※そこはかとなく偽物と捏造


「明王くん、赤ちゃんができました」


 帰ってきて一番にそう告げた彼女は、緊張しているというよりは絶望したような面持ちだった。普段くるくる動くその表情が、今は硬い。俺が堕ろせとか、俺の子かよとか、面倒だから別れようとか、そういった類のことを言いだすとでも思ってんだろーか。信用ねぇの。

 今までそういう話をしたことはなかったし、子供なんて産んでも産まなくても一生を左右する問題だ。女にとっては殊更に。だから慎重に不安になるのも分かる。けどこの俺が、なんにも考えなしにお前に手ェ付けたわけねーだろうが。


「じゃ、結婚すっか」

「……え?」

「結婚。丁度いいだろ。次のシーズンにはお前を連れていこうと思ってたしな」


 次のシーズンで鬼道くんの穴を埋めるべくイタリアリーグに移籍することが決まってた俺は、オフの期間を無理言って9月の開幕ギリギリまで延ばしてもらっていた。さすがはイタリア男、「嫁を捕まえて戻ってくる」と言ったらいい笑顔で送り出してくれた。だから彼女の妊娠は、俺にとっちゃこの上なく都合のいい展開だったわけだ。


「5月のさ、決勝観に来たとき、生でしたじゃん。そん時の子だろ?そろそろだと思ってたけど、ちゃんと育ってたんだな」

「……もしかして、計算してたってこと…?」

「まーな。いい加減ひとりでこっち置いとくのも不安でさァ、もう6年だぜ?浮気しねーかハラハラしてたっつーの」

「そんな、浮気なんてするはずない…明王くんだってドイツでモデルさんと噂あったくせに」

「あれはチームメイトの彼女だったって報道あったし、ちゃんと電話したじゃん」

「でも、でもだってあたし、明王くんは…」


子供が嫌いなんだって、思ってた。


 十年前、FFIで俺の過去を知った時、こいつは泣いていた。その時の俺はその涙を同情の涙だと思い、無性に癪に障り煩わしく感じた。まあそれは、なまえの海より深い俺への思いも知って解決したんだけど。

 それがきっかけで付き合うようになって、俺は色んなことをなまえに話した。俺はとにかく借金を残して姿を消した父親が信じられなくて大嫌いで、だからあんな風にはなりたくないだとか、自分もガキのくせにガキは嫌いだとか、そんなことを。そして、将来、父親になれる自身がないだとか、家庭を持つことが怖いだとか、そんなことを。こいつはそれを、恐らく覚えている。


「なまえちゃん、ばかだなァ。俺が信じられない?」

「…信じてるよ」

「ん、じゃあいいじゃん。それとも、俺と結婚すんのは嫌?俺のガキ産むのは嫌?」

「ううん、明王くんと結婚して、明王くんの赤ちゃん産みたい」

「ならいいじゃん」

「明王くんはそれでいいの、あたしと結婚して、お父さんになってもいいの?」


 疑り深いなまえの頭を一撫でして、華奢な体を腕に閉じ込める。いいから早く、これが俺のものなんだという証をくれ。俺を安心させてくれよ。

 頬に一つ口づけをして、潤んだ瞳と目を合わせる。アー可愛い顔が台無しだっつーの。でもそんな顔も可愛いと思っちまうくらい、お前に惚れてんだぜ?分かってんのか?


「分かってねーなァ。俺はお前とならとっくに、そうなる覚悟も準備もできてんだよ。家族になろう。頷くだけでいい。そしたら俺、幸せだから」


 俺を幸せにしてよ。ぎゅっと腕に力を込める。二人分の体温が心地いい、だなんて気が早すぎるか。腕の中でぼろぼろ泣きじゃくりながら何度も頷くなまえに、ありがとうと一つ呟いて、気付かれないように俺も涙を流した。


「明日の一面はいただきだなー」

「円堂くんが結婚した時もすごかったもんね」

「俺らなんか赤ちゃんいるから、きっともっとすげえぞ」

「発表する前に、みんなに報告しないと」

「だな。でも今はもう少し、こうしていよう。3人でさ」







結局そのまま寝ちゃって次の日の朝刊に間に合わず、その次の日の一面を飾ったようです。
一昨年の不動の日(2/10)に合わせて書き始めたんですが、去年にも間に合わず、今年のこの日のためにとっておきました。忘れてHDの肥やしになったり、行方不明になってたりしてなくて心底ほっとしてます。

20150210



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