※ヒロイン→桃井ちゃん表現あり





 私が、彼女を好きだと自覚したのは、皮肉にも彼女に好きな人がいると打ち明けられた時でした。

 きっと、私はずっと、彼女のことが好きだったのです。大好きだったのです。



 彼女、桃井さつきちゃんと出会ったのは小学生の時。転入してきた私を、クラス委員として人一倍歓迎してくれたその時から、おそらく私は恋をしていたのです。

 気持ちを自覚してから、私はこれまでの行動を振り返りました。彼女の幼なじみの青峰大輝くん。私はそれまで、自分は青峰くんのことが好きなのだと思っていました。青峰くんがさつきちゃんと一緒にいるところを見るともやもやしたりして、だから私は青峰くんのことが好きなのだと思っていました。

 けれどそれは違いました。私は、さつきちゃんの隣にいる青峰くんに嫉妬していたのです。馬鹿だと思いました。何年も、私は勘違いの恋をしていたのです。そして虚しく思いました。気付いたところで、実質振られたようなものでした。

 だから私は、日の当たることのないこの恋を、それまでよりも奥深くに閉じ込めることにしました。情けないことに私は、想いを打ち明けて友達ですらいられなくなるかもしれないという恐怖に勝てなかったのです。

 醜い私は、さつきちゃんの恋が実らなければいいと願いました。しかし浅ましい私は、愛らしい笑顔で協力してほしいと頼まれ、嫌われたくないと頷いてしまったのです。



 さつきちゃんの想い人、黒子テツヤくんは、さつきちゃんが好きになるのも頷ける魅力あふれた優しい男の子でした。

 さつきちゃんに誘われて入ったバスケ部で、さつきちゃんのように秀でた能力などない私は主に二軍以下の選手のマネージメントをしていました。なので黒子くんのことはさつきちゃんよりも前に知っていて、性格も努力していることも知っていて、素敵な男の子だということも知っていて、だから、余計に断れなかったのです。もしさつきちゃんの恋が実らなかったとしても、黒子くんならさつきちゃんを傷つけるようなことはないと思ったからです。

 それから私は、精一杯さつきちゃんに協力するようになりました。黒子くんがよくいる場所を教えたり、聞きたいことを代わりに聞いたりしました。みんなが見えないという黒子くんを、どういうわけか私はすぐに見つけることができたのです。その理由は、二年生になってから入ってきた黄瀬くんと共になぜか私も一軍に上がることとなった時に、判明しました。




「みょうじはエンモクだね」

「えんもく…?劇でもやるんですか?」

「違うよ、鳶の目と書いて鳶目。目がいい人や物事がよく見える人を例えて言うんだ。イーグルアイやホークアイという空間認識能力を持つ人がいるだろう。それと、まあニュアンスは違うが同じようなことが言いたかったんだ。カイトアイってとこかな」

「…確かに、小さい時から視野が広かったり、視力は普通だけどよく見えたりしていました。道に迷ったこともないですし……けど、私も意識したことがなかったのによく分かりましたね」


 私がそう言うと、二年生にして我らが主将の赤司征十郎くんは少し考えるような仕草をして言いました。


「どんな状況でもテツヤを見つけることができる、というのを桃井から聞いて引っ掛かってはいたんだけど、先日こんなものを拾ってね」

「あっ、それ、探していたんです」


 にこやかな笑顔で告げる赤司くんが取り出したのは、私が二、三軍の選手について個人的にまとめている小さいノートでした。数日前にどこかで落としたのかなくなり、探していたものです。中には簡単なプロフィールや練習中に気付いたことを書いてあり、部員数が100を越えるために名簿代わりにも使っていました。


「中を見させてもらったけど、正直凄いと思ったよ。桃井も観察眼は優れているけど、見るだけならみょうじの方が数段上だ。みょうじが見て桃井が分析、二人が手を組んだら面白いことになる」

「…青峰くんは、ある意味その結果みたいなものですけど」

「そうか、二人とみょうじは小学校からの仲だったね。なるほど、ますます面白くなりそうだ」


 嬉しそうな笑みを浮かべる赤司くんを珍しいと思いながら、同時に少し胸が高鳴りました。恋ではありません。それまでなんとなく、圧倒的才能を持つ二人のおまけのように扱われていたので、赤司くんが私を認めてくれたような気がして感極まったのです。素直に嬉しいと思いました。


「でも、鳶って、私にぴったりですね。地味なところとか、浅ましいところとか」


 鳶は鷹や鷲と違い残飯や動物の死骸をあさる狩猟に頼らないところがあったり、鳶が鷹を産むのような他のタカ類に比べて一段低いイメージがあるので、私にぴったりだと思いましたが、そこには皮肉も少しありました。やっぱりいつまでも私はおまけで、さつきちゃんと肩を並べられることはないんだと。勿論、赤司くんがそういう意味で言ったのではないとは思っていますけれど。

 そう考えていた私を赤司くんはなぜか驚いたような顔で見ていました。珍しい。


「まいったな、そういう風にとらえるのか。僕はみょうじを親しみやすいと思ったから、敢えて鳶を例にしたんだけど。狩猟に頼らない面は争い事を避ける性格と似ていると思ったし、鳶が鷹を産むや鳶も居ずまいから鷹に見えるとかその手のことわざは、鳶も鷹も鷲もタカ類の一種だから集合論的に言えばどちらもタカじゃないかって馬鹿にしていたし」

「…そ、ういう考え方もあるんです、ね……」

「そんなに驚くようなこと?体の大きさで区別してるんだから、僕としては鳶が鷲を産んだ方が凄いと思うし。みょうじとテツヤから敦が産まれたら凄いと思わないかい?」


 私はとてもびっくりしました。それまで私は赤司くんを、少し冷たい人だと思っていたからです。人の上に立つには冷酷さも必要だとも思っていましたが、要らないものはたとえ先輩でも切り捨てる赤司くんのことは、少し怖いと感じていました。…灰崎くんのことは、置いておくとして。

 そのことを正直に伝えると、赤司くんは一瞬目を見開き、それからすぐに年相応の少年らしい笑顔で笑いました。今日は珍しい赤司くんばかりです。けれど、これが本来の赤司くんの姿なのかなとも思いました。だとしたら彼は損をしています。

 そのことも正直に伝えると、赤司くんはますます笑って言いました。

「みょうじといると、僕は無意識に素を出せるみたいだ。勝ち負けや損得をあまり考えない。悪い気は、しないよ」

「…そう、ですか。いいこと、なんじゃ、ないでしょうか。正直赤司くんは、頑張りすぎだと思います」

「それはみょうじもだよ」


 私と赤司くんの間に暖かな空気が広がります。私は、私の知っている限りでは一番に気の置けないであろう相手に、今この瞬間、確実に気を許していたのです。

 それは、赤司くんの笑った顔が少し、さつきちゃんに似ていたからかもしれません。無邪気な笑みでした。まるでさつきちゃんが黒子くんとお話ししている時のような、可愛らしい、曇りのない笑みでした。

 思えばこの日から、私の環境が少しずつ変わっていったような気がします。それが良いことだったのか悪いことだったのか、今も渦中にいる私には判別がつきにくいのですが、この日の赤司くんとの会話がなければ、私がノートを落とさなければ、バスケ部に入部しなければ、あるいは、未来は変わっていたのではないかと…そう思うのです。

 だって、誰が考えられたでしょうか?住む世界が完全に違うと認識していた赤司くんが、私に、恋をしてしまうだなんて。





「京都、ですか?」

「そう。洛山高校、知ってるかい?」

「し、知ってます…あんな進学校、私にはレベルが高すぎます」

「でも君は僕の勝利には必要不可欠だ。何と言おうと入学してもらうよ」

「無理です…」

「僕に逆らうの?」

「赤司くんは頭がいいから、スポーツでなくても推薦がもらえると思います。でも私はあんなところ、絶対無理です」

「いいや、なまえも洛山に入る。これはもう決定したことだよ。大丈夫、君は何も心配しなくていいから」


 そう言って笑った赤司くんは、あの日に見た笑顔と同じ顔で、私はそれに絶対に抗えないのです。それを分かっていてそう笑うのですから、赤司くんはとても私のことを理解しています。

 赤司くんが強引なこと、絶対的であることにはもう慣れましたが、どうしてこうなってしまったのかは未だによく分かりません。



 あの日から、赤司くんは私によく話しかけてくれるようになりました。最初はお友達のように接していたのですが、ある時ふと、赤司くんの私と他のマネージャーへの態度の違いに気付いたのです。…いえ、少し語弊がありますね。気付いたのは青峰くんでした。お前、最近赤司と妙に仲良いな。そう指摘されて、私は自分と赤司くんの距離を見つめ直し、ある大それた結論に行き着いたのです。そしてそれが事もあろうに的中してしまったものですから、その当時の私は世界が二、三回転したような気分でした。

 赤司くんはどうして私のような、大して魅力のない女を好きになったのでしょう。直接赤司くんに聞いてみても、僕が君を好きになることは必然だった、としか返してくれないので、私はますます頭を悩ませるばかりです。


「君が桃井を好きなままでも、僕は構わない。それが恋愛感情であったとしても、だ。君が誰を愛そうが誰と付き合おうが、僕は君を愛するし、君を護ろう。最後に僕の横にいるのなら、それでいい」

「…赤司くん。自分が何を言ってるか分かっていますか?」

「もちろん。僕は自分の発言に責任を持つ男だ。…君への気持ちは一生違わないよ」


 さつきちゃんと恋人になることは不可能です。それこそ私が男として生まれ変わりでもしなければ、到底成し得ないことです。そしてこの先、さつきちゃん以外の誰も、恋愛的意味で好きになれるとは思えないのです。ならば赤司くんの要求を飲み、さつきちゃんを愛しながら赤司くんの隣で生きていくことは、私にとってはこの上なく贅沢なことなのではないかと…そう思うのです。だってさつきちゃんを好きなままの私を、その人を愛すことのない私を、それでもいいからと好きになってくれる物好きなんて、赤司くん以外にいるわけがないのですから。

 …なんて。それは理想論、わがまま、自己中心的。現実はそんなに甘くない。


「赤司くんは私と、どうなりたいのですか?傍に置いておきたいだけ?手に入って、満足したら捨てるのですか?私が、生半可なことでは自分に靡かないのを分かっているから、ゲームを攻略するように…私をクリアしたい、それだけなのではないのですか?」


 何度も何度も、しつこいほど確認するように問いかけます。私はやはり臆病な人間です。確証が欲しいのです。言うなれば言質が欲しいのです。

 そしてそんな私に、赤司くんは何度も告げるのです。あの、笑みで。


「僕を信じて。僕を恐れないで」


 私は、どうすればいいのでしょうか。これは幻想だと目を背けることも許されず。赤司くんから注がれるだけの愛を甘受するしかないのでしょうか。


「赤司くんは、愚かです…」

「どうして?」

「だって、まやかしだから…」


 ふっと笑って私の頬に触れた手は、思っていたよりもずっとかたくてざらついていて、微かに震えていて……ああ彼もまやかしなの。私と同じように、彼も。

 一瞬だけ泣きそうな顔をした赤司くんのことを、支えたいと思ってしまったのは、私がもう彼の手の内にいるからなのでしょうか。


「…叶うなら、僕を愛してほしい」


 その言葉に頷いて、近づいてくる彼を受け入れたのは、どうしてなのでしょうか。その答えを知ってるのは私だけなのに、私にはさっぱり分からないのです。分かってしまったらまやかしが現実になってしまうような気がして、分かりたくないのです。

 彼の長い睫毛を間近に、唇にぬくもりを感じながら、私は淡い思春期の初恋を手放したのでした。





偽りの恋に溺れた、







赤司ラオウ様爆誕。夢小説ならではの展開シリーズ2。着地点を見失った感あるのでなんか続くかもしれないです。
鳶目ってあまり良い意味には使わない、というか良い意味ではないんですが、まあよしとしてください。夢小説はファンタジー。ごめんなさい。
なにはともあれ桃井ちゃんのお誕生日にこの話があげられて嬉しいです。桃井ちゃんおめでとう!5月5日は激戦区だから…どうしようか…

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