※宗像夢。見方によってはBL(猿美)





 伏見猿比古という男は、どうしようもない男である。いつまでも一人の存在にうじうじと依存して、それ以外は必要ないとでもいうように排他的で、そんなどうしようもなく馬鹿な男。

 依存、しあっていたい。他のものは何もいらない、ただ自分とそれだけがあればいいと、本気で思っている、集団行動のできない我儘で独り善がりで勝手な男。

 伏見猿比古という男は、そんな、馬鹿でどうしようもない、救いようもない男だった。だった、つまり、一応は過去形なのだけれど。



 伏見猿比古という男と私は、いわゆる幼なじみという間柄である。特別仲が良いわけではないし、そこまで大した交流があったわけではない。ただ親同士が仲が良く、どっちかの家に行った時はまあ仕方ないし一緒に遊ぶか、というような関係で。猿比古にとっての私は多分、取るに足らない存在。近くに住んでいるから当然義務教育中は同じ教育機関に通っていた。そう、つまり、八田美咲という男とも、同じ中学に通っていたということ。

 何があったか、詳しいことは知らない。興味もない。ただきっと恐らく、猿比古の心の隙間に、八田くんはぴったりとハマってしまったんじゃないかって。お互いに仲間意識を持ってしまったことが、そもそもの。失敗、だったんじゃないかって。

 私がそんな風に言うのは失礼だ。けれどそう思わずにはいられない。少なくとも伏見猿比古という男にとっては、八田美咲という男の存在を知ってしまったことが、救いであり、絶望であったんじゃないかって。第三者でしかない私は思うのだ。


「猿比古は、中学生のままなんだよ。心はさ、成長してないの。……ああ、依存してる存在から物理的に離れられた分、少しは成長してるのかな。自分と八田くん以外の人間も、認識できるようになってたし、…そういうとこは、成長してるのかな。でも根本はね、成長できてないの。それどころか…むしろ後退してたりしてね。悪化って言ってもいいかもしれない。猿比古は、」

「………」

「…礼ちゃんは特に何も言わずに聞いてくれるのね。猿比古のこと、興味ないから」

「…返事をしなくていいと言ったのはお前だろう」

「うん。ただ単に喋りたかっただけ。せっかくのお休みなのに、退屈?」

「いや、今日一日付き合う約束だからな」

「…それって退屈だけど仕方ない、我慢してるってこと?」

「そんなことより続きはいいのか。伏見くんが、どうしたって?」

「…うん」


 伏見猿比古という男は、ずっと自分の殻に閉じこもっていたような奴だ。周りを遮断して、他人に干渉せず、独りで生きている気になってたような奴だ。

 ずうっとヘッドフォンで音楽を聴いて、自分一人の世界に入り浸って、それを心の何処かでは寂しいと思っていたのかもしれないけれど、ずうっと俯いていたから、何も分からなかった。あえて分かろうとするような人もいなかったから、猿比古はそのまま殻に閉じこもって、その殻より大きくはなれないままでいた。

 中学で自分と似ていた八田美咲という男に出会って、猿比古はようやく殻を破った。それで今度は、二人で殻に閉じこもった。二人でイヤフォンを半分こして、耳は片方ずつ開いてるけど、殻の中ではお互いの声しか聞こえない。二人は歪だった。けれどそれで完成していた。

 八田くんの近くの殻に小さな穴が空いた。次いで、モノラルだったイヤフォンがステレオになった。八田くんが穴を少しずつ広げて、ついに外に出た。八田くんが猿比古の手を引いて、二人で外に出た。着いた先は赤い王様のいる赤いお城だった。

 最初は二人で帰っていた殻に、段々と猿比古だけが帰っていくようになった。八田くんはお城にとどまるようになった。八田くんはとっくにイヤフォンを外して、お城のアンプで音楽を聴くようになっていた。猿比古は外に出られる穴と一人分の空間があいた殻で、一人で蹲っていた。耳には相手のいないイヤフォンが寂しそうに、ふらふらとぶら下がっていた。片耳は八田くんの声を聞くために開いていたけど、いつからか猿比古は、そっちの耳を手で塞いでしまった。相手のいないイヤフォンは寂しそうに、ふらふらとぶら下がっていた。そしてそれは、今も。


「二人はまず、音楽の趣味が変わってしまったんじゃないかって。八田くんの耳には、今の猿比古の音楽は洋楽に聴こえてるんだと思う。時々知ってる単語があって、でも聴いても歌詞を見ても意味は分からなくて。ただ何となく雰囲気だけ、それで好きか嫌いか決めるの。今の八田くんは猿比古の聴いてる音楽が、きっと理解できないのね」

「………」

「それは猿比古も同じ。でも猿比古はきっと、理解していてその上で、八田くんたちの聴いてる音楽が嫌いなの。嫌いなものは雑音に、騒音に聴こえる。猿比古は、ヘッドフォンとイヤフォンでいっぱいいっぱいだったんだよ。スピーカーもアンプも、猿比古にはキャパオーバーだった。自分一人と八田くんが聴いているだけでよかったんだよ。周りに聴こえてしまうことが、関係ない人にも聴こえてしまうことが、耐えられなかったのね。かわいそう、でしょ」

「それをお前が言うのか」

「私は第三者だからね。それに、私の言葉なんて猿比古には聞こえてないよ。だからといって何を言ってもいいわけではないと思うけど、これくらいは許してよ。私は確かに、猿比古の幸せを願っているんだから」


 猿比古が幸せなら、八田くんは幸せでなくてもいいと思う。猿比古が幸せで、八田くんも幸せなら、それに越したことはないのだけれども、そんなことは無理だろう。八田くんが猿比古のために何か譲ることはない。猿比古が我慢して大人にならなければいけないのだ。けれど猿比古に、そんなことができる筈がない。だから猿比古が幸せなら、八田くんは幸せでなくてもいいと思う。意味不明で矛盾しているけれど、最善策なんていつも荒唐無稽なものだ。話し合いで解決するなら、初めから戦争なんて起きないのだから。

 猿比古は八田くんに、自分に対する強い感情を求めた。一番は、どんな形であれ愛情が欲しかっただろうけど、それよりも激しい感情を求めた。仲間を、力を裏切って、宿敵ともいえる青の王に仕えた。八田くんは猿比古に、強く激しく身を焦がすほどの憎しみを覚えた。猿比古は大いに満足した。


「でも猿比古は知らないのね。八田くんはきっと、悲しかったはず。寂しかったはず。悔しかったはず。だって親友で仲間だったんだもの」

「彼にそのくらいの機微が分からないとは思えないが」

「分からないよ。猿比古って八田くんが絡むと、途端におかしくなるんだから。一方的に自分の気持ちを押し付けるばっかりで、相手が同じ気持ちでなければ、それ以外は見たくないのよ。恋は盲目っていうじゃない」

「…恋」

「……でもねえ、八田くんも、ちょっと鈍感なんじゃないかって。八田くんは八田くんで猿比古の気持ち、全く分かってないんだもの。特別な相手の特別になりたい。そんな初歩的な心理も分かってないのね」

「随分な物言いだな」

「そうね、嫉妬もあるのかな。だって八田くんより私の方が猿比古を知っているのに、猿比古は私より八田くんの方がずっと好きなんだもの。恋愛感情ではないんだけど、やっぱり面白くないよ」


 伏見猿比古という男にとって私は、取るに足らない、どうでもいい存在だと思う。まあ幼なじみで、友達とはいかなくても、知り合いくらいではいたいんだけどね。私にとって猿比古もそんなもんで、ちっちゃい頃から知ってる、無愛想でいけ好かない奴。それだけだ、多分。ちっちゃい頃から見てきたから、気になる。それだけ。


「もう一度きちんと断っておくけどね。猿比古に恋愛感情があるわけじゃないの。私が愛してるのは礼ちゃんだけよ」

「そこの心配はしていない」

「ただ猿比古のことは、なぜか気になるの。猿比古が礼ちゃんのとこに来て、No.3だなんて噂されるようになってからは余計にね。ちゃんと馴染めてるかとか、野菜も好き嫌いせずちゃんと食べてるかとか。どうしてだろう。私の中の猿比古は、いつだって部屋の隅っこで一人佇んでるイメージしかないみたい」

「…伏見くんだっていつまでも子供じゃないんだから、お前が母親のように気にする必要はない」

「…でも」

「そんなことより。確かに今日は一日お前に付き合う約束だが、一体俺はいつまで、婚約者から他の男の話を聞き続けなければいけない」

「…嫉妬?」

「分かっているなら早く。今日はもう、半分以上過ぎているのだから」


 そのままなし崩しに礼ちゃんのペースに持ってかれてしまったけど、私の猿比古を気にする気持ちは変わりなく存在している。もはや癖みたいなものかもしれない。何年、猿比古を見てきたと思ってるの、一方的に。

 久しぶりに同級生に会いに行こう、と礼ちゃんの腕に抱かれながら決めた。敵対勢力の本拠地に行くなんて、知られたら怒られるなあ。思い立ったが吉日の私だけど、今日は一日、私は礼ちゃんのもので礼ちゃんは私のもの。礼ちゃんが私の婚約者から青の王に戻ってしまうまでは、長いまつげと穏やかな寝顔を見つめていよう。私の幸せは、ここにあるんだから。




八田美咲という男に続く



伏見夢なのか宗像夢なのか途中からよく分からなくなりましたが、宗像夢ですおそらく。BLは意識してないつもりです。続き書けたら続きます。
BGMはもちろん、I beg your hateです。

140304



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