※読んだ後に居た堪れない気分になること請け負い 幸せになれるのはひとりだけだよ。 私とあの人の関係は、なんのことはないただの同じ学校の同級生。この学校を受けていなかったら、この近くに住んでいなかったら、同じ年代に産まれていなかったら、出会えてはいなかった。そうみればすごく運命的な気がするけど、そんな人は生徒の数だけいるし、どちらかが転校したらそれまで。連絡を取り合うほど仲良くないし、名前を覚えてもらっているほど認識されてはいない。私とあの人の関係は、紙よりも薄っぺらで塵よりも小さい希薄なものだ。吹けば飛んでなくなってしまう、そんな不安定で不確定で不明瞭であるのか疑ってしまうほど透明な関係。関係ないくらいの関係。 その状況をどうにかしたくないのかと問われれば、きっと私はこのままでいいと答えるだろう。不満がないのかと問われればあるし、満足しているのかと問われればそんなはずはないと答えるだろうけど。ただ私は、少し近づいたってたかが知れてるだろうし、その上で認識されてないなんてことになったり嫌な印象を持たれるよりは接触しないほうが余程いいと思う。ましてやなにかの拍子にこの気持ちに感付かれ、告白してもいないのに振られたなんてことになったら傷つくどころの話ではない。女子中学生が飛び降り自殺、原因は同級生に振られたため――なんて物騒なニュースの群れに陳列されるのはごめんだ。ちゃんと告白して振られたならともかく、そんなのいい笑い物だろう。それにそうだとしたなら自殺とかしない。そもそもがそんな勇気なんてないのだから。だからきっと、意識しなければ会うこともないようなこのくらいの距離が、私には調度いいんだ。 「お前は欲がねーな」 「そんなことないよ、欲だらけ。でもあんまりいっぱいだとキャパオーバーしちゃうし」 だからお前は欲がないんだ。呆れるように諦めるように、私と関係のある関係を持つ彼はため息を吐いて言った。いとこにして幼なじみという切っても切れない間柄の彼とは、友達というよりは兄弟のような感覚である。小さい頃から、それこそ家族のように一緒にいた。思春期真っ只中の今だって良好すぎるお付き合いをしているし、思うほど周りはとやかく言ってこない。小学生の時に一度からかわれたけど、彼はそのからかった人に向かってなんでもないという風に、『幼なじみだしいとこだし、仲良いのは当たり前だろ』と言ってのけたせいもあるからだろうか。そんな私と関係のありすぎる彼は、辺見渡という。あの人とは部活仲間でチームメイトで、関係のある関係を持っている。羨ましくないこともない、つまり少し羨ましい。 「話し掛けてみれば?」 「いや、無理…そんな勇気ないし、大体話題がないよ」 「話題ってお前…今日の天気とかそんなんで良いんじゃねーの」 「渡だったらそれで良いかもしんないけど、しがない同級生Dの私には無理だよ」 いや、もっと下のPくらいかも。それかアルファベットのギリギリの個性すらもない、ただの同級生。それでも別に近づきたいとは思わない。同じクラスになりたいくらいは思うけど。 「お前、やっぱ欲ねーよ」 深いため息を吐いて言った彼に苦笑する。幸せ減るよ。お前のせいだと言われそうだから黙っておくけど。 そうしてこうして私とあの人の間にはこれからもこれまでも何もなく、ただ日々だけが過ぎてこの思いもいつか薄れてなくなってしまうんだと思っていた。思っていたのだけれど、現実はそんなに甘くなかった。いや、もっと現実が厳しかったなら、私の思いはそのままだったのだろう。 好きだと言われた。誰に?目の前の人に。知っている人?ええ、彼は渡の部活仲間でチームメイトで関係のある関係を持っている人だから。接点は?私と彼の関係は、なんのことはないただの同じ学校の同級生。この学校を受けていなかったら、この近くに住んでいなかったら、同じ年代に産まれていなかったら、出会えてはいなかった。そうみればすごく運命的な気がするけど、そんな人は生徒の数だけいるし、どちらかが転校したらそれまで。連絡を取り合うほど仲良くないし、名前を覚えてもらっているほど認識されてはいないはずだった。私と彼の関係は、紙よりも薄っぺらで塵よりも小さい希薄なもの。吹けば飛んでなくなってしまう、そんな不安定で不確定で不明瞭であるのか疑ってしまうほど透明な関係。関係ないくらいの関係。意識しなければ会うこともないような距離。だった、はずなのに。 昼休みの中庭なんてベタなシチュエーションで私に好きと言った目の前の彼は、あの人とも関係のある関係を持つ人だった。 「あ、えーっと、俺、佐久間次郎。A組で、みょうじさんのいとこの辺見と同じサッカー部なんだけど」 知ってる。あの人と同じA組であの人と同じサッカー部で、参謀って呼ばれててあの人に信頼されてるんでしょ。知ってるわ、あの人に関わることだもの。 「辺見と話してるの見て可愛い子だなって思って、それから気になりだして。係りじゃないのに教科担当に頼まれたからって、うちのクラスに教材を持ってきたことあったろ?それで、みょうじさんて優しいんだなって、そうやって見てたら好きになってたんだ」 彼が話す私のあれこれは、どれもあの人を一目見たいという下心あっての行動だった。教材を持っていったのはあの人のクラスだったから、花壇に水をやっていたのはあの人がその花を見ていたから、担当区域じゃないとこを掃除してたのはあの人が汚れているのを見て不快な顔をしていたから、他のあれもこれもそれもどれも全部、あの人が。 その日から私はあの人に、友人の好きな人という認識を持たれることになった。 「お、おはよう、みょうじさん!」 「おはよう、佐久間くん。…鬼道くんも」 「ああ、おはよう」 「あのさ、今日いっしょに昼食べないか?俺、昼になったら迎えに行くから」 「うん、いいよ。…あ、でも四限目体育だから、私が行くね」 「う、あ、わ、分かった!」 佐久間くんからの告白は、まずはお友達からということで丸く治まった。私自身いくらあの人が好きだからといって、他人から向けられる好意を無下にはできない。それにもしこれで佐久間くんを好きになれたら、きっとそれが一番良いから。だから私は佐久間くんを好きになる努力をした。そして今きっと多分、私は佐久間くんに恋愛感情を抱いている、と思う。告白されてからの三ヶ月で、彼の素敵なところ、優しいところ、私を真剣に好いてくれているところ、他にもいっぱいの良いところを知ったから。馬鹿みたいに単純だ。 「あ!俺、今日日直だったんだ!ごめん二人とも、先に行く!」 今思い出したのか、佐久間くんは慌てたように早口にそう告げると、下駄箱までの約五十メートルを全力でかけていった。流石サッカー部といった見事な走りで、返事をしようと口を開いたときにはもう既に姿は見えなくなっていた。それがなんだか可笑しくて苦笑すると、隣からも控え目に笑い声が聞こえる。鬼道くんはひとしきり笑った後、俺たちはゆっくり行こうと言って歩きだした。 「…鬼道くん」 「なんだ?」 「いい天気だね」 「ああ、絶好のサッカー日和だ」 以前の私にこの勇気があれば。なんて馬鹿みたいだ。彼は私が友達の好きな人だから話してくれているのに。 サッカー部の練習を見学して、帰りは当然に渡と一緒になる。佐久間くんとは学校を出て逆方向のため、一緒に下校したことはない。いつもと同じ道をいつもと同じように歩いていると、隣を歩いていた渡が突然に立ち止まった。反射的に私も立ち止まり、斜め後ろにいる渡を振り返ると、渡は眉間に皺を刻んで思い詰めたような深刻な顔をしていた。 「なあなまえ」 数秒の後に、意を決したように口を開く。声は存外に重々しいものだった。十四年一緒にいて、数えるほどしか聞いたことがない。真剣な話だ。そしてそんな話の心当たりは、私には一つしかなかった。 「なに?」 「お前結局、どうすんだよ」 「…どうしようか」 佐久間くんのことは好きだと思う。勿論恋愛感情で。じゃあ鬼道くんは?正直なところ、私には分からなかった。分からないなら悪いことは言わない、佐久間にしとけ。あいつはお前のことが好きで好きで仕方ないんだよ。頭にぽんと手を置いてそう言った渡は、なぜか複雑そうな顔をしていた。私には分からなかった。 それから二週間、悩みに悩んで私は漸く答えを出した。長いこと先伸ばしにしていた返事をすれば、佐久間くんはとても喜んでくれた。これでよかった、これが正しかったんだ。私と佐久間くんは付き合い始めた。 それから更に三日後、放課後に委員の仕事である石鹸水を校庭の水道に補充していると、鬼道くんがやってきた。汗がすごい、水浴びでもしに来たのだろうか。前よりぐんと距離が近くなったとはいえ、彼を目の前にするとどうも緊張してしまう。佐久間くんに対して少し後ろめたくなって、できうる限り平静を装った。彼は私のことを、友達の彼女としか見ていないんだから。そしてそれ以上も以下も、あってはいけないんだから。 あとタンクは二つ、というところで鬼道くんが口を開いた。なんだろう、佐久間くんからの伝言とか?そうだったらどんなによかったか。世界が私にもっと厳しければよかったのに。 「佐久間と、付き合うことにしたんだな。おめでとう」 「うん、…ありがとう」 「………。今更こんなことを言うのは、場違いだと思うんだが、」 世界は残酷だ。 「俺もずっと、みょうじが好きだったよ。佐久間よりもずっとずっと前からな」 世界は無情だ。 悪い、忘れてくれとだけ残して去っていったあの人の背中が、淋しそうに笑った顔が、激情を秘めた声が。私の中から消えることは遂になかった。 告白 辺見くんが結構好き 報われすぎた故のバッドエンドでした 110730 ↓叱咤お願いします |