「あなたが、私の最初の刀、ですか…。どうぞよろしくお願いします」


 強い力で引っ張り上げられたかと思ったら、なんだか解き放たれたように自由で。その瞬間に、様々なことを理解する。刀剣男士、付喪神、歴史修正、遡行軍…審神者。ああ、なるほどね。俺にまた、主ができる。愛してくれるだろうか。人の形を取れるようになったんだから、きっと、刀でいた時以上に愛してもらえるはず。だって俺からも、主への愛を伝えられるんだから。

 楽しみに思って、目を開けたんだ。どんな人だろうってワクワクしながら。だから、いかにも病床に伏せてますって感じの女が目の前にいて、俺は、ああまたって、そう思ったんだ。

 ああまた、俺を置いていってしまうの。




「あら加州、そんなことを思っていたのですか。心配いりませんよ、ここにいる限り私は死にません。そういう場所なのです、ここは」


 俺の中では結構な決心の末に打ち明けたことだったのに、簡単な言葉で返されてしまった。内容は、簡単ではなかったけど。

 主と初めて出会ってから数ヶ月。そこまで規模の大きくないこの本丸は、大太刀が一振り、太刀が三振り、打刀が四振り、脇差が二振り、短刀が十振りの合計二十振りで、もう満員となっていた。今のところはこれ以上増える見込みはないという。敵も、おそらくこれ以上強くはならないだろうとも。

 あの日の俺の悪い予感は当たって、やっぱり主は病弱だった。それでも審神者としての能力は高いらしく、政府からも期待をされているらしい。この小規模な本丸に太刀や大太刀がいるのがその証拠だ。審神者力が高くなければ呼べないんだと聞いた。

 貴重な強い刀を呼べる主のことを、政府は同様に貴重に考えている。本丸の規模が大きくなるかもしれない。そう言ってたのは、主の代わりに政府に報告へ行った脇差の鯰尾だった。


「でもさ、初めて会った時、主ほんとに具合悪そうでさ…俺、結構不安だったんだからね」

「あらあら、弱い主ですみませんね。でも本当に大丈夫なのです。具合は悪くなります。病にも罹ります。ですが本丸にいる限り、死にはしないのです。そういう場所なのです」


 だから大丈夫だって?本丸の規模が大きくなっても?そんなの信じられない。だって三日月さんを呼んだ時、主3日間寝込んだじゃん。江雪さんや一期さんの時も、次郎さんや厚や平野の時も、いつもより具合悪そうで一緒にご飯食べるのもできなかったじゃん。

 それなのに、また刀剣男士を呼ぶことになる大きい本丸に移っても、大丈夫だなんて。そんなの信じられるはずがないよ。


「生きるとか死ぬとかさ、そういうんじゃなくてさ、俺は……」


 遮るように、頭が抱えられる。主は小さい。身長は脇差の鯰尾と骨喰くらいだけど、なんていうか全体的に小さい印象を受ける。それは、俺をぎゅっと抱きしめるこの腕が、肩が、からだすべてが細くて細くて折れてしまいそうだからかもしれない。


「加州は優しい子です。私のような未熟な審神者の元に呼んでしまってすみませんね。健康な方でしたら、こんな心配はいらなかったのに」


 主はいつも通りの声色でそう言った。俺は悲しい。でも主は、いつも通り。それがとても、悲しい。


「ねえ、主、なまえさま、俺は、あなたが大切なんだよ。刀が感情を持つなんておかしい?でも俺は今や人の形を取る付喪神様だ。あなたを大切に思う、あなたを愛する、ただ一人の人なんだ。俺は、あなたを守るためならなんだってできるんだよ。なんだって…なんだってできるんだ…」


 やっぱり泣いてるのも俺だ。主はどんな顔をしてるだろう。さっきまで抱きしめられてたのに、今は俺が抱きしめている。だからなまえさまがどんな表情をしているか、わからない。もしかしたら静かに泣いてるかもしれないし、いつも通り微笑んでるかもしれない。

 どうしてこの人は、こんなに優しくて小さくて儚いの。目を離したら消えてしまいそうで、ずっと傍にいられたらなんて無理なことを思う。俺は刀で、神で、この人は審神者で、人間で。役目が終われば離れ離れで、俺はまた眠りについて、この人はきっと死ぬんだ。だってそういうことなんだろう、そういう場所なんだろう、ここは。


「加州、許してください。あなたと同じ時を歩めない私を、許してください。私は、あなたの主となるべきではなかった…」

「やめてよ!俺の気持ちまで否定しないで!俺はあなたを責めないし、あなたが許しを請う必要なんてない!俺は…俺は!」


 そんな顔をさせたかったわけじゃない。主にはいつも笑顔でいてほしい。その気持ちがあるから俺たちは、自らを振るって戦うことができるんだ。


「俺は、あなたを…愛したんだ…愛されたくて愛したんじゃない、愛したから愛してほしかったんだ…それは主従じゃなくて、恋愛感情だよ。俺はあなたを主としてだけじゃなく、一人の人として愛してるんだ。その気持ちをあなたに否定してほしくない。俺は、あなたのためならなんだって…」


 なんだって、できる。それは嘘じゃない。今の俺ならできる。なんだって。


「ねえ主。なまえさま。俺のすべてをなまえさまにあげる。だからなまえさまのすべてを、俺にちょうだい。ねえ俺、なんでもできるんだ。なまえさま一人を永遠に閉じ込めることぐらい、俺には簡単にできるんだ。だから、俺になまえさまちょうだい」


 ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。悲しいとか嬉しいとか、いろんな感情が混ざり合ってこの涙になってる。


「なまえさま、二人で永遠を生きよう。とっても素敵なことだよ」

 俺の言葉がなまえさまの鳥籠になればいい。鎖になればいい。俺はもう、なまえさまを主というだけには思えなくなってしまったから。

 あなたに呼び起こされて、神様になった俺だけど。俺にはね、あなたの方が神様に思えるんだ。俺にいろんなものを与えてくれたあなたは、俺の神様なんだよ。


「加州、あなたは、それで幸せなのですか?」





"Won't you stay with me"





 願いは、それだけなのに







しれっと続きます。次は大和守安定くんです。
イメージソングはセルの恋ですが沿いません。

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