※宗像家捏造
伏見猿比古という男の続き





「こんにちはー…」


 少し重たい扉を両手で引いて開ける。慣れない煩さの店内にからん、とベルが鳴った。


「すんません、まだ時間が──って、あんた…」

「ごめんなさい。ちょっと八田くんに用があって」


 バーなんて初めて来た。物珍しさから、あちこちをきょろきょろ見てしまう。ギター、古い映写機、版画、盆栽……なんというか統一感がない。こんなものなのだろうか。

 お目当ての人は入り口近くのソファに座って、驚いた顔をして私を見ていた。そこが彼の定位置なのだろうか。完全なアウェイを感じつつも、そんなことで引き下がる私ではない。世理ちゃんよく何回も来れるよ。


「八田くん、久しぶり」

「えっ!?おっ、おう…」

「突然ごめんね。猿比古のことでちょっと話したくて、来たの」


 手短に終わらせてしまおうと話を切り出す。猿比古の名前を出した途端、八田くんの表情が強張った。根が深そうだなあ。猿比古、何したんだろ。

 ふい、と八田くんが私から目を逸らす。猿比古のことを思い出してるのかな。顔は険しいまま、じっと床を睨んでる。眉間のしわぐりぐりして伸ばしたい。猿比古によくやって怒られたっけ。礼ちゃんは私の前だとあまり難しい顔しないからちょっとつまらない。はあ、この膠着状態いつまで続くんだろう?


「あー…とりあえず、二人でカウンター座ったらどうかな?八田、女の子の顔見て話せないもんね」

「なっ!そっそんなことは!」


 顔を赤くして助け舟、十束多々良さんに食ってかかる八田くん。異性が苦手なのは相変わらずみたいね。まあ中卒で、こんなに男ばかりの空間にいたんだったら、そこんとこ思春期真っ只中のまんまでもおかしくないか。

 それと、助け舟さん、もとい十束多々良さん。吠舞羅のNo.3で、確か最弱の幹部…とかなんとか。純粋な力は弱いらしい。親しみやすいムードメーカーって話だけど、本当にそうみたい。いいお兄さんって感じ。こんな人が吠舞羅みたいな組織にいるなんて意外…だけど、こんな人がいるからちゃんと回るのかも、案外。セプター4みたいに職業組織ってわけじゃないから、言い方悪いけど仲良しこよしじゃないとやってけないもんね。ああこれは、猿比古には無理なわけだ。

「ありがとうございます、十束さん」

「あ、俺のこと知ってるんだ?」

「はい。吠舞羅のことは一通り聞いてます。過保護なんです、あの青い服着た人たち」


 私としては普通に普通のことを喋ってるつもりだった。礼ちゃんを始めとして、世理ちゃんも秋山さんたちも私を子供扱いしている節がある。まあまだ未成年で子供なんだけどさ。だからそんな世間話の一環で、そこに大した意味なんてなかった。対する十束さんも、へえそうなんだ、と予想通りの気のない返事をくれたわけだし。

 けれど猿比古の話で気が立っていたのか、単にセプター4が気に食わないないのか。八田くんはまたムッとした顔をしてそっぽを向いてしまった。八田くんも猿比古と同じで、結構子供っぽいところあるのかな。こんなこと言ったらますます機嫌悪くなりそうだから黙ってよう。


「八田、何拗ねてるの?別にみょうじさん自身はセプター4ってわけじゃないんだし、同級生だったんでしょ?」

「…そうですけど」


 十束さん、私の名前知ってたんだ。そんでもって私の味方?をしてくれることに驚き。うーん、十束さんも猿比古のこと気になってる…とか?とにかくこれはチャンス。


「八田くん、お願い。私、猿比古のことが心配なだけなの。八田くんも十分知ってると思うけど、猿比古、あんな性格だから…セプター4でもまだあまり馴染めてなくて。私が知ってる限り、これまでで猿比古と仲良しだったのって八田くんしかいなくて。ごめんなさい、八田くんが迷惑なのは分かってるし、猿比古のこと、複雑に思ってることも理解してるつもり。でも私どうしても、猿比古が心配なの…」


 入って来た時あれだけ煩かった店内が、今はしんと静まり返っている。私と八田くんの間だけでなく、店中に緊張が張り詰めているような…?猿比古の話題は、吠舞羅の中でだいぶシビアな位置にあるってことなのかな。まあ当たり前か。バイトやめたのとか転校したのとかとはわけが違うし。

 返事のない八田くんの横顔を見つめる。誰かがごくりと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。それにしても八田くん、結構頑固。かくなる上は泣き落としとか…効くのかな。ちょっと試してみたい気もする。


「…分かったよ。猿も青服も気に食わねーけど、みょうじには関係ないし…せっかくこんなとこまで来てんだしな」

「ありがとう、八田くん」


 ちょっとだけだぞ!と顔を赤くさせたままぶっきらぼうに吠える八田くんは、中学の頃より丸くなったような気がする。さっきと矛盾するけど、大人になってる。仲間の存在って大きいみたい。猿比古と八田くんと比べて、改めてそう思う。でも多分、もともと猿比古にこういう形の仲間が受け付けなかっただけで、ビジネスライクな仲間であるセプター4では充分やってけそうだけど、それはまあ置いておいて。嘘も方便とは昔の人はよく言ったものね。


「ほら行くぞ!」

「うん。あっ、でも私、八田くんだけじゃなくて他の人の話も聞きたくて」

「ほならやっぱ二人はカウンターで、他はそこにソファとか持ってきて座りや」


 助け舟その2、No.2の草薙出雲さん。武闘派集団の吠舞羅において、参謀的な位置の頭脳派。でも普通に強そう。物腰柔らかなバーのマスターで、世理ちゃん曰く、人物は置いといてバーテンとしての腕は悪くない、らしい。未成年だしよく分からないけど、成人したら一緒に行きましょうねって誘われてるから楽しみにしとこう。世理ちゃんあんこ入ってればなんでも美味しいって言いそうだけど。

 草薙さんの言葉に素直に従う吠舞羅の面々。カウンターに座ったのは私と八田くんと十束さんとアンナちゃんと、あと最初から座ってた赤の王様。真ん中に私、曲がった端っこに八田くん、赤の王様は反対の端で、十束さんは八田くん側の私の隣、アンナちゃんは赤の王様側の私の隣。疑問が湧くけど、十束さんはともかくアンナちゃんは可愛いから良しとしよう。この季節のゴスロリは暑そうだけど、よく似合ってて可愛い。セプター4にもこういう癒しが欲しいなあ。


「じゃあまず、自己紹介といこうか」


 というゆるい十束さんの一言で私に対しての自己紹介が始まるはずだったんだけど、自己紹介と言いつつ、そのまま自分の紹介をした十束さんが他の人の名前をつらつら言っていったので、盛大に総ツッコミをもらっていた。面白い人だなあ。


「じゃあ最後、みょうじさんね」

「はい。みょうじなまえです。猿比古とは幼なじみで、八田くんとは中学が一緒でした」


 と、自己紹介ってこの場合、どこまで言えばいいんだろう?私とセプター4の関係とか、一応言った方がいいのかな。でも青と赤は敵対関係にあるし…まあさっき八田くんが言った通り、クランズマンじゃない私にはそう関係はないんだけど。というかこの場にいる一体何人が私のことを知ってるんだか。


「てかさっきから気になってたんだけど、青服となんか関係あるのか?」


 とりあえずこの人は知らないみたい。坂東三郎太さん。八田くんが入る前からの古株って聞いてたけど、知らないのか。セプター4と違って、敵の情報は頭だけ知ってればいい…みたいなことなのかな?まあ興味もなさそうだし。


「あー…あちらさんとの関係も教えたってくれんか?カウンター組は一応知っとるけど、そっちにいる奴らは知らんねん」

「分かりました。…ええと。青の王の宗像礼司とは親戚でいとこです。私たちの家は血を守るためにギリギリの近親婚を推奨していて、私の父と礼司さんの母が姉弟で、私の母と礼司さんの父も兄妹です。私と礼司さんはいとこなので、同時に婚約者ということにもなります」


 絶句、といった顔をしてる吠舞羅の面々。私も世間的にはちょっと変なのは理解してるから言いづらいんだよね。複雑だし。

「あの、私の話はもういいですか?猿比古の話をしたいんですけど…」

「ああ、そうだったね。うん、伏見の話、してよ」


 その後はまあ、他愛もない話…というには若干空気は重たかったけど、吠舞羅にいた時の猿比古のこととか、八田くんも知らない小さい頃の猿比古のこととかを交えながら、最近の猿比古の見え隠れする心の葛藤だとかをそれとなく伝えた。吠舞羅の人に猿比古のことを必要以上に恨んで欲しくないとかそういうんじゃないけど、ただ何が原因でこうなってしまったのか、少なくとも八田くんは全く検討もついてなかったみたいだから、筋違いのことは思って欲しくなかった。

 猿比古の思い。私の分かる範囲の猿比古の思い。それは意外と広範囲で、猿比古は思ったより私にいろんなことを許してくれているみたいだった。この場にいる人のことは殆ど分からないけど、それは当たり前かな。八田くん以外ほぼ初対面なんだもん。


「猿比古も人間だから、嬉しいとか悲しいとか寂しいとか、人並みに思うんです。それを自分がよく分かってなくって、表現できてないだけで。今じゃなくていい。もっと、いろいろなことが落ち着いて、それからでいいから、猿比古に向き合ってあげてくれないかな」

「………」

「ごめんね。八田くんにこうやって頼むの、変なことだって分ってる。猿比古から歩み寄れたら、それが一番いいことだし、道理だとも思う」


 私が八田くんをまっすぐに見て紡ぐ言葉を、吠舞羅の面々は固唾を飲んで見守っていた。八田くんは俯いて床をじっと鋭い目つきで見ている。ごめんね、でも私は猿比古の方が大切なんだ。


「猿比古を幸せにできるの、八田くんしかいないの」


 私が言ったその言葉は、八田くんにはどう聞こえたのかな。

 赤みがかった空を見て送って行くよ、と申し出てくれた十束さんは、別れ際に伏見のことをよろしくねと言っただけだった。私は十束さんを呼び止めて細い背にお礼と謝罪と、私のことを告げた。私の持つ力。手短かに言い捨てて建物の中へと入る。今度は十束さんの私を呼び止める声が聞こえたけど、聞こえないふりをした。扉が完全に閉まる前に聞こえたそれは、十束さんの人柄を表していて、なんだか自分がとってもずるい人間のように感じられてさみしくなった。

 私は優しくなんてない。私のはただのエゴだ。でもずうっと、猿比古の心の叫びを聞いてきたんだ。聞こえてきちゃったんだ。知らない振りなんて、今更もうできなくなった、それだけのことだよ。


「お前、そんなとこで何やってんの?腹でも痛いわけ?」

『大丈夫かよ』

「んー…そうだね、ちょっと痛いかも」

「…室長のとこに連れて行けばいいのか?」

『いや、普通に考えて医務室のがいいだろ』

「なになに猿比古、優しいね?」

「元気だな。助けはいらねーか」

『なんともないなら別にいいけど』

「…猿比古は優しいね」

「は?頭沸いてんのか」

『は?頭沸いてんのか』

「酷いなあ、私褒めたのに」

『俺が優しいわけないだろ』

「猿比古、礼ちゃんのとこ連れてってよ。帰ったって挨拶しなきゃ」

「一人で行けばいいだろ」

『通り道だし別にいいけど』

「いいじゃん、旅は道連れ世は情けってね」

「旅じゃねーし」

『旅じゃねーし』




十束多々良という男に続く



話の流れとしてはそんなに重要でもない説明回のつもりで書いてたのにどうしてこうなった。夢主ストレインにするつもりなかったんだけどな。そのうち矛盾点修正するかもしれません。それにしても宗像さん空気ですらない。
アンナちゃんが挟まってない話を尊さんにしてもらって猿くんの株を上げたかったんですが、雰囲気的にこれ以上ぐだるのが面倒で組み込めず、尊さん終始空気でした。青の王の嫁(仮)として一度はサシで話させたいですね。

次かその次でたぶん終わりです。先に言っておくと、猿くんと八田ちゃんが仲直りしてどうこうとかそういうのは恐らくないです。精々走り気味でアニメ始まって終わるくらいです。次の話ではいきなり十束さんお亡くなりしてるかもしれないです。
あ、劇場版楽しみですね!

(4/10 追記)
DOB1巻読みました。宗像家の捏造設定先出ししといてよかったね!雑誌掲載がいつかは知らんけども!

140320



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