どうして空は青いんだろう。

どうして空は赤いんだろう。

どうして空は黄色いんだろう。

どうして空は紫なんだろう。

どうして空は橙なんだろう。

どうして空は黒いんだろう。

どうして空は白いんだろう。





そら





 地上から空を見上げる。雲ひとつない、真っ青で澄み切った空。とても平和な空。この平和の向こうでは、一体どれほどの命が破壊されていったのだろうか。目を伏せて考えてみた。

 みんな、道の真ん中で立ち止まる私に目もくれずに抜き去って行く。この光景だけを見たら、誰も私がテロリストだったなんて思いもしないだろう。一口に“テロリスト”というには、語弊があるけれど。


 2年程前。私はこの空の向こうで戦っていた。自分の信念を貫くために、同じ思想を掲げた仲間と共に。

 でももうそれも、昔の話。

 最後の戦いでは、とても大きな損害を出した。仲間の死、師匠の死、親友の死、そして…………恋人の、死。

 みんな大きな傷を心にも抱えた。それでも譲れないものを貫き通して、懸命に戦おうとした。

 ――私には、ソレができなかった。

 一度に仲間を失ったのはみんなも一緒。とても悲しいのはみんなも一緒。

 その悲しみをバネにして戦うことができたみんな。その悲しみで心が押し潰されてしまった私。

 違いは、たったソレだけだった。ひとつの大きな違い。

『心の強さ』

 私はとても、弱かった。



「……帰ろう」


 そうひとり呟いて、家路についた。

 この空の青さは、あの子を思い出す。弟みたいなあの子。今はどこで何をしているのか、生きているのかさえも知れない。



「…ただいま、」


 無駄に広い屋敷に、虚しく響く。いつもの元気な返事がないことで、より一層心が重たくなる。

 今はお昼過ぎ、お昼寝の時間。返事があるわけなどないのに、分かっていたのに、鼻の奥が熱くなる。


「っ……ふっ、」


 汚いとは心得ていたけれど、そのまま重力に従って膝から崩れ落ちる。持っていた鞄もドサッと落ちるけれど、ソレを拾ってる余裕なんてなかった。

 そのまま床に突っ伏して、泣き崩れる。


「ひっ、く……うっ…」


 寝ているみんなを起こさないようにと、押し殺して。

 閉めることのできなかったドアから、空が見える。さっきまで明るかったのに少し陰って曇り、夕日のせいもあってか紫色になっていた。

 青があの子なら紫はあの子。青のあの子とは違う優しさを秘めた子。あの子はあの人が大好きで…泣いて謝られたことを思い出した。ごめんなさい、そう何度も呟いて。その姿を見ていられなくて、背中を軽く叩いて宥めた。でも涙が止まることはなく、むしろさっき以上に泣き出してしまったのには、驚いたものだ。

 ああ、なんて悲しくて微笑ましい記憶。

 喉の奥が熱い、頭もガンガンする。涙は止まることを忘れたかのように、止めどなく流れたまま。


カツン……カツン……


 私の啜り泣く声しか聞こえなかった空間に、突如足音が響く。起こしてしまったのかも、しれない。誰かは分からない。こんな姿は見せられないけれど、泣き顔も見られたくなかった。

 のに。


「ん…First name…?帰ってきたの?」

「っひ、ヒリン、グ…」


 みんなよりも高い声。寝ぼけて上手く舌が回っていない。

 かく言う私もしゃくりをあげて、上手く言葉を紡ぐことができなかった。


「First name、お帰りなさ……っ、泣いてるの!?」


 ああ、バレちゃった。なんて頭の片隅で思ってみる。無様な姿は見せたくなかった、特にみんなには。

 でも私は、誰かに縋りたかったのかもしれない。見つけて欲しくて、話を聞いて欲しくて、抱き締めて欲しくて。

 “大丈夫”って、どんなに感情が籠ってなくてもいい。ただ言って欲しかっただけなのかもしれない。


「First name、First name、なんで泣いてるの?どこか痛いの?どうしよう、リボンズ起こした方がいいかしら…っ」


 優しい、子。あの青空の子みたいに。紫のあの子みたいに。

 自分よりも未成熟だと思う子に縋って泣くのは、あれで最後だと思ってたのに。優しさに甘えて、縋って、泣いて…

 ……嗚呼、だから私の心は弱いというのだ。あの頃と何も成長していない。それどころかただ悲しみに踊らされるマリオネットに、成り下がったのだ。


 ヒリングの慌てた声を聞いてか、みんな玄関まで下りて来ていた。ぼやけた視界でも分かる寝癖と心配そうな顔。みんなにそんな顔をさせているのは、紛れもなく私。大切な人にこんな顔をさせたのはこれで2回目だった。

 罪悪感が涙となって込み上げてくる。より一層泣き出す私の前に、誰かが跪いた。


「リ、ッ、ジェネ…」

「First name、なんで泣いてるの…?」


 トントンと背中を軽く叩かれる。あの子とよく似た顔で、あの時の私と同じことをした。

 …ああ、やっと分かった。なぜあの子が泣きやまなかったのか。この一定のリズムで背中を叩く慰めは、まるで“泣いてもいい”と言われているように感じるんだわ。


「どこか怪我をした?それとも、誰かに嫌なことをされたの?」

「ちっ、がうの…」

「うん、どうしたの?」


 トントンと叩くものから、ゆっくりと擦さするものになる。泣いたことによってドクドクと鳴っていた心音が、少し落ち着く。

 長く深く呼吸をして、口を開いた。


「そらがあまりにも綺麗だから、泣いてしまったのよ」


 どことなく腑に落ちない顔。それでも納得した様にそっか、と言ってくれる。心配したよ、と言ってくれる。ごめんね、そう言えばみんながニッコリ笑う。

 あんなにも悲しくて辛いことがあったのに。不思議、今私は幸せね。

 開けっ放しのドアを閉めようとノブに手を掛ける。ふと空を見上げると雲はどこへ行ったやら、綺麗な夕焼けの橙が広がっていた。橙はあの子たちを思い出す色。性格は正反対、でもどちらもとても優しかった。

 ああ、ああ、貴方の色もこの空にあれば。思い出して懐かしむこともできただろうに。そうすれば哀しみも、少しくらいは紛れただろうに。





そら





どうして空は青いんだろう。

どうして空は赤いんだろう。

どうして空は黄色いんだろう。

どうして空は紫なんだろう。

どうして空は橙なんだろう。

どうして空は黒いんだろう。

どうして空は白いんだろう。


どうして空は、緑じゃないんだろう?

宇宙(そら)に散ったのは、貴方なのに。







師匠=モレノさん・親友=クリスとリヒティ・恋人=ニール
ヒロインは1期時20歳希望

リボンズ様に拾われたかったのと、イノベイターズにわちゃわちゃしてほしかった

090105
140311 移動