※死ネタ、GL注意





 視界が、徐々に白んでいく。思考が覚束なくなる。身体が異常に重い。私はこれから死ぬ。どうしても死ぬ。どうしたって死ぬ。どうしようもなく死ぬ。どうなろうと死ぬ。

 そりゃあ人間、生まれてからむこう、いつかは死ぬだろう。殺されて、殺して、病気で、寿命で、そこに至るまでの方法はたくさんあるけれど行き着く先はみんな同じ。死ぬ。私はそれが、たまたま今日だったってだけ。

 いや、最悪曰く運命、か?しかし今日死のうと明日死のうと寿命で死のうと、どれにしたって同じことだとも、彼は言うのだろう。まったくわけの分からない、万人に当てはまることをぺらぺら騙る占い師のようだ。しかし私は彼の話を聞くことは嫌いではなかった。


「ま、あの人のことは、大嫌いだけどね」


 あの最悪の、姿も存在も雰囲気も気配も手も足も身体も和服も下駄も狐面も声も香りも髪も臓器も細胞も血液も筋肉も脂肪も、最悪を形作る全てのものが等しく大嫌いだった。ただ一つの例外、脳みそ以外は全て。嫌いになれなかったあの人の世界観以外、全て。

 最悪が最強に血を分けた本物の親だと知って、私はお気に入りの眼鏡を割りコンタクトに変えた。最悪が似合うと言って買ってくれたものだった。上から落として踏み付けて、フレームまで修復不可能になったところで、私は最悪の前から姿をくらました。最悪は私を探したりしなかった。私はその足で大好きな最強のもとへ向かった。


 そろそろ独り立ちできるだろ。最強がそう言い、私の前から姿を消したのが三年前。最悪と出会い、隣に立つようになったのは、そのすぐ後だった。今考えれば最強の後釜に最悪を選んだのは、至極当然のことだったのかもしれない。私は最強のいなくなった心の隙間を、最悪で埋めていたわけだ。全てを嫌いになれなかったのが、のめり込みすぎた証拠。

 ボロボロになって目の前に現われた私を見た最強は、驚き呆れながらも笑って再び傍にいることを許してくれた。

 最強は私にとって、親であり姉であり友人であり想い人であった。最強は私の全てだった。私は最強の全てではなかったけれど、きっと極近い位置にはいれたと思う。私はそれだけで満足だった。

 想いを打ち明けたことはない。ゆえに最強はこの気持ちを知らない。読心術を心得ている最強が読めない相手が、私だったから。他にも占い師にも私の未来は分からないし、戯言遣いも私に戯言を遣えない。この世界に存在する物理的でないものの大半が、私には通用しなかった。漫画好きの最強は、きっとこの世界の住人じゃないんだな、と楽しそうに言った。最強が楽しそうなら、まあ、なんでもよかった。


 さて、話を戻すと、私は今死にかけている。もしかしたらさっきまでの回想は走馬灯というやつだったのかもしれないが、真相がどうであれ私は今死にそうだ。比喩や揶揄ではない。医学的に心臓が止まりかけている。なぜか?なぜってそんなもの、最強のため以外で私が命を落とそうなど、ありえないではないか。つまり、これは最強を庇った結果だ。

 なんのことはない。最強が、大勢の敵に囲まれた。倒した。不適に笑った。一寸の隙をついて背後から忍び寄る敵がいた。刃物を持っている。私が、そいつと最強の間に入った。刺された。殺した。死にそう。それだけの、よくある話。

 最期は、寿命以外なら最強のために死ぬんだと常日頃から思っていたけど、本当にそうなるとは思わなかった。最強に私の助けが必要なことなど起こり得るのか、話はそこから始まるからだ。でもまあこれは、最強の役に立てたんだと、そう思ってもいいんだよね。


「いいわけあるかよ、ばか」

「…私の思ってること、分かるの」

「読心術が使えなくたって、これくらい察することはできる。どうせ、あたしのために死ぬのは当然だとか思ってんだろ」

「あは、潤には、適わないなあ」


 言葉に血が混じる。あー、ほんとに、もう死にそう。この世に未練なんかある。やり残したこともある。もっと最強の傍で生きていたかった。願わくば、最強とともに死にたかった。

 けれど私には最強が死ぬところなんて想像もつかないし、したくもない。だからこれで、よかったんだ。最善ではないし最良ではないけど、少なくとも、最悪ではない。それどころか最強に看取ってもらえるなんて、私は最高に最幸(さいこう)だ。だからこれでいい。


「潤、潤。私、」

「喋るな、死ぬぞ、いや喋ってろ、意識保っとけ」


 最強は珍しく焦った顔をしていて、それがおかしくて私は笑った。

 最強が真っ赤な携帯を出して誰かに電話をかける。誰だろう。読みが正しければサヴァンか戯言遣いかな。だめだよ最強、どうしたって私は助からないから。ドクターにだってきっと助けられない。私はもうだめだ。でも最強が私の命を繋ぎ留めようとしてくれてるのは、嬉しいな。

 ああ、もう息をしていることが辛い。まだ最強に伝えたいこと、たくさんあるのに。大嫌いな最悪にも、最期に一目、会いたかったかもね。死にたくないなあ。


「潤、私ね、私、潤が、好きだよ」

「知ってる。あたしもなまえが大好きだ」

「うれし。も、いつ死んでも、しあわせ」

「死ぬな!生きろ!」


 最強。最強。私の最強。雨に濡れて薄汚れた私を拾ってくれて、何も知らなかった私を育ててくれて、こんなどうしようもない私を受け入れてくれて、傍にいさせてくれて、好きでいさせてくれて、大好きでいさせてくれて、最期を看取ってくれて、涙を流してくれて、生きろと言ってくれて。私をこれまで生かしてくれて。

 本当に最強は、潤は、最強だなあ。


 好きだ。好きだ。好きだ。大好きだ。愛してる。愛してる。愛してるんだよ、大好きなんだよ潤。泣かないで笑ってよ潤。


「じゅん、わらったかおが、みたい」

「…笑えるわけ、ない、だろ、」

「わらってよ、じゅん。さいごだから」


 無理矢理に笑った最強の顔はお世辞にも笑顔とはいえなくて、久し振りに見た最強の不器用な一面に私は笑った。それを見て最強も少し笑った。綺麗だった。目が霞んできた。見れてよかった。

 最強。最強と色々なことをしたね。色々な場所に行って、色々なものを見て、色々なものを食べて、色々な人に会って、笑ったり泣いたり悲しんだり怒ったり時には血生臭いこともしたけど、すごく楽しかった。ありがとう最強。ありがとう、ごめんなさい。


「潤。私は潤を上手に愛せていたのかな」


 言わなきゃ分からないって言ったでしょ。だから言わなかったよ。でももう言えなくなるでしょう。だから言ったよ。ごめんね分かりづらいね、ごめんね。分からなくてもいいよ。知らなくてもいいよ。ただ忘れないでいてくれると嬉しいかなあ、なんて。ううん、忘れてもいいよ。忘れてもいいよ。ばいばい、またね。またなんてないけどね、もう会えないんだ、さみしいな。さみしい、さみしいよさみしい、つらい、死にたくない嫌だよ、嫌だ忘れないで。ごめんね最強、見苦しいね、ああでも読めないから聞こえないね、よかった。


 それじゃあさようなら、親愛なる私の大切な人。



「刺されたの、心臓でしょ。よくあそこまで意識保って、喋ったりできたよね。普通は即死、だと思うけど。人間は心臓で生きてるから。刺し所は最悪だし、なんだろうね」

「さあ、でもあの人、普通じゃなかったから。気力とか愛とか、そんなんで生きてたっていわれても疑わないかな」

「うに、珍しく戯言じゃないんだね」

「あの人に戯言は、通用しなかったからさ」







「私は貴方を上手に愛せていましたか」というフレーズが浮かんだので言わせてみたく、なんとなく人類最強をチョイスしてみました。百合おいしい。
ノーマルでも書いてみようかと思ったけど、どう転んでも死ネタなのでやめときます。

130705
加筆修正 131120



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