知っておりました。


 知って、おりましたの。





愛骸(あいがい)





 私(わたくし)、知っておりましたの。私のような者が彼を愛してはならないということを。

 彼にはとても可愛らしい婚約者がおり、そして大義もあられました。私のような、親もなく人として生きる権利もない、そのような者とは、根底から違う方でしたもの。

 それでも互いに、そうであったからに惹かれたわけではないのでしてよ。私は彼の心に惹かれ、彼もまたそうだったのですからに、貴方の言うようなことでは一切ございませんの。

 証拠に、彼と私の出会い方はそれはもう最悪なものでしたもの。罵り合いで始まりましたから、第一印象はそれはもうお互いに最低なものであったでしょうね。


 それでも恋に堕ちました。


 許されぬと知りながら、燃え上がる愛欲の炎は止どまることを知らず、また、どちらも止めようとは思わなかったのです。だって、愛し合っていたのですから。

 弊害も障害もなにもかもが見えなかったのです。ただお互いさえいればいい、そう思う程に私たちは、互いに溺れていたのですから。


 そのまま、なぜ死ねなかったのでしょうか。なぜ互いが互いに溺れそのまま、死ねなかったのでしょうか。

 答えは簡単、それまで見えなかった弊害が、障害が、圧倒的な力により現れたからです。……そう、貴方ですのよ、ミカエリス。


「私たち、立場は弁えておりましたの。ですから私、彼にずっと隣りにいたいなどとわがままを言ったことはございませんわ。

 客商売ですが彼からお金をもらったことなど、最初のお店にいらした時の一回きり、それ以降は断じてありませんの。私、お金が欲しくて彼のことを好きになったわけではないのですもの。私は彼が、彼の心が欲しかったのですわ。

 彼もまた、ご自分の立場をよく知り考えておりました故に、明るみには出ずに水面下での秘め事だったのでは、ありませんか。それを貴方が、今こうしていることによって壊したのですからに、このようなことをなさるのはお門違いなのではないのかと思った次第でございましてよ。

 命乞いではございません故、殺したくば殺せば良いのです。ただ。……ただ、貴方が今ここで殺さずとも、私は今死にますわ。

 さようならミカエリス。貴方のした事は全て無駄になるのですね。とても楽しみですわ。


 それでは、御機嫌よう!」





愛しているのなら骸さえも抱き締めて





 自ら命を絶った女は、最期の最後に嗤った。

 綺麗で汚れのない無垢な聖母のようなその娼婦に、悪魔は魅入られていた。

 意地の悪い笑みを浮かべ、額に、頬に、首筋に、唇に、ひとつずつ口付けを落としていく。

 結局、彼女の骸を抱き締めたのは悪魔だったのでした。







ヒロインしか喋らない一人称夢
愛骸は造語です

091021
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