手のひらを返したように態度を変えた母親と、それを表だって咎めることをしない父親と、自分に向けられない分だけたくさんの愛情を一身に受ける弟に、殺意を覚えるなというのは難しい話で、きっと政宗の心はお母様にその手を振り払われ化け物と呼ばれたその時に、壊れてしまったのだわ。



 政宗が私に依存しているというのは、勿論知っていた。それは私が政宗の唯一の姉であり、また愛されたいと願ってやまないお母様によく似た姿をしているからで、そして一番の決め手は、私だけが自分に優しく接してくれるから、だろう。

 私には直感のようなものがあった。政宗が生まれた時から、天下を治めるのは政宗である、と。姉であるゆえの贔屓かとも思ったけれど、同じく弟である小次郎が生まれた時には、何も感じなかった。だからというわけではないけれど、私は政宗を支えようと決めた。

 政宗が病にかかる前からも、お母様は幼いからという理由で小次郎を溺愛なさっていたし、それならば代わりにと思ったのが最初だったのだけれど、私に懐いてくれた政宗が可愛くて可愛くて、次第に政宗に天下を、と望むようになっていた。ようするに、私は姉馬鹿だったのだ。

 そう自覚してからの私の行動は早かった。まずお父様に頼み、当時お父様の小姓であった小十郎を政宗の側近にと推薦した。お母様に目の敵にされていた政宗には直接の部下というものは存在していなかったので、まずは上に立つものとしての自覚が必要だと思ったから。小十郎の人柄については私付きの女中であった喜多からも聞き及んでいたし、喜多の弟ならばまず間違いなく厳しく育てられているだろう、という推測もあった。

 そして同じ頃に、喜多にも政宗の養育係として乳母になってもらった。次にお父様の近臣で喜多のもう一人の弟であり、小十郎の兄でもある綱元を政宗の鷹狩りの指南役に任命した。最後に従弟である成実を脅し…いえ、説得し、将来は政宗側に付くようにと仕向けた。

 このとき、政宗が五歳、私が八歳。かくして、私による政宗に家督を!ゆくゆくは天下を!!計画は、ごく幼少のころから始まったのである。



 そして、現在。


「ねえ、喜多」

「なんでございましょう、姫様」

「元服に初陣、家督の相続…これまで、私の計画は着々と遂行されてきたわ。お父様が亡くなったのは計算外でしたけれども、結果的には良しとしましょう」

「はい、あとは殿の天下取りだけでございますね」

「いいえ喜多、私の計画で、ひとつだけ遂行されなかったものがあるのよ」

「あら、そうなんですの?」

「ええ。田村の一人娘で愛(めご)と呼ばれる、それはそれは可愛らしい姫がいるのを知っておりますか?」

「はい、存じ上げておりますが…」

「あの姫を、政宗が十三のときに室に迎えるよう申したのです。もちろん、伊達家の繁栄を願ってのこと。それをあの愚弟は片意地を張って易々と蹴ってしまったのですよ。幾年経とうともなまえは忘れることはありませぬ」

「まあ、あのときにそんなことがおありだったのですね…姫様も、喜多に相談してくださればようございましたのに」

「ええ、そう思ったわ。けれどもそれを察知してか、政宗は私を喜多に近づけぬようにと策を張り巡らせていましてね…。そのお知恵、是非とも執務のために使っていただきとうございましたよ、姉上は。聞いておられるのですか政宗」

「Ah-…聞いてる、聞いてるから少し黙っていちゃくれねぇか、姉上…」

「その後も私が室の話を持ち込めば、悉くお切り捨てになって…伊達がこの代で終わってしまったらどうするおつもりですか!?ええい喜多、成実をお呼びなさい!この際伊達の者なら構いませぬ、本家に入り私と祝言を!」

「Wait!待ってくれ姉上!」

「小十郎か綱元でも構いませぬ。さあ、どなたかを早う言いくるめて連れてまいりなさい!…ああ、小十郎なら襖の向こうで待機していたわね。喜多、小十郎で構いませぬので祝言の準備をなさい!」

「はい、畏まりまして」

「Wait喜多!了承してんじゃねえ!小十郎もこっち来ていいから反論しろ!」


すぱーん


「ですが政宗様、政宗様が一人も室をとられぬ以上、伊達の存続が危ぶまれているのは事実ですぞ!姫様と夫婦(めおと)など恐れ多いことこの上ありませぬが、それが伊達の繁栄となるならばこの小十郎…!」

「ほれ、政宗、あとは貴方次第にございますよ。姉を嫁に出したくないのでしたら、貴方が嫁をとりなさい。どちらか、二つに一つですよ」

「ぐっ…わ、分かった、田村の娘を室にとれば、姉上は、どいつの室にもいかねえんだな?」

「まあ語弊がありますが、今は、そういうことでございますね」

「なら仕方ねえ、小十郎、田村に話をつけろ。娘を側室にもらうとな」

「…なにを言っているのです政宗。側室にとってどうしますか。正室を取らねば意味がないでしょう」

「なっ、そんな…」

「あら、それなら私は輿入れの準備でも致しましょうかね。喜多、次の大安はいつだったかしら」

「分かった、正室にもらうと伝えろ小十郎!」

「はっ、畏まりました。政宗様、おめでとうございます!」

「おめでとうございまする、殿!」

「おめでとう、政宗。今日の夕餉はお赤飯ね。ああそう、世継ぎが出来なくては、意味がありませんから……ね?」

「…I see.」



「やりましたね、喜多、小十郎」

「はい、この喜多、感動して涙が出てまいりました…」

「さすが姫様にございます。これで伊達家臣団の胃痛も、少しは良くなることでしょう…」

「ええ、上手くいってほんによかった。…ですが、勝負はここからですよ。無事に世継ぎが出来て初めて、私たちの完全勝利となるのです。私もそろそろ限界が来ておりますし…一年半経っても懐妊の気がなければ、そのときは小十郎、ご覚悟なさいませ」

「出世のよい機会ですからね、小十郎」

「………はい」







シリアスの予定だったのにどうしてこうなった
成実出したかった

110815