その感情に名前がつくならば、それは恋である。そうでなくてはならない。

 私が友愛の情を込めて告げた感情を、強引に色恋に持って行ったあの人にとって、きっと私は…


「ごめんね、部活が忙しいんだ」

「でも私、今までだってずっと待ってたじゃない!」

「うん、でもね、俺気づいたんだ。君に待ってもらっても、君のところには帰れないって。俺はやっぱりバレーが好きだから」

「私、私は卒業しても、及川くんが私のこと見てくれるまでずっと、待ち続けられるよ!」

「…俺はそれを望まないし、正直今も、君のことを心の底から彼女だとは思ってない」


 修羅場に巻き込まれるのはこれで何度目だろう。徹くんの彼女さんに睨みつけられる。いの一番に私の存在を問わなかった辺り、今回の彼女さんはいい子だっただろうに。徹くんなんかに恋をしてしまったばかりに、彼女は美しい期間の貴重な2ヶ月を奪われてしまったのだ。しかもそれも、徹くんの馬鹿みたいな理由で。

 睨みつけられて恨みがましい目で見られたものの、最後まで私には何も言わずに泣きながら走り去って行った元彼女さんの背中が消えるのを見届けて、徹くんは口を開いた。


「どう?そろそろ俺のこと、男として意識してくれた?」


 さっきまでの冷たい目に愛想笑いとは一変して、にこにこととろけたように笑う徹くんは、本当に同一人物なのかまで怪しくなる。しかし私にとってさっきまでの徹くんの方が見慣れないので、この徹くんの方が安心感がある。


「意識するも何も、徹くんは男で、私は女だよ。それ以外として見たことはない」

「もう、そういうことじゃなくってさあ!」


 徹くん悲しい、そう言って泣き真似をする徹くんを眺めながら、何をどう間違えてこうなってしまったのか、もう何度考えたかも分からない答えを探ろうとしていた。

 出会いは小学生まで遡る。幼なじみの岩泉一に紹介されたことが始まりだった。最初は一ちゃんのバレー仲間くらいにしか思ってなかったけど、段々と及川徹という人を知っていって、私たちは友達になった。私にとって徹くんは気の合う友達で、色恋に発展するなんてありえない存在。だったんだけど、どうも徹くんにとってはそうではなかったようで。


「あーあ、一体いつになったらなまえは俺を好きになってくれるの?」

「…好きだよ。友達だからね」


 悲しそうなその顔を、見たくはないのだけど、私はどうしても徹くんの望むような関係にはなれない。嫌いじゃない、好きなんだけど、違うんだ。そもそもの、感情の種類が。


「…それでも俺はずっと一生、なまえだけを愛するよ」

「一生なんて言ったらダメだよ」

「一生。死ぬまでなまえだけ」

「…徹くん」


 好きでもない女の子と付き合ったり、挙句手酷くフったり、フられるよう仕向けたり。徹くんは最低なことをしている。けれどそれを責めることは私にはできない。


「俺がなまえを愛することは、出会った時からもう決まってたんだと思う」

「徹くん、世界は広いのよ。こんな近くに運命は転がってないの」

「俺はね、なまえ。運命を探してるんじゃない。なまえに運命と名付けたんだ。なまえが俺の運命、俺はそう決めた」


 私は徹くんに、そこまで言わせるような何かをしただろうか。これまでを辿ってみても思い当たる節なんてまったくなくて、それが余計に恐ろしく感じる。


「俺は、なまえ以外の女の子を愛するなんてできないよ。だって俺にとって女の子って、なまえだけなんだもん」


 私にとって徹くんは気の合う友達で、大切な存在には変わりないけどそれ以上になる気なんてなくて、でも…


「…私が徹くんと付き合うことにしたら、徹くんはこんなことやめてくれるの?」

「当たり前だよ。なまえには誠実でいたいからね」

「私が、徹くんを、…好きでなくても?」


 最低な質問をした。それでも徹くんは、嬉しそうににっこりと笑った。


「付き合ってからでもいいよ、なまえが俺のことを好きになるのは。友達としてじゃなく、彼氏として、たくさん愛するから。なまえが今俺のこと好きじゃなくても…俺はなまえを、俺のことを好きにさせる自信がある」


 この先、徹くん以上に私を愛してくれる人なんて現れる気がしない。徹くんと付き合えば幸せになれる気がする。友達という関係でなくなれば…もしかしたら徹くんの言うように、そう言う意味で徹くんを好きになれるかもしれない。そうなればきっとそれは、徹くんにとっても私にとっても幸せなことなんだろう。

 奥底に見える不安と違和感を無視して、差し出された手をそっと掴んだ。ああ、これでもう後戻りはできない。この手が離される日はきっと、死ぬまで…もしかしたら死んでも訪れないのかも。けれどこの生を徹くんのものにしてしまうことは、別に嫌ではない。だって種類は違っても徹くんのことは好き、なんだから。


「俺ね、理解ある優しい彼氏になるから。嫉妬はするけど程々にとどめるよ。友達との仲を邪魔するような彼氏じゃ嫌われちゃうからね。俺も、無闇に女の子と遊んだりプレゼントをもらったりするのはやめるね。もう必要ないもの」

「徹くんは…それで本当に後悔しないの?選択肢は沢山あるのに」

「選択肢なんか始めから二つしかないよ。なまえが俺のものになってくれるか、なってくれないか。まあいつだって…俺はなまえのものだけどね」


 ああ徹くんの笑顔。出会った頃と全然変わらない。この笑顔が私以外の人に向けられないのを知ったのは、いつだっただろう。徹くんはきっと初めから、私のことを友達だなんて思ってなかった。徹くんにとって私は、最初から女の子だったんだ。


「ごめんね、徹くん」

「どうしたの?なんで謝るの?」

「ごめんなさい。ずっと徹くんのこと、私……」


 涙があふれて止まらない。徹くんへの申し訳なさでいっぱいになる。ずっと徹くんを縛り付けてる。答えも出さず曖昧にして、言い訳ばかりして。その挙げ句がこれ。でもどうしていいか分からない。本当にこれでいいの?ってささやく声がする。これで…これでいいんだよ。だって徹くんが、これでいいって言ってるから。


「なまえ、泣かないで。大丈夫、これから一生、俺は幸せだから」


 笑顔。ああもう、これでいいんだ。これでいいんだ。

 徹くんの長い指が、私の頬に流れる涙を拭う。幸せだよ。私だってきっと、幸せになれる。だからもう、あんな曖昧な関係は終わりにしよう。


「徹くん、」


 徹くんの手を取って、不意打ちで口付けた。これが少しでも償いや罪滅ぼしになればいい。真っ赤な顔で笑って、ぽろりと涙を零した徹くんを、私はこれから愛していけると、ちゃんとそう思うことができた。





君の恋心を喰らい尽くそう







きっと岩泉くんは複雑な心境なんでしょうね…!こういうのはほんと夢でしか書けないので、新鮮で面白いです。

150503



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