俺は何度、運命の残酷さを嘆き、それを乗り越えてきたのだろう。一体、どうやって。

 いくら問うても答えが見つからないのは、今回ばかりは乗り越える術などないからなのだろうか。


 それならばいっそ、すべて終わらせてしまえればいいのに。





マリオネット





「修也、」


 後ろから俺を呼ぶ声がする。心地いいソプラノの聞き慣れた声だ。


「姉さん」


やっぱりな、どうしたんだ姉さん、何か用か?

 そう言って振り向いて姉さんを見ると、姉さんは泣いていた。

 こんな事態を誰が予想しただろうか。誰がと言ってもここには俺以外誰もいないし、実際のところ最近姉さんはしょっちゅう泣いているのだから、この質問は愚問なわけなのだが。俺が再びサッカーを始めたことに泣き、フットボールフロンティアで雷門中が優勝したことに泣き、夕香の意識が戻ったことに泣き、夕香と自分が人質にとられ俺が自由にサッカーできなくなったことに泣き、また俺がサッカーできるようになったことに泣き、エイリア学園を無事倒したことに泣き、俺が日本代表に選ばれたことに泣き。

 そして今は一体…何に対して泣いている?


「修也、ごめんなさい…」


 何故、謝っている?


「ごめんなさい、修也、私が、貴方のお兄ちゃんだったら…こんなことには、ならなかったのに」

「姉さん?なにを、言ってるんだ」

「ごめんなさい、どうして私、女の子に生まれてきちゃったんだろう。私が男の子だったなら、修也は、ずっと大好きなサッカーを、続けていられるのに。私が、女の子だから。お姉ちゃんなのに、修也に何もしてあげられないのね…」


 ああ、姉さんは。どうして自分を責める。誰が悪いわけでもないのに。俺がサッカーを、諦めるのとは違うが…俺が父さんの意志に応えれば、それでいいことなんだ。

 そうすれば、いいだけなのに。


「姉さん、俺は。俺は、いいんだ」

「しゅう、や」

「望んだわけじゃない。けれども、俺は、自分で納得してこの答えを出した。だから、いいんだ」



ああねえ修也、貴方のそれは、まるで諦めじゃない。貴方はもっと感情を表に出してもいいはずじゃない。

ねえ修也、貴方にとって私は頼りのないお姉ちゃんかしら。弱音も吐けない存在かしら。

貴方はきっと、私の気持ちなんて気づいてはいないのね。


「お姉ちゃん?」

「夕香…夕香、お兄ちゃんのこと、好き?」

「好きだよ!」

「お姉ちゃんは?」

「お姉ちゃんも大好き!」

「うん、お姉ちゃんも夕香のこと、大好きよ。大好きだから…ね、頼ってほしいの。我慢なんてしてほしくないの。夕香は…分かる?」

「うーん、よく分かんない」

「そうね…夕香はそれでいいわ。ねえ夕香、困ったことがあったら、お姉ちゃんに言ってね。お姉ちゃん、夕香のことが大好きだから、助けてあげられるなら助けてあげたいもの」

「うん!お姉ちゃん、じゃあお勉強教えて!宿題、ちょっと難しくて分かんないところがあるんだあ」

「ええ、一緒にやりましょうか」



 なあ姉さん、姉さんもきっと、俺の気持ちには気づいていないよ。心配かけさせまいと何も言わないことが、余計に姉さんを不安にさせてるなんて、もうとっくに気づいているさ。俺たちの気持ちが噛み合い過ぎて負の連鎖になりつつあるなんて、もうとっくに知っているんだ。

 でも、それも時間とともに過ぎていく。姉さんが自分を責めるのも、俺がサッカーを続けたいと願うのも、全部飲みこんで弾き飛ばして、時間は過ぎるんだよ、姉さん。

 なあでも姉さん。どうか俺のことを嫌いにならないで。


 なんて、我儘か。





ひたすらに踊り続けるマリオネットのように、何も考えず操られているだけでいられたのなら





 俺たちはきっと、少なくとも今よりもずっと充実していなくて、少なくとも今よりきっと幸せだったんじゃないのか。

 ああ、ああ姉さん。俺たちはなんて可哀想、なんだろうな。


 操られているのならば、いっそ操られるままで、感情がなくなってしまえればいいのに。







夕香ちゃんのお姉ちゃんになりたかった
79話を観て無性に書きたくなって書いたやつ

100502
140311 移動