桜が散る。本丸の大きな庭に植わる大きな桜の木は、ちょうど満開で、風が吹く度にひらひらとその身を散らせている。洗濯物についてしまうので、干す場所を考えなくては、と先ほど燭台切と話したところだった。

 世話係のなまえが確かに綺麗だとは思うけれど、掃除が大変になるな、なんておおよそ主人には知られたくないことを考えつつ縁側を歩いていると、ひときわ大きな桜の下に誰かが座っているのが見えた。


「…三日月様?」


 声をかけようとしたのではなく、漏れ出てしまった声だったが、はっとして口を押さえる。座っていたかと思った三日月は眠っていたのだ。幸いにもそれなりに深い眠りだったようで、小さな声は届いていなかった。

 春とはいえまだまだ肌寒いこの時分、いくら鍛えているといっても相手は自分をじじいと称している。刀剣であり付喪神でもある彼が風邪を引くのかは分からないが、用心しておくに越したことはないだろう。そう結論付けて、なまえは手に持っていた洗いたての薄手の毛布を三日月にかけてやることにした。

 外履きの草履を履き、三日月を起こさないように慎重に庭に降りて足を進める。今日はあまり日当たりも良くないのにうたた寝してしまうなんて、疲労がたまっているのだろうか。戦事に関して発言権を持たない身ではあるが、もしそうならばどうにか休ませてあげることはできないだろうか、となまえは思った。主人である審神者のことだ、彼らにそんな無茶を強いるとは考えにくいが、相手が自称じじいである。

 足音を立てないようそろりと三日月の前に立つ。よく眠っているようで、すうすうと穏やかな寝息が聞こえた。


「(綺麗…)」


 天下五剣の一振りで、最も美しいとされる彼は、付喪神となり肉体を手に入れてもなお美しかった。長い睫毛、すっと通った鼻筋、つるりとした肌。作り物のようで、生きているのか心配になる。綺麗なお着物の胸が上下しているし、寝息も聞こえるから、生きているのだろうけれど、と不思議な気持ちになった。

 そっとしゃがんで近付く。満開の桜の下で寝ているため、桜の花弁が何枚も三日月の上に落ちている。毛布をかける前にそれを払ってやろうと手を伸ばすと、その手をぐっと引かれた。


「きゃあ!?」


 軽く引かれただけであったが完全に想定外のことであったため、体勢を崩して三日月に倒れ込んでしまった。手を掴まれたまま、頭を三日月の首元に導かれる。ふわりと品のあるお香のかおりがして、どきりとする。抱きしめられているようだ、と考えて、自分が顔に熱を持っていることに気付いた。


「三日月様!」


 起こしてしまうだろうか、という先ほどまでの考えを払拭し、語気を強めて名前を呼ぶ。ふざけているのだろうか、からかっているのだろうか、恥ずかしいから離してほしい、などと様々なことを目まぐるしく考える。控えめにもがいてみるがびくりともしない。それでも何とか抜け出すべく胸を押してみると、頭上から微かな笑い声が漏れた。


「くく、」

「三日月様!!」


 すまない、と言いながらも全身を震わせて笑う三日月のせいで自分の体も揺れるのを感じながら、怒りと羞恥で赤い顔を鎮めることもできないまま、抗議すべく顔をあげた。すると思っていた以上に距離が近く、整った顔が目の前にあるではないか。熱い頬が一層熱くなる。愉快そうに目を三日月に細めてこちらを見遣るその視線が存外に柔らかく、肩透かしを食らってしまった。


「すまんすまん、なにやら熱い視線を感じたものでな。期待に応えようと」

「悪ふざけは鶴丸様だけで十分です…」

「なに、感謝の気持ちを込めて抱きしめてやっただけだ。じじいからのお礼だな」

「あなたはご自身をまるで高齢のようにおっしゃられますが、見た目はお若いんですよ?それにお顔だってお綺麗です。軽々しくこういったことをなさらないでください」


 つんとした物言いには理由があった。なまえは審神者を筆頭に、この本丸に住まう者の世話をする世話係である。言うなればこの場で一番の下っ端の身。加えて何の力も持たない、ただの人間。そのただの人間である自分が、仕える立場にある刀剣男士に恋でもしてしまったら。辛いのは火を見るよりも明らかだった。


「軽々しくやったつもりはない。綺麗だと言ってくれるこの姿で、お前を拐かしたかったんだ」


 恋だけはしないように。心だけは奪われないように。三日月を一目見たときから、そう決めていた。言い聞かせていたのに。それは既に恋をしてしまったからだと、心を与えてしまったからだと、なまえは気づいていなかった。気づきたくなかった。

 その名の通り三日月をたたえた瞳が、情熱的に、そして優しく自分を写していることを悟って、これまでの決意など全くちっぽけなものであったことを思い知らされた。もう逃げられない。視線をも囚われたまま、口を開く。


「三日月様、ずっと、お慕い申しております…」


 その口も、すぐに塞がれてしまったのだけれど。





さくら、さくら、はなざかり







桜の景趣入手記念。ロイヤルミルクティー蛍がきません。当然虎徹もきません。おじいちゃんと狐はきました。おじいちゃん入手記念でもいいかもです。狐入手記念もなんか書きたいです。
おじいちゃんと桜、合いますね。でも夜桜の方が合うと思います。時間帯で変わったりするといいですね。
お世話係主は連載考えてます。この子とはちょっと性格違うんですけど、そっちは多分恋愛要素薄いです。

150415



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