさんは丁さんによばれて、すこしおはなししてるよ。松寿丸と十兵衛はかわやにいってて、梵はなんばんごのせんせいがきたからって。たぶんみんな、もうもどってくるとおもうけど…」 「そう、それなら良いのですが。…そういえば弥三郎。鍛練は終わったのですから、眼帯を取りなさいな」 「あ……はい、おかあさん」 「!!」 「…いつ見ても、綺麗な色ですね。貴方は隠したがりますが…勿体のないことです」 「でも、みんな…気持ち悪いって……」 「みんなとは、下々の者でしょう。ここには貴方のことを気持ち悪がる者なぞおりはしません」 「ああ…お前の瞳は母上の持っている宝石によく似ていて…綺麗だ」 「ああ、あの石ですか。まだ弥三郎は見たことはありませんね」 「うん」 「ではあの石は弥三郎にあげることといたしましょう。お守り代わりになさいな」 「はい!あ、でも…」 「どうしました?」 「そうやってきれいなものとかもってたら、また姫若子ってからかわれちゃう…」 「そんな、」 「そんなやつらは我がけちらしてくれよう!弥三郎をいじめるやつらなど、いなくなればよいのだ」 「あら、松寿丸。お帰りなさい」 「いまもどりました、母上。それにしても弥三郎はよわっちくてこまるな…おまえはもう少し、自分に自信をもて」 「う…うん…」 「まったく………弁丸!それは我の団子ぞ!」 「ぬ、しょうじゅまるにいさま!もどっておいででしたか!」 「もどっておいででしたかではない!それは我の団子ぞ、弁丸はもう自分の分はくうたであろうが」 「…いっぽんだけくださらぬか」 「………一本だけぞ」 「ありがとうございます、しょうじゅまるにいさま!」 「まったく、弁丸はしかたがないやつだ…。ほら弥三郎、おまえももう一本くえ!我の団子だがしかたがない、わけてやろうぞ」 「ありがと、松寿丸!」 「あらあら…ふふ、子供というのは無邪気でいいわね」 「…あの、母上」 「ああ小十郎。貴方にも少し記憶に操作を加えましてよ。不便だったでしょう?」 「ああなるほど、それで…」 「そういえば松寿丸、十兵衛はどうしました?」 「ああ、あやつならかすが姉様をむかえにいきましたぞ。たしか今日もどってくるよていだったでしょう。見はりばんのものがかすが姉様がのったみこしらしきものが見えたといっていたのを、帰りにききまして」 「あら、そうでしたか。かすがが……でしたら松寿丸、その団子は…」 「わかっております。姉様のぶんは我の団子からだしておきまするゆえ。……五本しかたべれぬ…」 「ふふ、今度からもう少し多めに作りますか」 「そうしていただけるとうれしゅうございまする!」 「…あの、母上」 「ああ小十郎……そういうことみたいですね。あの男、今度会ったら捻り潰しましょうか」 「母上、ご乱心召されるな」 「いいえ、私、子供は女児がほしかったのですわ。ですからおおいによろしくてよ」 「…そうですか。ならよいのですが」 「お方様ー。かすがが戻って来たよー」 「母上、かすが姉様がもどってきました!」 「ひさしぶりだな、かすが姉ちゃん!」 「ああ、久しぶりだ…お母様、ただ今戻ってまいりました」 「ええかすが、お帰りなさい。どうでした?修行の方は」 「はい、かすがはまた一歩しょうじんしてまいりました!」 「そうですか。よく頑張りましたね。…ほら、手を洗っていらっしゃいな。母様手製の団子が待っていますよ」 「はい!あ、こじゅ兄様、松寿丸、弁、ただ今戻りました」 「ああ、お帰り、かすが」 「うむ、我の団子をわけてやるからな、姉様」 「それがしはずっとこころまちにしておりましたぞ!さああねうえ、はやくおてをあらいになってたびのはなしをきかせてください!」 「ああ、弁。少し待っていてくれ」 「…母上」 「なんです小十郎」 「……いや、普通に凄いな」 「あら、ありがとう」 「ははうえ、こじゅにいとばっかしゃべってないでおれともおしゃべりしましょう!」 「あら、梵。南蛮語の先生はもうお帰りになられたの?」 「はい。きょうは、あしたはようじがあるからこれないというのをつたえにきてくれたみたいです」 「あら、そうなの…では明日はその時間、母様に南蛮語を聞かせてくださる?」 「はい!おれのじょうたつぶりをははうえにみせとうございます!」 「あらあら、それは楽しみね…さ、梵、貴方も団子を召し上がりなさいな。ちゃんと手は洗ってきましたか?」 「Yes!That all right!」 「うふふ、では召し上がれ」 「はい!」 「母ちゃん、おれさー、ふしぎにおもってることがあんだけど」 「あら十兵衛。なあに?」 「おれたちって、父ちゃんはいねぇの?」 「ああ、そういうことは………こじゅ兄ちゃんに聞きなさいな」 「え、ちょ母上!丸投げ…!?」 「なあこじゅ兄ちゃんーなんでー」 「う、うむ、俺たちの父上はだな…」 「うんうん」 「実は…「はろー。元気してる〜?」……この方だ」 「え、何この展開」 「あんたがおれたちの父ちゃんなのか?」 「え、ちょ鈴ちゃん、なに、なんなの!?てか君鈴ちゃん!?」 「ほら貴方たち、父様がお仕事からお帰りになりましてよ。十兵衛や弁丸たちはもう覚えてないかしら?最後に会ったのは…まだ弁と梵が生まれてすぐのことだったものね、小十郎」 「え、あ、はい母上」 「咲丸とかすがは覚えているわね?」 「うん、俺様は覚えてるよー」 「かすがも覚えています」 「あ、は…と、父さんですよー…」 「へー、父ちゃんってけっこうかっけーんだな!母ちゃんがびじんだからおれたちもきれいにうまれたのかとおもってたけど、父ちゃんもかっこよかったからなんだな!」 「え、僕いきなり褒められちゃった」 「(よいであろう、広い意味でいえばこの子らは皆そなたの子よ)」 「(まあ、広い意味でいえばね…でもいきなり吃驚するじゃないか)」 「(仕方がなかろう、話に乗れい)」 「ははうえ、どうかめされたか?」 「いいえ、弁丸。さ、貴方たちもう団子は食べたでしょう?なら父様に遊んでもらいなさいな。明日になったらまたお仕事に行かなくてはならないようだけれど、今日はかすがも帰ってくるからと帰ってきてくださったのよ」 「わかりもうした!ちちうえ、それがしたちとおにごとであそびましょうぞ!もちろんおにはちちうえでござらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「ほら父上、行ってらっしゃいな」 「…ははは…逝ってきます…」 本日も晴天なり 「………暑い、な」 「…小十郎?どうかいたしまして?」 「…いえ、…今日は嫌な暑さだな、と」 「嫌な暑さ…?」 「…あの方が疱瘡に罹ったのも…こんな風に茹だる様な暑い夏の日のことでした」 「そう…ではもうすぐ、かしらね……小十郎、梵の眼帯の下は…どうしました?」 「…俺が、抜きました」 「感染症に罹りやすくなるということは」 「承知の上でした」 「…もう一度、同じことをしていただかなくてはならないかもしれません」 「………」 「私は、梵の目を治す気も疱瘡を未然に防ぐ気もありません。何故だかは分かりますね、小十郎」 「…はい」 「ですが梵天丸が、政宗が心に抱えているものがどういうものかは、多少なりと知っています。ですから…そんな思いはさせません」 「……そう、ですね」 「それに、どうせ戻ったら今の記憶も併せ持つことになるのですから、それならばとことんやりたい放題してもよいとは思いませんこと?」 「はは…母上には敵いませんね」 「当たり前です。貴方の何倍生きているとお思いですか」 「降参ですよ。…あの人は、貴女にお任せします。今は貴女が梵天丸の母親ですから」 「あら、貴方の母親でもあってよ?」 「ええ…そうでございますね」 「はい。さ、では行きましょうか。もしかしたら早くて今日かもしれませんからね。ああ小十郎、そうなったら子供たちの修行は貴方が見ること。よろしいですね?」 「……はい」 「…今少しガッカリしたでしょう」 「…いえ…はい」 「まったく、梵には母親の愛が必要だと言ったのは貴方でしょう?」 「面目ない…」 「…よろしい、ならば疱瘡に罹った時の梵のご飯の世話は貴方がなさい」 「え…よろしいのですか?」 「嫌なのですか?」 「いえ、滅相もございません!その…有り難く存じます」 「…相変わらず固いですね、貴方は。もう二年になるというのだから、少しは砕けなさいな」 「…はい!」 突然来るから予期せぬ事態 「弁、梵、勉学のお時間ですよ。いらっしゃいな」 「はい、母上!梵、いこう!」 「ああ…っ、」 どさ、 「!!」 「梵!しっかりしろ!」 「あ…さ、咲丸、かすが!」 「はい」 「ここにおります」 「咲丸、小十郎を呼んでいらっしゃい!かすが、左から三番目の棚の上から四段目の真ん中の引き出しの薬草を持ってきて!」 「分かりました、お方様!」 「はい、第二薬庫ですか?」 「ええ、そうよ、二人ともよろしくね」 「はい!」 「承知しました!」 「弁丸、貴方は勉学の先生の元にお行きなさい」 「でも梵が!」 「弁丸。梵天丸のことを真に心配するならば、貴方が今しなくてはならないことが分かりますね。…梵天丸は母様が助けます。弁丸は今は勉学に励み、梵天丸が元気になったその時に、梵天丸に教えてやるくらいの気持ちでいなくてはなりませんよ」 「…しょうちいたした!それがし、梵天丸のぶんまでしょうじんしてまいります!」 「ええ、頑張ってね、弁」 「はい、ははうえ!」 「母上!」 「小十郎!」 「母上、梵天丸は…!」 「急に倒れたの…今かすがに薬を持ってこさせているところよ。小十郎、お部屋を用意しておいてちょうだいな」 「はっ、畏まりました」 「咲丸、このことを十兵衛たちに伝えてきて。ですが連れてきてはなりませんよ。感染するかもしれません」 「分かりました」 「それが終わったら貴方はそのまま十兵衛たちについていてあげてくださいね」 「はい」 「母様、すって持ってまいりました!白湯もどうぞ」 「ありがとう、かすが…梵天丸、お飲みなさいな」 「ん…」 「ゆっくりで構いませんよ……」 「母様、かすがは小十郎兄様を手伝ってまいります」 「ええ……いえ、貴女は壬(みずのえ)を呼んできて、小十郎の用意した部屋に通してね。今は密偵の任務中だから…少し大変かもしれないけれど、よろしく頼むわ」 「承知いたしました!」 「これでいいわ……梵天丸、梵天丸…熱が高いわね…」 「母上!用意が整いました!」 「すぐに運ぶわ」 「母上、俺が運びます!」 「いけません。貴方にも罹ったらどうするつもりですか!」 「……はい」 俺は、俺たちはどうして、忍なんだろう。 家督は継げないと思ってた。俺が生まれた時にはもう既に小十郎兄さんという兄がいたし、兄さんはよく出来た人だから、俺は別に兄さんをどうこうして次期当主になろうとかは全く考えちゃいなかった。むしろ俺にはそういうのは合わないし、兄さんの手となり足となり働く方が性にあってると思った。だから俺は取り敢えず、武士になるんだろうなーと思ってた。 なんでか、忍になった。それは双子の妹のかすがも同じで、まあかすがは元々壬様に憧れてたからいいとして、なんで、っていう単純な思いが俺たちをめぐった。だって、世間的にそんなことってないじゃん。 で、まあ仕様がないから忍になって、呼び方も母様からお方様、にしてみた。俺様、型から入る派だしね。お方様、そう呼ぶとお方様は少し寂しそうな顔をしたけど、そのあとすぐに微笑んで、立派な忍になりなさい、とそう俺に言った。どうして俺は忍にならなくちゃいけないのか分からなかったけど、別に嫌だとは思わなかった。お方様のすることはいつも考えがあってのことだから。お方様はすごく頭のいい人だから。だからきっと、俺たちが忍になることだって、なにかあるんだ。 これは多分リアル厨二の時に書いたやつです。恥ずかしい!幼児化とか逆トリとか神様とか、その手のやつが流行った時に書いたんでしょうね。 夢主デフォ名の黄(こう)っていうのは、真ん中とかそういう意味でつけたんだと思います多分。 140506 |