――――九月某日。神奈川県にある海常高校の門前にて、みょうじなまえは迷っていた。


「(――とか、かっこよさげに言ってる場合じゃないのよね…)」


 迷っているというか、悩んでいるというか。ここへはある人物に会いに来たのだけど、ここまで来てなお、会うか会わないか葛藤していた。というのにもちゃんとした原因があって、話は半月ほど前、インターハイ準々決勝戦当日に遡る。



 その日、偶々…ではなく意図的に試合に合わせて近くで合宿を行っていた我らが誠凛高校バスケ部は、キセキ同士の対決ということもありその試合を観戦することになった。マネージャーである私はカントクのリコちゃんに席取りを頼まれ、一足先に会場に向かっていた。会場についてから東側に人数分の席を取り、撮影のために自分は反対側の西側に席を取った。そしてその旨をリコちゃんにメールで伝え、試合は滞りなく行われた。

 事件があったのはその後で、試合も終わり早々に帰って練習ということになっていたため、部員たちと合流しようと席を立った。と、同時に後ろから声をかけられ、部員かと思い振り向くとそこには、先程まで戦っていた海常高校バスケ部の森山由孝さんがいた。


『…今、いいかな?』


 よくない。なんせバスの時間もあることだし、リコちゃんたちを待たせるのはなるべく避けたい。私になんの用があるのか気にはなるけど、答えはもちろん決まっていた。


『ごめんなさい、先を急ぎますので』


 その場ではそう切り返したものの、後になって言い様のない罪悪感というか後悔というか、蟠りが残り押し寄せてきた。何か重要な用事でもあったんじゃ、もしかして落とし物とか、でも特に無くなったものはなかったし、そもそも森山さんは私が誠凛のマネージャーだと知ってて声をかけてきたの?考えようとしていなくてもこういうものは出てきてしまうもので、それからというものずっと胸の辺りがもやもやしていた。しかし冬に向けての練習続きでなかなか休みがなく、あったとしても部員(特に火神くん)の課題などの面倒を見ていたために、新学期が始まってからの訪問となってしまった。

 それなのに今、なぜさっさと用事を済ませてしまわないのかというと、ことの発端は半月以上も前のことなので、相手はもう忘れているのではないだろうか…と思い至ったからである。もしそうだとしたら、私虚しすぎる子になっちゃう。ここに来た要因であり、ここから足を動かせない原因でもあるその人物が、運良く通り掛かりでもしてくれればいいのに。その願いは少しだけ叶った。


「…あれ、なまえ先輩?」

「あ、きーちゃん」


 見知った長身に黄色い頭、整った顔立ち。写真集まで出してる人気モデルだけど、残念ながら私にとってはいつまで経っても可愛い後輩のきーちゃんでしかない。一年見ないうちにあんなことになってたのは正直驚いたけど、本質は変わってないというか、いい方に変わったというか。少なくとも大輝くんよりは楽しそうにバスケをしていた。


「きーちゃんは止めてくださいっスよ…。てか、久しぶりっスね。どうしたんスか?」


 ここできーちゃんが通りかかったのはラッキーだ。顔馴染みでバスケ部ときたら、利用しない手立てはない。が、しかし、なんと言えばいいのかよく分からない。森山さんに会いに来た…いや、間違っちゃいないけど。でも可笑しいでしょう、面識ないもの。まあだからこうやって会いに来ざるを得なかった、というのもあるんだけど…って、面倒臭いしややこしい。もういいや、適当で。中に入れさえすればそれでいい。


「あー、えーと、バスケ部練習してるんだよね?きーちゃんロードの帰り?」

「そうっス。バスケ部に用っスか?」


 もしかしてスパイだったりして?と悪戯っ子の様な笑みを浮かべるきーちゃんを見て、私が誠凛のマネージャーだということは知らないのかも、と思った。前に練習試合をしたらしいけど、私はその時交換留学生としてアメリカに留学中だったし。それなら森山さんも知らないはずだよね…と考えるけど、だから面倒なのは嫌いなんだって、と頭の隅っこに追いやった。


「あのねきーちゃん、森山由孝さんって今いる?」

「森山さんスか?多分まだロード中だと思うっス。…中で待ちます?」


 本当だめだよね、きーちゃんって。成長してないっていうか、変わってなくて嬉しいっていうかさ。まあ…うん、いいけどね、でも先輩だからってほいほい中入れちゃだめよ、スパイかもしれないんだから。本当だめだわ、きーちゃん。

 純粋なんだよね、と無理やり納得して、こっちっスと案内する長身の後ろに着いていく。ちょっと見ないうちにまた大きくなったなー。テツくんだけだよ、あんまし変わってなかったの。あの子はもうちょっと…ムキムキにしたいなあ。せっかく男の子なんだから。


「なまえ先輩ー?着いたっスよ?」

「ああ、うん、ありがとね。…そうだ、主将さんいる?挨拶しときたいんだけど」


 きーちゃんに連れてこられた体育館は、うちよりも広くて天井が高かった。充実してるな…運動場も広かったし、さすがだよね。と、内装についての感想を述べたところで提案する。海常の主将といえば好PGとしても有名で、特にその精神力は凄いと思う。インターハイの時もすごかったな…うちの主将にもあれくらいのものが欲しい。いや、日向くんの精神が弱いって言ってるわけじゃなくてね、うん。


「あー…笠松先輩っスか…」

「うん、だめ?」

「や、だめじゃないっスけど」


 きーちゃんの歯切れがいつになく悪いのでわけを聞くと、なんでも笠松さんは女性とあまり話したことがなく、苦手なんだとか。へえ、今どき珍しい。私の周りにそういうタイプはいないから、結構新鮮かも。きーちゃんちゃらちゃらしてるし、みんな女の子大好き!とまではいかないけど異性に苦手意識は別にないみたいだし。健全でよろしいこと。


「ま、挨拶するだけだし、しないのも失礼じゃん?」

「うーん、それもそうっスね。せんぱーい!」


 そう言ってきーちゃんが声をかけて呼んだ先には、スリーの練習をする笠松さんがいた。感覚を研ぎ澄まして放たれたボールは、綺麗な弧を描いて掠ることなくリングを通り抜ける。癖のない綺麗なフォームに、ぴったりのタイミングで駆使される足のバネ。間違いなく一流のプレイヤーだわ。この前の試合を見た限りでは度胸もあるし、精神力も申し分ない。キャプテンには持って来いの人材だわね。いや、日向くんが駄目って言ってるわけじゃなくてね、うん。

 頭の中で笠松さんをかちゃかちゃ解析・インプットしてると、近くに来ているのに気付く。怪訝な顔をしてきーちゃんを睨んでるけど、この分だと練習試合とかあるたびに女の子たちが煩かったりするのかしらね…。帝光時代もそりゃもう煩かったもの…まあ、話しあった結果、最初の三ヶ月でぱったりとなくなったけどね。や、話しあっただけよ、うん。


「黄瀬、お前女連れこむな」

「や、なまえ先輩はちゃんとした用があって連れて来たんスよ!」


 ていうかその言い方、俺が普段から女の子連れこんでるみたいじゃないスか!と叫ぶきーちゃんを余所に、こちらにも怪訝な視線を向けられたので、取り敢えず当たり障りのない愛想笑いを向けておく。初対面の人に笑顔は基本よね。


「初めまして、笠松さん。みょうじなまえっていいます。きーちゃんは中学の時の部活の後輩で、今日は森山さんに用があってきたんです」


 にこーっと営業スマイルを張り付ける私を見て、きーちゃんの顔が引きつってるのは見逃してあげようと思う。私って優しい先輩。それにしても笠松さん、178センチで試合中は小さく見えるけど、こうやって目の前にいると大きいわ。当たり前なんだけどね。


「森山に?あいつならまだロード中だけど…」

「だから中に誘ったんスよ。ほら、今日ちょっと寒いし」


 きーちゃんがフォローをいれると、まあそれなら…って感じで許可を出してくれた。少しなら良いけどあんまし練習サボんなよ、ときーちゃんに釘を刺すとまたシュート練に戻っていった。やっぱり女の子が苦手っていうのは本当みたいね…今度桃ちゃんに教えてあげよっと。桃色の髪の可愛い後輩を思い出してると、黄色の髪の片耳ピアスがそういえば、と顔を覗き込んでくる。ちょっとモデルさん、顔が近いんですが。別にきーちゃん相手に今更恥もへったくれもないんだけどね。


「なーに?きーちゃん」

「そういえば、なまえ先輩、森山先輩に用があってきたんスよね?」

「うん、そうだけど。それがどうかした?」


 そう答えると、なにやら思案顔をして黙り込んでしまった。言っとくけどきーちゃん似合わないよ、そのシリアス顔。言ったら拗ねるか泣くかするから口には出さないでおこう。


「いや…今更っスけど、どんな用なんスか?笠松先輩とか監督とかならともかく、森山先輩個人に用って…」

「ああ、別に大した用じゃないのよ。ただインハイの時に声掛けられて…でもその時は急いでたから、話聞けなかったの。それで、なんだったのかなーって気になりだしたらこう、確かめずにはいられなくなっちゃって」


 隠すことでもないし正直に話すと、きーちゃんは折角の端正な顔を驚愕に染めて固まった。そんな表情も格好いいのはずるいと思う。きーちゃんがなぜか依然固まったままなので暇になり周りを見ると、さっきまでは確かに練習していた他の部員の動きも止まっていた。ボールがそこかしこにてんてんと転がっている。時でも止まったのかと錯覚するほど、誰も身動き一つとらない。なにこれ、なんかの練習…?


「あの、なまえ先輩。それって準々決の時っスか…?」

「え?あ、うん、そう。きーちゃん対大輝くんの時だよ」

「それって…まさか…」


 訝しげにきーちゃんと笠松さん、その他部員さんを順に見ていると、それまで固まっていたきーちゃんが恐る恐るといった声音で何の試合だったかを問うてきた。準々決勝は海常対桐皇で、事実上初めてのきーちゃん対大輝くんの試合だった。あの試合を見てきーちゃんは随分と成長したなあとしみじみ思った事を覚えている。とてもいい試合だった。

 試合模様を思い出しながら肯定の言葉を告げると、きーちゃんは何故かわなわなと震えながら訳の分からないことを呟いていた。なに、なんかあるの?周りの部員さんも大体同じ様な反応をしていて、海常の大きな体育館は不思議な…というか、若干不気味な空間になりつつあった。なんなの置いてかないでよ。なんなの。

 そんな雰囲気についていけてない私を余所に、いつのまにかきーちゃんを含む部員さんたちは一所に集まってなにやらコソコソしていた。作戦会議?今?このタイミングで?訳が分からない…それにしても森山さんはまだ帰ってこないの?立ってるのも疲れたしそこのベンチにでも座らせてもらおうか、と考えたところで、さっきまでコソコソしていた部員さんたちがバッと一斉にこっちを振り向いた。吃驚した…なに、さっきからなんなのさ。三秒ほどまじまじと見詰められた後、また向き直ってひとつ頷きあったかと思うと、意を決したようにむさ苦しそうな空間からきーちゃんがやってきて、漫画だったら頭の上にクエスチョンマークをたくさん飛ばしているであろう私の肩をがっと掴んだ。どうでもいいけど若干屈んだのがイラっときたよ。


「なまえ先輩、よく聞いてください。悪いことは言いません、今すぐに

「ただいまー……って、君はあの時の西側三列目一番端の美少女…!どうしてここに…はっ、もしかして俺に会いに?やはり運命で結ばれていたのか…!」

「誰かアイツ止めろ」





なにこの残念な人





「おい今の、もしかして…」

「もしかしなくてもそうだろ…」

「マジかよ、森山理想高すぎだろ」

「つーか…え?マジで?」

「先輩たち、落ち着いてください。取り敢えず俺が許されざる事実を整理します」

「ああ、任せた」

「はい、じゃあ行くっスよ…」

『ごくり…』

「準々決に森山先輩が声掛けたってことは例のあの、西側三列目一番端の超カワイイ娘=なまえ先輩ってことになるんスかね」

『ババッ(後ろを振り向く音)』

「確かに超カワイイ」

「まあそういうことになるんだろうな…」

「それにしても森山、目いいな」

「…ちょっと俺、なまえ先輩に今すぐ帰るよう勧めてくるっス」







ずっと書きたかったけど消化不良
連載考えてたからこんなに作りこんでるっぽいヒロインになってるだけ

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