「お兄ちゃん、」

「どうした?いるかちゃん」

「お兄ちゃんは私のことも好き?」

「勿論だとも!妹に勝るものなんてこの世にないといっても過言ではない!」

「…うん、よかった」


 妹は過負荷だった。兄と姉が二人の四人兄妹の中で、妹だけが負完全な存在だった。

 妹が優秀な兄と姉にコンプレックスを抱くことはあったが、兄は全ての妹を別け隔てなく全力で愛したし、上の姉は下の妹には勉強の合間にたまに他愛もない話をしたし、下の姉は兄とはまた違ったベクトルでたった一人の妹を全力で可愛がった。それを受けた妹も、兄と姉が大好きだった。

 その抱くコンプレックスも、幼い頃はまだ些細なものだった。いくら兄と姉が優秀で妹が負完全だとしても、その妹も世間的に見れば十分に優秀に値するものだったから。しかし兄と姉は成長につれて、掛け算するように自らの能力も成長させ進化させ開花させていった。いくら一般的に優秀だといわれようが所詮過負荷の妹には積み上げていく成長など到底できず、掘り返すように潜るようにしてマイナス成長を遂げていった。家を出た上の姉はともかく、それでも兄妹の仲は変わることなく良好だった。


 妹は過負荷で負完全ではあったが、他のそういった存在とは大きく異なった概念を持っていた。それには姉が黒神めだかであったことがとても大きな意味を持っているし、また他のそういった存在とは違い、コンプレックスを凌ぐものを彼女 黒神いるかは知っていたからだった。例えば優秀で完璧な姉 めだかに「いるかは私なんかよりも凄い」と一見嫌味にも取れることを言われたとして、いるかには素直に受け取れるだけのめだかに対する信頼があったし、めだかが本心からそう思っていて嘘や偽りは口にしないということを理解していた。そしてなにより、いるか自身がめだかに対して計り知れない愛情を持っていた。一口に家族だからと切り捨てられる程度の、大きな信頼と理解と愛情だった。そんな他のそういった存在の持ち得ない感情を極当たり前に持っていたいるかは自身の過負荷性も相まって、エリートを抹殺したいだとか天才が憎いだとかそういうことをちらとも一度たりとも思ったことはなかった。それは家族を失うことと同じことだし、最もそんな考えがあることすらも知らなかった。

 いるかの過負荷性とは、一口に言ってしまえば「自分の感情を周りに干渉させる」ことだった。いるかが嬉しければ周りも嬉しいし、いるかが悲しければ周りも悲しい、そういうことである。いるかが誰かを憎めば周りもその誰かを憎み、いるかが死にたいと思えば周りも死にたくなる、そういうことである。もし世界首脳会談が行われる場にいるかがいたとして、戦争がしたいなどと思った日にはその瞬間から第四次世界大戦が勃発することだろう。そしてそれはきっと、地球に最後の一人になるまで終わらない。なぜなら理由ありきの戦争ではないのだから。つまり、そういうことなのである。

 幸いにもいるかはこれまでにそんな物騒な考えを持ったことはないし、これからだって持つことはないだろう。そしているかはこの過負荷性を、入切は無理だがある程度強弱をつけることができた。最も元の感情が強ければそれだけ強に傾いてしまうのだが、些細な喜びを大きな幸せに変えることもできるこの能力を、兄も姉も純粋に素晴らしく誇りに思っていた。勿論、能力を持つ妹のことはそれ以上に。

 だからなのか周りも、そしているか自身も、この能力を過負荷だとは微塵も思っていなかった。気付いていなかった。それはいるかの性格や環境が能力を過負荷然とした使い方をさせなかったせいもあるのだが、これが一概に良いことであったとはいえない出来事が起こる。

 いるかが能力に目覚めた正確な時期というのは、実は分かっていない。気が付けば使えていたというのが正直なところで、誰もがこの能力が良いこと、つまりプラスの感情のみを相手に干渉させるものだと思っていた。実際いるかはいつも幸せだったし、上の姉 くじらが家を出たときは誰もが悲しんでいたから、誰も気付かなかった。


 それが過負荷であると判明したのは、いるかが十一歳の時のことだった。いるかの生家 黒神家といえば日本屈指の名家で、加えて兄 真黒の異常性によって更に世界屈指の名家にと跳ね上がっていた。そんな名家が狙われないはずもなく、末の子供で女の子、めだかのような異常性を持っていない…つまりいるかが人質として誘拐されたのだ。犯人は電話口で三億円を要求し、用意できなければいるかを殺すと公言した。いるかの父は要求を呑み指定された場所に三億円と共に向かったが、いくら待てども犯人の姿もいるかの姿もなく、また最初の電話以降指示もなかった。勿論警察に通報もしてあったが、この事態には誰も太刀打ちできなかった。真黒もめだかも、手掛かりがあまりにも少なすぎて手の出しようがなかった。

 指定された時間から三時間が過ぎた時、電話がなった。同じ番号だがやはり居場所が分からないょうにしてある。警察が録音の準備をしてから、いるかの父は恐々と受話器を取った。相手の第一声は、「………パパ…?」だった。驚き訳を聞くと、犯人が動かないと言う。息をしていないと言う。警察の指示で外に出られるなら出ること、居場所が分かる目印や地名を伝えることを告げられ、いるかは無事保護された。犯人は全部で四人いたがいずれも外傷はなく、心臓麻痺によって亡くなっていた。こうして奇妙な誘拐事件は、いるかに恐怖と周りに更なる過保護を与えて幕を閉じた。かに思われたが、実はこの事件にはまだ重要な後日談がある。

 体に目立った傷はないものの、心的傷害を懸念した真黒が知り合いの元心療外科医にカウンセラーを頼んだ。その人物はいるかも知り合いであったから、堅苦しいカウンセリングというよりは少し重いお喋りのような感覚だった。そのお喋りの中で、いるかはこう言った。


「とても恐くて、心の中で何度も助けてと思いました。そうしたら急に眠くなって、目が覚めたら私を誘拐した人たちが倒れていたんです」


 これを聞いて、元心療外科医 人吉瞳は驚愕の事実に気付いた。今まで異常性だと思っていた能力は過負荷性であり、最悪な形でマイナス成長を遂げている、という事実である。『自分の感情を相手に干渉させる』というものから、それはそのままに新たに『自分の感情をプラスにする』というやはり一見過負荷然としない進化をしていた。見ればそうなのだが実際は事件の結果から分かるように、いるかは助かりたいというマイナスの感情をプラスにするべく犯人を殺した。言い方は悪いがこれが事実であり、またいるか自身は何も気付いてはいなかった。いるかの家族はこれを知り、いるかに知らせることは危険だと判断した。今まで発覚しなかったのは感情がプラスだったからであり、知らせればそれがマイナスとなり記憶を消すなどの行為をしかねないからである。その日からいるかは、常に誰かと行動するようになった。

 翌年いるかは、姉のめだかと幼なじみで瞳の息子の人吉善吉と共に一年早く中学校に入った。一人にさせないためであるが、これがまたしてもいるかの過負荷性を大きく成長させてしまうことになる。


 球磨川禊という男は、いるかと同じ負完全な能力を持っていた。ただし温厚ないるかと違い、性格からなにからなにまで折り紙付きの負完全だった。球磨川禊は破壊臣と呼ばれる男を使い、支持率が0%だったにも関わらず生徒会長を務め、話すのも躊躇うような残酷なことをいくつもいくつもしていた。その内の、球磨川禊本人が行なった数少ない犯行の内の一つに、前述のいるかの過負荷性を成長させた事件があった。

 結論から言うと、球磨川はいるかに「過負荷の存在を明かした」。そしてその上で「いるかの心を折った」。仲間に餓えている球磨川はなんとかしているかを引き込みたかった。







ダストだしあえて変換なしで。いるかちゃんはシリーズとかで書きたいですね。

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