「橘くん、好きです」


 隣のクラスのみょうじさんに告白されたのは、三学期ももうすぐ終わる3月始めのことだった。登校してきてすぐに下駄箱にそっと置かれていた手紙を見てから、指定された昼休みまでの間はずっとそわそわしっぱなしで、ハルにはすぐに様子がおかしいとバレてしまった。からかったりはされなかったけど面白いものを見たようにふっと笑われて、今も思い出すとすごく恥ずかしくなる。

 手紙をくれたみょうじさんは隣のクラスで、友達がよく可愛いって言ってる子。確かに可愛いと思うし、学級委員をやってることから頭も良くて人望もあるんだろうなっていうのが、違うクラスの俺でも分かる。恋愛とかはまだよく分からないし、年相応の興味もあるにはあるけど相手もいないし、気になる子もいないし、健全な男子高校生として枯れた生活を送ってる俺に、昼休みに校舎裏なんて期待させるような手紙を出したみょうじさんは、はっきり言って高嶺の花。そんな子がまさか、告白なんてことは……と、思ってたんだけど。


「え…っと。その…」

「私のこと、嫌い?」

「いやっ、そんな…!」

「じゃあ好き?」


 どちらかと言われればもちろん好感を持ってる。けど、この場合みょうじさんの求める好きと俺が現時点で持っている好意は別物だと思う。

 目の前で真剣な表情をして俺を見つめるみょうじさんは遠くから見るよりもずっと可愛くて、つい首を縦に降りそうになるけど、それはお互いのためにも良くない…ような気がする。真剣に告白してくれてるんだから、俺も真摯に受け止めて考えて返すべきだ。とりあえず今日のところは時間をもらって、じっくり考えたい。


「あの…さ、まだ俺、みょうじさんのことあんまり知らないし、よく考えて返事したいなって」

「ううん、そんなに考えなくてもいいの。ただ私、橘くんに……」


 思いを伝えたかっただけとか、そういう話だったのかな、と思った。ホッとしたような勿体無いような気分になったけど、みょうじさんが納得できる形ならそれが一番だと思うから。

 …まあ全然、違ったわけなんだけどね。


「私、橘くんに嫌われたいの」


 俺は目の前が一瞬、真っ白になるのを感じた。


「………は、あ、え…え?っと?」

「だから、私、橘くんに嫌われたいの。ねえ、私のこと嫌ってよ」


 にこにこと可愛い笑顔で言われて、俺はもうわけが分からなかった。好きだって言われて、付き合ってくださいって言われるならまだしも、嫌いになってくださいって。どういうことなの!?

 悲しいかな、16年生きてきて交際経験のない俺には女心が分からない。妹はいるけどまだ小学校低学年で、俺にしてみれば年の離れた可愛い妹ってだけだし。今まで好きな子の一人や二人、そりゃいたけど……思春期反抗期真っ只中の中学生にこここ告白とかそんな大胆なことができるわけもなく!部活辞めてからは接する人が結構限られてきて、クラスの女子とはまあ普通に話すけど…みたいなそんな感じで、そもそもやっぱり今は色恋よりも友達とわいわいやってる方が楽しいっていうか!とにかく!

 落ち着こう、俺。状況把握だ。これはよくある「押してダメなら引いてみろ」みたいなそういうことをされてる?もしそうなら効果抜群だよ!俺今みょうじさんのこと、すごく気になってる!違う意味で!


「あのねえ、橘くん。私、少しおかしいみたいなの」

「え!え、えーっと…うん、そう…だね」

「私橘くんのこと、好きなのよ?大好きなの。でもね、私、大好きな大好きな橘くんに、私のこと、嫌いになって欲しくてたまらないの」


 私のこと嫌いになって、憎んで、できたら傷つけて欲しいなあ。

 なんて、それはそれはとっても可愛い笑顔で言ったみょうじさんを、俺はどうやら好きになってしまったようで。嫌いになってという魔性の言葉に心臓を鷲掴まれたんだろう、と思う。


「…俺、みょうじさんのこと、嫌いになれないよ」

「どうして?」

「だって、好きになっちゃった」


 そう正直に言うとみょうじさんは面食らった顔をして、そして頬を微かに赤く染めた。可愛い。

 嫌いになって欲しいっていうのはただの保身だったんじゃないかな。悪い返事をもらうくらいなら…っていう。きっとこれでみょうじさんも目が覚めて、俺は晴れてリア充の仲間入り!人生初彼女がこんなに美人で可愛い女の子だなんて俺って


「き、嫌いになってくれるまで諦めないからっ!」


 幸せ者だなあってあれ…?



「橘くん、おはよう」

「おはよう、みょうじさん」

「今日こそは私を嫌いになってくれた?」

「ううん、今日も俺はみょうじさんが好きだよ」

「…なあんだ。どうしたら嫌いになってくれるの?」

「そうだなあ。俺、甘いもの苦手なんだよね。特にチョコ。苦手なものを無理矢理食べさせられたら、嫌いになっちゃうかも」

「…橘くんの嘘つき。私、橘くんがチョコレート好きなの知ってるんだから」

「どうして知ってるの?俺のこと」

「………だから」

「え、なに?聞こえなかった」

「〜〜〜っ!好き!だから!」

「うん。俺も、好きだよ」

「もうイヤ!橘くんキライ!」

「………あーあ、行っちゃった」

「…お前、真琴か?」

「どうしたのハル、俺が俺以外の何かに見える?」

「…真琴っぽくない」

「そうかな?」


 あまり関わりたくないとでも言うように、ふいと視線をそらすハルに苦笑が漏れる。仕方ないね。俺のことが大好きで仕方ないみょうじさんを、俺も大好きで仕方ないんだからさ。







なんかまこちゃん軽い。1年生の時の話にしたのは、シリーズでも書こうかと思ってたからです。

140815



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