※宗像家捏造
※愛称のところにお名前をカタカナで入れてください。そうですアンナちゃん用です。
八田美咲という男の続き





 報せはあまりにも唐突なもので、それを噛み砕いて受け入れるまでには1日という時間を要した。長いのか短いのか、知り合いを亡くしたことがない私にはよく分からなかったけど、街を歩いて、目撃情報が多かった場所を探して、件の現場に行って、バーを訪ねて。あの日、私が不躾に訪れたあの日、邪険にすることもなく助け舟をくれた。吠舞羅はこの人がいるからちゃんとやってけてるのかなって感じた。ムードメーカーで穏やかで人を和ませて、そんな雰囲気を持った人だった。そして最後に私に、心の距離を縮めてくれた。あの時聞こえた彼の声が、頭の中で何度も繰り返される。


『君は優しい子だね』


 私は、優しくなんかない。それをついに弁解できなかったことで、私は一層ずるい人間になった気がした。そう感じてようやく、本当にいなくなってしまったんだと理解した。


「…十束さんの遺品って、ありますか。なんでもいいです、生前十束さんが使っていたもの」

「……そこに、ごちゃっと色んなもんがあるやろ。それ、みんな十束の趣味のもんや」


 そこ、と草薙さんに示された場所を見る。あの日と同じ、統一感のないディスプレイだ。ギター、古い映写機、版画、盆栽……資料で多趣味と書いてあった。こうやって形に残っていない趣味も、たくさんあったのかな。今ではもう分からない。


「一番長いこと続いてたんは、ギターと映写機やな」


 懐かしむような声で言う草薙さん。きっと十束さんと共通の思い出が、そのギターと映写機にあるんだと思う。かすかに感じる、胸が締めつけられるほどの懐かしさと愛おしさは、草薙さんから感じているのか、それともこの場所が私に語りかけているのか。

 十束さんの思いに踏み込むのは躊躇われたけれど、私はやっぱりずるい人間で、自己満足を満たしたかった。自己欺瞞と思うことは、傲慢かな。


「草薙さん、これ、触ってもいいですか?」

「…ええよ」


 草薙さんは大事に扱えと言わなかった。優しい人というのは私じゃなく、草薙さんや十束さんみたいな人のことを言うんだと思う。相手の気持ちなんて、私にはそこまで考えられない。聞こえるくせに、考えられないんだ。それをまだ子供だから、で片付けていいわけがないことは、一番私が分かっている。

 映写機は思い出に押しつぶされそうな気がして、ギターを慎重に手に取った。途端、流れ込んでくるギターと十束さんの思い出。残留思念とは少し違うけど、私は触れたものの記憶を読み取れる。それは持ち主の思考が聞こえた場合に限るけれど。人の心の声を聞く条件は今重要じゃないから割愛。十束さんはこのギターでオリジナルソングを作って披露してたらしい。この場所…あの日も十束さんが座っていた席で。

 記憶と同じ席に座り、右足を組んでギターを構える。足を組むことなんて滅多にしないし、ギターなんて弾いたこともなければ持ち方だって知らない。視界の端に焦ったような草薙さんが見えたけど、それ以上に焦ってるのは私だ。意思とは別に、体が勝手に動く。


「ちょ、」
「──幾千もの交差する道で 僕らは出逢えた」


 勝手に手が弦を押さえて動きだし、知らない歌が口から零れ出す。これが、十束さんの作った歌…?
 吠舞羅の仲間のことを思って作って、この場所で披露された歌。普通はこんな風に、思い出に体が支配されることはない。多分このギターの思い出がこの場所で最も色濃く残っているから起きた現象だと思う。自分が自分でないみたいで、今の私は完全に一人の観客だった。だって自分が歌ってると思えないくらい上手いんだもん。


「どうか永久に続きますように──」


 なんと、ワンコーラス歌ってしまった。二番?二番行く?二番行っちゃう?ここでは披露してないみたいだけど二番歌っちゃうのねえ、


「──いつものように変わらない街で いつもの笑顔が」


 歌っちゃったかー!諦めた。ギターくんの好きにさせてあげよう。奏でてくれるご主人様がいなくて淋しいのは、無機物だって同じだ。仲間のことを思ってこんな歌を作っちゃうご主人様といたんだから、それも頷ける。本当に、好きだったんだろうな、この場所も、吠舞羅の人たちも、趣味のことも、全部を。本当に、優しい人っていうのは貴方みたいな人を言うんだよ、十束さん。


「いつかきっと巡り会えるから──」


 はー、ついに歌い切ってしまった。羞恥からギターを抱えたまま顔を覆う。草薙さんの顔が見れない。どう思っただろう、いきなり来て、いきなり遺品触って、いきなり歌い出して。十束さんとの思い出を邪魔するようなことをした。途中からは私の意思じゃないとはいえ、恥ずかしい。覆った手が濡れてる。私、泣いてる。悲しかったのか、恥ずかしいのか、これはなんの涙だろう。いつから泣いてたんだろう。歌いながら?恥ずかしい。


「なあ、それ…」

「ごめんなさい!私、ストレインなんです!」


 限界を超えてどうしようもなくなった私の言い訳は、秘密にしておくよう言われていた能力をバラすことだった。だってそれ以外に思いつかなかった、なんて、酷く自分勝手だ。自己防衛能力の高さに呆れる。ずるい。

 と、そういえば、私がストレインだと叫ぶ前、聞こえた声は草薙さんのものではなかった気がする。私がこのバーに来た時は、2階は知らないけど1階には草薙さんしかいなかった。薄暗い店内でひとり、ぽつりと佇んでいて…今思えば私、本当に邪魔だっただろうな。さっき声をかけられたのも、責められると思って自分を守ることしか考えてなかった。本当に、つくづく…


『大丈夫だよ』

「顔、上げて」

「……アンナちゃん」

「私は、Nick nameの歌、聞けて…よかったよ。タタラの歌、好きだったから」

「でも、私っ、十束さんとの思い出を、ふみにじっ、た」

「そんなことない。タタラが生きた証が、Nick nameの能力と、共鳴した。Nick nameが優しい人なの、分かる」

「私はっ!…私は…優しくなんか、ないんだよ…いつだって自分のことしか、考えてない」

「私は、Nick nameのこと、優しい人だと思う。Nick nameが分かるように、私も分かるから。私は私の判断で、Nick nameは優しい人だと思う」


 こんな小さい子に慰められて、私は何をやってるんだろう。アンナちゃんの心の声が聞こえる。私を信じてと、それだけ言っている。優しい子。私にはやっぱり、自分が優しいだなんて思えないよ。


「ありがとう、アンナちゃん。おかげで落ち着いたよ」


 心配をかけないように微笑んで、髪型と帽子が崩れないようにアンナちゃんの頭を撫でる。私を気遣ってくれているのが読み取れる。私の思いも、アンナちゃんには分かってしまっているだろう。ごめんね。


「ごめんなさい。私の能力も感応能力で、アンナちゃんと似ているんですけど、私は…ある条件を満たした人の思考が分かったり、その人の持ち物の思い出が読み取れたり…他にもあるんですけど、基本的にそういうことができます」


 落ち着いて辺りを見渡すと、草薙さんとアンナちゃんだけでなく、赤の王様と八田くんもいた。なんでこんな都合よく。そういえば私が叫ぶ前に聞こえた声は、八田くんの声だったかもしれない。…一体いつからいたんだろう。恥ずかしい。


「読み取るゆうても、あれは聞いて真似るとかそんなレベルちゃうかったで?」

「あれは…私にも予想外で。あんな風に体を支配されたのは初めてです。多分このギターと十束さんにとってこの場所が一番思いの強い場所だから、それを私の体を借りて主張したかったんだと思います」


 詳しいことは私にも分からないので首を振った。このまま持っていてまた支配されても困るので、ギターを元の場所に戻すために立ち上がろうとすると、前に誰かが立ち塞がった。アンナちゃん、はこんなに大きくないし…って、視界に入る服装でもう誰だかは分かってるんだけど。


「…あの、何か…?」

「俺の心が読めるか」

「え?」

「おい尊、そんな急に」

「俺の心が、読めるか」


 赤の王様ご乱心…?そう思ったけど口に出すのは憚られる。触らぬ王に祟りなし。私は正直に、無理ですと答えた。


「…そうか」

「そういえば、ある条件を満たした人って言っとったな。どんな条件なん?」

「あー、えーっと…」


 有無を言わせず聞いてきた割には関心なさげに食い下がる赤の王様。フォローするように草薙さんがそう問いかけてきた、けど。

 元々私がストレインであることも隠すようにと言われていた。それをよりによってこの人たちにバラしてしまった挙句、詳細まで知られるなんてことになったら…私は別にいいけど、礼ちゃんは怒るだろうなあ。でもこの状況で隠し続けるのって、ちょっとあれかも。

 どんなに居心地がよくてもここは敵の本拠地で、赤のクランはその性質に暴力を携える。つまり、手段を選ばないかも…ってこと。もちろんこの人たちがそんなことをするだなんて信じたくはないのだけれど、否定もできなければ完全に私は大丈夫だって保証もない。対立してる青の王の身内だし、例えば人質だったら、私以上に適した人材はいないと思う。といっても実際そんなことになったら、礼ちゃんはきっと私を切り捨てるんだろうけど。身内だからこそ切り捨てられるんじゃないかな。あの家に名を連ねた時からそういう覚悟はできてる。…まあ今は、関係のない話だけど。


「お邪魔させていただいてる上に、あんなことまでしてしまいましたから。…お詫びに教えますけど、絶対に青の王様には言わないでくださいね?怒られちゃうので」


 草薙さんが頷いたのを確認して、ひとつ深呼吸する。猿比古は知らない、私の秘密。


「私が心を読めるのは、私に心を許した人と、触れた人です。前者は心を閉ざすまで、後者は接触がなくなるまでの期間に限ります」


 今、私が聞こえるのはアンナちゃんの心と、十束さんがこの場所に残した思いだけです。他には何も。

 そう告げると、草薙さんは難しそうな顔をした。理解できてないわけではないと思う。草薙さんが引っかかってるのはきっと、十束さんのことだ。十束さんが私に心を許した、その事実が、草薙さんを悩ませている。無理もない。私は元仲間の猿比古とはわけが違う。

 草薙さんが頭脳労働をする一方で、赤の王様は再び私に近づいて立ちはだかった。身構える私を物ともせず、無遠慮に右手首を掴む。そのことを認識するよりも早く、赤の王様の心が聞こえてきた。


「俺の心が読めるか」

「尊さん!?何してんすか!?」

「尊、手荒い真似はしなや」

「読めるのか」


 気怠げな、それでいて眼力は強く、相手に異を唱えさせない圧倒的な支配力。礼ちゃんとは正反対に見えるのに、どこか似ている。不思議な人、たち。


「………今日の夜はカツ丼が食べたい」


 もう一つ、聞こえた声は伏せた。まさかそんなことを考えているなんて、私の口から言っていいわけがない。

 あり得ないものを見るような目で自分の王を見る八田くんと草薙さんを視界にも入れず、赤の王様は口端を上げて笑ってみせた。悪役みたい。


「合格だ」


 一体何の適性診断に通ったのか…。その答えは少し後で知ることになる。赤の王様に掴まれていない方の手をぎゅっと握って、アンナちゃんが励ましてくれた。

 これからどうすればいいのか、どうなってしまうのか。私には何も分からないけど、礼ちゃんに怒られている未来が簡単に予想できてしまって憂鬱になった。




草薙出雲という男に続く



説明回。次からアニメ本編入ります、多分。終わるの次かその次とか言ってましたが、もっと長くなりますね。次こそは宗像さん出します。
それにしても上司の許嫁(年下)にどう接していいかよく分からない青服連中がわたわたする話が書きたかったはずだったのにどうして吠舞羅ばかり出てくるんだ…?

140815



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