幼い頃からの私の生活は、それはもう言葉には表せないほど酷いものだ。

 ……と、普通の人には見えるらしい。生憎と私は普通というものが分からないので、大衆の言う酷いというのがどの程度なのかが分からないのだけれど。というより、私にとってはその酷いことが普通なので、何を哀れんだ目やら同情の目やらで見られているのかまったく分からない。分からなくても支障はないからいいけど、あまりそうやって見られると恥ずかしくて殺したくなっちゃう。え、これも普通じゃない?変なの、普通の人間の普通ってさ。


「『そうだね』『それが僕らの普通の発想だよ』」


 球磨川禊くんは、私が初めて会った私にとっての普通な人。私と同じような力を持っていて、私と同じような考え方で、私と同じような扱いを受けてる人。彼は私と自分を過負荷(マイナス)と呼んだ。

 彼の話は難しくてよく分からなかったけど、不幸なのが私たち、幸せなのがそれ以外、ということらしい。私は不幸も幸せも何が違うのかよく分からないけど、ていうか不幸とか幸せとかなにそれって感じなんだけど、彼によれば私の今までの生活は充分過ぎるほど不幸な境遇らしい。へえ、あれは不幸っていうんだ、とその時初めて私は、自分の状況を少しだけ知った。髪を引っ張って引き摺り回されるのも、便器に顔を突っ込まれるのも、無機物を無理矢理食べさせられるのも、指を一本ずつ折られるのも、段ボールのなかに詰め込まれるのも、セメントを飲まされるのも、あれもこれもなにもかも。普通ではないということを、その時初めて知った。


 私の過負荷は『 赤い靴を履いた操り師 ‐ネバーコントローラー‐ 』といって、簡単に言えば他人を意のままに、あたかも自分の手足かのように操る能力。それは生命だけにとどまらず、無機物であれ有機物であれ機械であれ金属であれ非金属であれ自然であれ不自然であれ人災であれ天災であれ、文字通りなんでも対象内。まあ私は勝手に動く身体に困惑してる様が好きだから、生物以外にはあんま使わないけどね。


「みょうじ二年生、頼まれてくれないか」


 最近は球磨川禊くんとも会ってなくて、ていうかどこにいるかも分かんなくて、仕方なしに私は箱庭学園というところに入った。なんか特待生みたいな感じで、お金は要らないしなんなら学校も来なくても大丈夫、みたいなことを言われたため、即決。でも律儀に学校に通ってる私は偉いと思う。や、実は学校なんて行くの初めてだからさ、何事も経験かと思って。


「はいはい、なに?副会長ならやんないよ」

「ちっ……いや、今回はまた別のことを頼みにきた」


 今は専ら、一年生で生徒会長になった黒神めだかちゃんにプチこき使われてる。

 黒神めだかちゃんは私と同じ十三組の生徒で、なんかびっくりするぐらいすごい子。なんでもできる、って言葉が一番よく似合って、でも性格が悪いわけじゃないし、寧ろとってもいい子。

 そんな黒神めだかちゃんと私の出会いは至ってシンプルなもので、授業もないし私の他に登校してるクラスメイトは仕事が忙しいって遊んでくれないし、暇を持て余していつものように教室でぼけーっとしてたとこにいきなり彼女が入ってきた。それが最初、ファーストコンタクト。どうやら自分以外の十三組の生徒に会ってみたかったらしく、数少ない登校しているという私の噂を聞いて乗り込んできた、ということだった。なんとも積極的に思い付きで行動する子だな、と思ったのはまだ記憶に新しい。


「木を戻してもらいたいのだが」

「……木を?」

「木を」


 や、黒神めだかさん、そんな凛ッと効果音付きで言われましても。流石のみょうじなまえさんも困りますよ、それだけじゃ。

 結局、中庭にいる善吉から話は聞いてくれ、ということだったので、仕方なしに今までいた屋上を後にする。黒神めだかちゃんはもう既にいなくなってた。ううむ、相変わらず嵐みたいな子だ。退屈しなくていいけど。


「さて、人吉善吉くんはどこかなー、と」







君は野に咲くと、どっちを連載しようか考えたやつです。こっちはこっちで面白そうだったんですけどね。

140505