“その日”の夜は、確かにいつもとは違う感じがしていた。久しぶりに蔵の掃除をしたからかも知れない。居間に置いてあるご先祖様の兜や甲冑を磨いたからかも知れない。いずれにせよ、慣れないことはするものじゃないわ。そう自分に言って、眠りについた。


 朝目が覚めると、なにか違和感を感じた。人の気配。私以外いないはずなのに、5…7人、気配を感じる。泥棒…にしては人数が多い気がするけど、なにせこの家にはお宝がたくさんある。泥棒だとしてもおかしくはない。ベッドの横に立て掛けてある護身用の薙刀を持って、そっと部屋を出た。

 部屋を出ると、その気配が客間にあることが分かった。動いてはいない。罠かも知れないけれど、行ってみなければ分からないし、並みの人間にやられるつもりはない。ひとつ深呼吸をして、客間への廊下を進んだ。

 …客間の前に着いてしまった。依然気配が動く様子はない。不気味だ…少しくらい動いてもいいだろうに、中の人は一体何をしているのだろう…そうは思ってもやはり中を確かめなくては。自分の思い過しならいいが、これだけ気配を感じるのだから、それはまずないだろう。なら中に何かがいる。意を決して、客間の襖を開けた。


「…誰?」


 寝ていた。客間では大の男が7人、雑魚寝していた。全員武装をしていて、なんとも時代錯誤だが…そこは余り気にならなかった。それよりも、武装しているわりに見ず知らずの人間の家で雑魚寝なんて、危機感はないのかしら、と思った。

 それでもこのままにしておくのはまずいと思って、とりあえず起こすことを試みようとする。へたな起こし方をすれば襲い掛かってくるかも知れない…武器は持っていないようだけど、1人忍装束の人がいるから油断はできない。なにか隠し持っているかも知れない。誰から起こす…?ここは慎重にいきたい。

 少し考えた結果、忍を起こすことにした。彼らが戦国時代かそのあたりからやってきたのだとして、ならばこの忍には彼らの中かそれ以外にでも雇い主がいるということだから、その人に話を聞けたらいい。それに本物だとしたらこの中で一番身分が低いのは忍だろうし、なら身分は私のほうが上だもの。

 自分なりにこの状況を解釈して、忍に近づいた。もちろん警戒は解かずに、薙刀はすぐに握れるよう傍に置いた。起こすためにそっと触れてみる。私ならこれで起きるけれど…起きない。おかしい。さらに揺すってみる、起きない。声もかけてみよう。


「もし、忍の方…お起きになってください」

「…ん、んぅ」

「もし、お起きになってください」


 反応があったので語調を強めると、忍は目を開いた。まだ覚醒していない様で、とろんとした瞳をこちらに向けてきた。


「おはようございます。お名前を伺っても?」


 忍は声をかけるとはっとしたように立ち上がって、こちらを睨み付けてきた。なんとまぁ恩知らずな、でもこれが普通の反応かしら。だとしたらやはり、過去からいらしたと考えていいのかも知れないわ。


「あんた、誰」

「…勝手に人の敷居を跨いでおいてその言い草は無礼だとは思いませぬか、忍の方」


 薙刀を持って、私もゆらりと立ち上がる。見下ろされるのは嫌いだ。


「あんたが連れてきたわけ?」

「誰がそのようなことを…貴方たちのような男子を私が運べるとでも?第一理由がありませぬ」


 そう言うと忍は辺りをぐるりと見回して、驚いたように目を見開いた。


「竜の旦那に鬼の旦那…あんなに離れているのにどうしてここに…」


 竜、は独眼竜の伊達政宗公だろうか。三日月兜を被っている。鬼、は西海の鬼と謳われた長曾我部元親公のことか。それならば奥州と四国、辻褄は合う。しかし…その時代なら、ご先祖様はもういらっしゃらないか…


「ここは私の家で、朝起きたら貴方たちがいた。状況がよく掴めていないのは私も同じです。一先ず皆様を起こしませぬか?」

「………分かったよ」


 まだ戸惑ったような表情で、しかし納得はしてくれた。よかった、第一関門は突破だろう。


「誰から起こしましょう?」

「…なるべく、騒がないような…右目の旦那を起こそうかな。ああ、暴れたら大変だし、俺様が起こすよ」

「そうですか。ならお願い致します」


 そう言って忍は茶色の武士を起こす。右目、と言っていたが…政宗公の家臣の片倉小十郎公と考えるのがいいだろうか。この中では一番大人だ。


「旦那、右目の旦那起きて」

「…猿。てめぇ奥州に何の用だ」

「残念、ここは奥州じゃないよ。かといって甲斐でもない、多分ね」


 猿。猿飛佐助か。伝説と言われているけれど…実在したとは。ならばあちらの赤い鎧は真田昌幸公だろう。俯せだから六文銭は見えないけれど…というかあの格好は苦しくはないのだろうか。


「なるほどわけは全く分からねぇが、相互理解が必要か」

「そういうこと。じゃあ俺様は真田の旦那起こすから、旦那は竜の旦那起こしてよ」

「ああ…仕方ねぇな」


 やはり赤の武士は真田昌幸公で間違いなさそうだな。

 …それにしても、残る2人の内の1人が着ている鎧に兜…居間にあるものと酷似している気がするのだが。代々受け継がれるものだが、次の代でも同じ物を使うというものではない。ならばあそこにおられるのは、まさか…そうなの、だろうか…


「毛利の旦那、起きてー」

「前田、長曾我部も起きろ」


 毛利、ああ同じ姓だ…いやでも、時代が噛み合わない。あの方が元就様だとしたら、時代が噛み合わない。だって元就様は、あの人たちの時代より少し前の人だもの…


「全員、起こしたけど」

「はい。では何から始めるのがよいでしょうか…ああ、私は毛利。毛利なまえと申します」


 些か遅めの自己紹介をすると、全員の視線が私から緑色のご先祖様(仮)に移った。ご先祖様(仮)は眉間の皺を深くして片眉を釣り上げた。


「毛利…だと」

「はい、毛利元就様を先祖に持つ、由緒正しき家にございます。貴方様は」

「…我は日輪の申し子、毛利元就ぞ」





叶うはずのなかった邂逅








「どういうことなの、毛利の旦那。先祖って、あんたのとこに間違いないわけ?」

「我は知らぬ。小娘、我の名を語る不届き者なら容赦はせぬが」


 再び視線が私に集まる。先程よりも張り詰めた、確かな殺気。これは本物、やはり武人だ。
背筋を伸ばして居住まいを正す。名に恥じぬよう。間違えてはいけない。静かに息を吸った。


「私は毛利家現当主、毛利なまえ。面妖なことゆえ俄かには信じられぬやも知れませぬが、ここは貴方たちの時代から約4、500年ほど後の世界。つまり…未来にございまする」


 皆、驚き声が出ないようだった。無理もない、過去に行くのとはわけが違う。未来とは、本当に未知なものだ。伝承も言い伝えも何もない。


「それは、真にござるか」

「ちょっと旦那!喋っちゃ駄目だって!」

「だがしかし佐助、それでは何も始まらぬぞ」


 赤の武士、私の考察では真田昌幸公。…いや待て、猿飛佐助は真田幸村公に仕えた忍。しかしあの赤の武士が幸村公だとすれば、また時代が……止そう、もう細かな時代を考えるのは止そう。


「真田が言うことも最もだ。俺は伊達政宗。毛利の子孫、どうしてそうだと?」

「政宗様!」

「小十郎は黙ってな。何も始まらねぇ、そうだろう?」


 こちらは伊達政宗公と片倉小十郎公で確定できるだろう。寝ているときは見えなかったけれど、確かに右目が眼帯だ。


「貴方の身体的特徴と、その忍の方と茶の武士の方たちの口振りから。戦国時代、竜といえば独眼竜の伊達政宗公の他にはおりますまい」

「女、政宗様を知っているのか」

「政宗公だけではありませぬ。貴方は片倉小十郎公、忍の方は猿飛佐助殿、赤の武人は…真田、昌幸公か幸村公か、どちらかとお見受けいたしますが」


 時代から言えば昌幸公。猿飛佐助が仕えたのは幸村公。写真でも残っていれば分かるかもしれないが、そのような技術はまだなかったし…もう、私には分からない。元就様がいらっしゃるから、尚更混乱してしまった。


「某は真田源次郎幸村と申す」

「旦那!」

「真田、幸村公…でしたか。では、そちらが長曾我部元親公、そちらの髪の長い方が前田…慶次公、でしょうか」


 先ほど小十郎公が言っていた前田、というのは、慶次公のことだと思う。利家公と迷ったけれど、あの恰好は傾奇者として有名な慶次公の方があっている。二人が頷くのを確認して、息をついた。


「…して、娘。我の子孫だという話は真か」

「はい。信用できぬようでしたら、居間にご案内いたしましょう。元就様のお召しになっていた鎧兜一式が飾られております」


 まだ疑ったような視線を向ける元就様に告げる。昨日磨いておいてよかった。
すっと立ち上がると、薙刀をその場に立て掛けて襖を引く。即座に立ち上がる元就様とは対照的に、他の方々は戸惑っているようだった。


「はよ来ぬか。我の鎧が本当にあるというなら、娘は真に我の子孫やも知れぬし、ここが娘の言う通り未来の世やも知れぬ」

「…まあ、元就の言う通りか。俺は行くぜ。あんたらは?」

「あ、俺も行くよ。ここにいても仕様がないしね」

「某も行くでござるよ!未来にまで伝わる毛利殿の兜、興味がありまする」

「旦那が行くなら俺様ももちろんついて行くよ」

「俺も行く、ついてこい小十郎」

「は、承知いたしました」


 なんだかんだで皆ついてくるようで…これが私の言った事を信じてくれるきっかけになればいい。帰る方法がないのなら、こんな未知の世界に放り出すわけにはいかないし、皆が頼ってくれるというなら、私は全力で助けたい。皆元就様に仇なす方たちだとは分かっているけれど、この泰平の世になってしまえばそんなことは関係のないことだろう。


「では、案内いたします。……その前に、履物を脱いでいただいてもよろしいでしょうか…」

「え?」

「うわ、本当だ」

「わりぃ!」


 私も、立ち上がった皆を上から下まで見てやっと気付いた。畳はなるべく汚さないでほしかった……仕方のないことか、皆にしてみれば気づいたらここにいた、のだろう、恐らくは。それなら…でも畳は、ああ…後で掃除しよう…


「い、いえ、気が付かなかったのなら仕方ありません。脱いだ履物は…こちらに、置いてください」


 そう言って、私のいた内廊下に出る襖とは真逆に位置する縁側のある外廊下の襖を開けた。庭は広い。ここでお世話することになったら、この庭で鍛錬をしたりするのだろうか。


「あの、毛利…なまえ殿、あちらに見える大きな四角形の建物はなんでござるか?」

 少し考えに耽っていたら、不意に幸村公から話しかけられた。大きな資格の建物…?ああ、あれか。


「なまえ、と、名前で呼んでいただいて構いませぬ。あの建物はビルと言って、外国…南蛮の建築技術を用いて作られた建造物にございます。現在ではお金を払えば誰でも土地を所有することのできる時代です。ただし土地はとても高価なため、ああして上に高く積み上げるのです。土地の上の空間も、その土地の所有者の物ですから」

「なるほどな…じゃああのびる、だったか、それは何をする物なんだ?」

「一般的には、あの中では仕事をしています。仕事の幅は広いので、一概にこれとは言えませんが…中で計算をしたりお金を扱ったり、何かを開発したりしているのだと思いますよ」

「へぇー…」

 とても好奇心が強いと思った。いや、未知の世界なのだから、これが当たり前なのだろうか。私も未来に行ったら、確かに気なることだらけでこのように質問して回るかも知れない。私の住まいはあまり電化製品などを使っていないし、まだ衝撃は少ない方だと思うけれど…一歩外に出れば、皆には本当にわけの分からない世界が広がっているのだろうと思うと、なぜか私がすごく心細くなった。


「どうかした?」

「いえ、ご案内いたしますね」


 飛行機などが通る前に襖を閉めて、内廊下に向かって歩き出す。はあ、少し眩暈がする。


「ねえ、さっきのびるの話だけど、」

「はい。何かありましたか?」

「地価が高いから上に積み上げてくって言っていたけど、ここはあの庭からしてかなり広そうだよね?」


 そのことを聞かれるとは思わなかった。まあ、狭くはない。広い土地だ。何といっても毛利の本家だし、けれどどう説明すれば…?家が大きい理由なんて、私だってよく分からない。

 本当に気になって質問している(風に見える)猿飛さんに誤魔化すというのは、失礼に値するだろう。分かる範囲では答えてみよう。


「え、っと、ですね。この家の土地は、元就様が遺してくださった物なのです。この土地を守っていくことが毛利を継ぐことに繋がると考え、ここに住んでおります」

「でも気配からして、君以外に人がいる気配はないけれど」

「…両親は事故で亡くなりました。兄が一人おりましたが、当主の重責に耐えきれず自害なさったので、今は私一人で毛利を守っています。ああ、居間はこちらです」


 暗い話を切り上げて、居間に案内する。居間は客間よりも大きいので、皆も窮屈することはないだろう。


「あちらが、元就さまの遺した鎧兜一式にございます」

「…毛利」

「……我の物で間違いない」

「じゃあやっぱりここは未来、ってか」





事実の重み








「これで一先ずは、ここが未来の世であると信じていただけたということでよろしいでしょうか」

「…我は信じようぞ。嘘をついているようには見えぬ」

「あ…ありがとうございます、元就様」


 信じるという言葉が嬉しくてお礼を言うと、元就様は顔を顰めた。…何か粗相をしてしまっただろうか。


「その、元就様というのは止めよ。辿れば血は繋がっているし、この世では貴殿が当主であろう、なまえ」

「え…あ、はい、ですがしかし、どのようにお呼びすれば…」

「好きなように呼べ」


 なんと無茶難題を。元就様はそこいらのご先祖様とはわけが違う。言うなれば始祖。毛利が繁栄したのは元就さまのおかげに他ならない。崇める存在であるのに…

 だがしかし、だからといってこのまま元就様と呼び続けることを元就様ご自身は望んではおられない。どうすれば…


「…では、元就さん、とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「…まあ良いだろう」

「ならば、恐れ多くも…そのように呼ばせていただきます。あの、よろしければ皆様も、どのようにお呼びすれば良いか教えていただきたく存じます」


 ご先祖様をさん、という敬称で呼んでいる以上、他の方を崇めて呼ぶことはできない。したくない。できればこの心の葛藤を察知していただきたいのだけれど…


「そうだな、俺のことは政宗で構わねぇ。こいつも小十郎でいいぜ」

「政宗様!?」

「嫌か、小十郎」

「いえ、これは嫌とか良いとかいう問題ではございませぬぞ!」

「気にするな、気軽に呼べよ」


 小十郎公は私よりも明らかに年上で大人だ。そんな人を呼び捨てなんてできない、小十郎さん。

 政宗公は…年はいくつなのだろうか…


「あの、つかぬことをお伺いしますが、政宗公はお年は幾つで…?」

「ああ、俺は19だ。小十郎は29」

「19…というと、私とは同い年ですね」


 もっと大人なのかと思っていた。


「ほう、なら尚更親しく呼べよ」

「ええと、政宗…くん、なら、宜しいでしょうか」

「呼び捨てで構わねぇ」

「いえ、これは譲れませぬ。先人を呼び捨てにするなど、私にはできませぬ」

「ふぅん、ならま、それで許してやるよ」

「ありがとうございます」


 こればっかりは譲れない。先人には敬意を払うのが当たり前だもの。そうでなくともくんなんて、ギリギリの敬意だというのに。


「某は17ですので、なまえ殿のお好きなように呼んでくださって構いませぬ」

「あ、ちなみに俺様は23ね」


 佐助さんはそのまま佐助さんと呼ばせてもらおう。きっと察知して希望を言わなかったのだと思うし…

 幸村公は…幸村公年下だなんて…くん、ここはくん、最低限の敬意を…


「幸村くん、佐助さん、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんでござりまする!」

「え、俺様さん付け?」


 ああやっぱりそこは気になりますよね…さっきの小十郎さんの時も口に出したくなかったんです…お気持ちは十分に分かっていますけれども!


「俺様、忍なんだけど」

「存じております。ですがしかし、佐助さんは私よりも年上ですので、呼び捨てなど出来ません。小十郎さんもです。こればかりは、お気持ちは分かります、ですがこればかりは…」


 元就様さえああ言いださなければ、政宗くんと幸村くんは殿と呼んでいた。元就様さえ…!

 私の必死さが伝わったのか、従者ふたりは顔を見合わせ、仕方ないといったように下がった。誠に申し訳ない。


「次は俺な、俺は21で…あ、元親と元就も21だよ。で、俺はなまえよりは年上だけど、気軽に慶ちゃんて呼んでくんな!」

「慶ちゃん、ですか?」

「ああ、京の皆からもそう呼ばれてるからさ。さん付けは慣れなくてね」

「…分かりました、慶ちゃん。元親公はなんとお呼びしましょう?」

「あー、俺も気軽に好きなように呼びゃいい。さん付けで呼びたいなら構いやしねぇさ」

「ありがとうございます、元親さん。私のことは皆様、どうぞお好きなようにお呼びください」

「…我の子孫ぞ、考慮はしろ」

「元就様!いえ、私は良いのです、年上の方が多いですし、先人は敬うべきですので敬称を付けさせていただいただけで…私は呼び捨てで構いませぬ!」


 何を言いだすの元就様。


「あの、私のことよりも今の世界のことをお話いたします。それを聞いた上で、今後どのようにするかをお決めになってはいかがでしょうか?」





意外な友好的態度








「まずなにから説明すれば…あ、現在の日本…日ノ本はもう随分昔に統一されていて、日本、という呼称が通常になっています」

「なんと!誰が天下を!?」

「俺だろう?」

「いや、お館様でござろう!」


 さすが戦国武将、統一に対する興味が半端ない。でも教えていいものかと問われれば、絶対に駄目だろう…だって過去が変わってしまうかも知れない。

 ただ元就様や幸村くんがあの時代にいるということで、もう大分過去は変わっていると思うのだけれど。少なくとも私の知っている過去ではないだろう。


「教えられませぬ。過去の人間に未来を話すことは禁忌ですので。とりあえず、現在の日本を指導しているのは総理大臣という役職の方で、努力すればある程度、誰でもなれるものとなっております。選ばれる際は、国の代表の方たちが多数決で行います。その国の代表の方たちを決めるのは国民の投票ですので、民主主義というものを第一に考えた政治を行っています。ここまでで、何か質問のある方は挙手をお願いいたします」


 確かこんな感じだったはず…中高と公民や現代社会は習ったけれど、この仕組みを全く知らないまま習ったわけではないから、それを一から説明するとなると少し骨が折れる。突拍子もないことを聞かれそうだし…


「はい」

「どうぞ、政宗くん」


 姿勢を正して手をまっすぐぴんと上げた政宗くん。奥州の地を治めている国主としては、やはり仕組みは気になるのだろうか。


「民主主義ってのはなんなんだ?」

「あ…そっか、まだその頃にはこの言葉はなかったのですね。えっと、民主主義というのは、簡単に言うと国民第一、という考え方のことです。独裁的政治の逆の言葉ですね」

「なるほどな」

「では、次に行っても宜しいでしょうか?」


 全員が頷くのを確認して、次の議題に移る。ええと、その次に重要なのは…銃刀法、かな。見たところ武器は持っていないようだけど…そうだ、並行して人を殺したら罪となるということも伝えなくては。


「では次は、銃刀法という法律についてです。正式には銃砲刀剣類所持等取締法と言って、簡単に言えば武器の所持を禁止するというものです。従って武器の所有はご遠慮ください」

「はいっ!」

「はい、佐助さん」

「俺様忍だから、なにか武器持ってないと落ち着かないんだけど」


 そう来るとは思ってた。でも駄目ですよ、絶対に駄目です。


「武器を持ち歩くのは禁止します。絶対に駄目です。もし今持っている方がいらしたら、直ちに出してください、私が預かります」

「…まあ、なぜか何も持ってないんだけどさ…」


 佐助さんが不満気に呟いた。そういえば、武装をしている割に誰も刀などは持っていないな、と最初に思ったのを覚えている。どういうことかは分からないけれど、持っていないのならそれに越したことはない。安心。


「それなら良いです。今は平和な世で、戦は…日本にはありません。人を殺すことは罪になりますし、日常に措いて命を脅かされることは殆どありません。ですから、武器は必要ないのです」

「人を殺すことが、罪…?」

「はい。皆さんの時代では、領土争いや天下のために戦があったと思いますが、今の日本にはそのような戦は一切ありません。今の時代、人を殺すことを…快楽として行ってしまう人がいて、そのような人を罰するためや、命を奪うことが一番してはいけないことだと皆思っていますので、人殺しは一番重い罪となります」


 そう告げると、皆一様に口を噤んで、信じられないというような表情になった。無理もない、か…しかし彼らだって日常的に、好きで戦をしていたわけではないと思うし、自分に仇なすものの命を、止むを得ず奪ったわけであって、そのような対象がいなければその行為に及ぶこともない、と思う。


「もう一度、大切な事を言いますね。今は平和な世です。皆さんに仇なすものはいません。そして、人殺しは一番重い罪です。…分かっていただけましたか?」

「……まあ、実感はないけれど…うん、なまえの言ってることは尤もだと思う。人を殺すのは、俺たちだって好きでやっているわけじゃないさ。理由がなければしないよ」


 慶ちゃんのその一言に、ほっと息をつく。よかった、彼が綺麗な心を持っていて。

 暗い話はここまでにして、次の議題に行こう。


「次、行きますね。次は文明についてです。えと、先ほど皆さんはビルを見たと思うのですけれど…」

「ああ、あの長細い箱だな」

「はい、それです。南蛮の技術を用いて建設されたと説明したと思うのですが、今の世の中には、その南蛮の技術を用いて作られたものが数多くありまして…きっと、今の世にある機械、えっとからくりの殆どが、皆さんが見たことのないものばかりだと思うのです」


 逆に今もなお残っているものなんて、あるのだろうか…私の家には電化製品は少ない方だと思うけれど、それでもテレビや冷蔵庫は確実に戦国時代にはないものだし、びっくりさせてしまうだろう。IHヒーターも…家の作りが和風であったのがせめてもの救いだ。


「取り敢えず、この襖の向こう側に行きましょう。うちの居間は二続きになっていて、私が普段生活している場所はこの向こうですので」


 居間には取り敢えずテレビとエアコンがあるし、時計…そうだ時計、現代の時間の数え方を教えなくちゃ不便だ。知ってもらわなくてはいけないことが予想外にたくさんある。


「え、と。お座布団ご用意しますので、少々お待ちください」


 うーん、何人いるんだ。ひーふーみー…7人。…そんなに座布団あったっけ…最悪私のを使ってもらえば、いやそれは失礼でしょう。…まあ、ある、かな、うん。

 失礼をして押入れを開けさせていただく。あ、ちょうど7枚あった。色とりどりでいい感じ。よ、っと取り出して、適当に上から取って机の周りに置いていく。


「どうぞ、お好きなところにお座りください」


 そう言うと、佐助さんと小十郎さんの従者2人以外が各々好きな場所に座る。なんというか、予想通りの場所だ。それであれですね、残った2つの内の黒は佐助さんで茶色が小十郎さんでしょう。良い感じに主の横になっているし。

 予想通りの位置に佐助さんと小十郎さんが座りかけたところで、私は襖に手をかける。


「それでは、私はお茶を淹れてまいります。あーっと、佐助さん、お手伝いを頼んでも宜しいでしょうか」


 しまった、座られる前に言えば良かった。そう思ったのも束の間、佐助さんは私の顔を見てにっこりと微笑んだ。


「いいよ、分かった」


 手伝いを頼んだ意図を、しっかりと理解しているといった風に。ふむ、佐助さん侮り難し。


「ではお願い致します。皆さん少々お待ちください。…くれぐれも、置いてあるからくりには無暗矢鱈と手を触れませぬよう」


 壊されてしまっては困る。私の顔が余程真剣みを帯びていたのか、皆一様にこくこくと頷かれた。壊されてしまっては困るのです。

 佐助さんと廊下に出て、台所に向かう。お茶は玉露にしよう。この前貰ったのがまだ未開封で置いてあったはず。問題は湯呑なんだけれど…そんなにあったっけ。4つはあると思うけど、最低でもあと3つ…あるかな…


「ね、なまえちゃん」


 湯呑の数について考えていたら、佐助さんに話しかけられた。ゆ、湯呑よりも大切なことですか?


「はい、なんでしょうか」

「…なんで手伝いに俺様を選んだの?右目の旦那でもよかったじゃない」


 き、聞かれるとは思わなかった…!いや佐助さん、貴方分かってるんでしょう、なら聞かないでくださいよ…だめだこの人苦手。


「…一つ目は佐助さんが、忍の方だからです。小十郎さんは武士ですし、自尊心が傷つくかと思いました。二つ目は、もし私が不審な動きをしたとして、佐助さんなら見逃すことなく確実に戒めると思ったからです」

「不審な動きって?」


 うああこの人苦手だ!好きじゃない!


「…毒を盛ったり、ですとか」


 だけれどもこれでも毛利家現当主。忍風情に負けてたまるか!うああ怖いなあもう。


「盛るの?」

「盛りません!失礼ですよ佐助さん!」


 なんなんだこの人、怖すぎる!少しムキになって言うと、佐助さんは笑った。…笑うな。


「あは、なまえちゃん面白いね!自分から言い出すとは思わなかったよ」

「知っていますか佐助さん、ああいうのは自白とは言いませんよ、誘導尋問と言うんです」





戦いは既に始まっている








「これー?」

「いえ、その二つ右…ああ、それです」


 案の定、湯呑は足らなかった。上の方の戸棚に予備が入っているのを思い出して、脚立を出して佐助さんに出して貰った。私の背では脚立の上で背伸びをしても届くか怪しかったので、佐助さんには感謝しなければ。


「よっと…これでいいんだよね?」

「はい、ありがとうございます。一度洗いますので、中身をそこの流しに置いて頂けますか?」


 佐助さんに湯呑を出して貰っているうちに、お茶の準備をする。ええと、確かここに…


「…あのさ、なまえちゃん」


 あった、これ。うん、玉露。戦国時代に玉露があったのかは知らないけれど、下手なものは出せないもの。


「はい、なんでしょうか」

「…さっきさ、疑っちゃって悪かったね」


 消費期限は過ぎてなかったはず…うん、あと二年は大丈夫。って、え?


「…え?え、いえ、佐助さんは、その、幸村くんのことを思っての行動をしたまでで、私はなんとも思っていませんよ?」

「…本当に?」

「はい、本当です」


 まあ、少し貴方のことが苦手にはなりましたけれど、とは、言わないでおく。自分から空気を乱すほど馬鹿ではない。







膨らませられそうだったんですけど、2と3の執筆に年単位で間が開いたのもあって書けなくなりましたね。

140505