「いーちゃんはさあ」


 まるで大きな独り言のように、誰に聞かせるでもなくしかし確かにぼくに語りかけているその声は、流石一卵性というべきか玖渚友とよく似ていた。よく似ていたというよりは同じだといったほうが正しいのだろうけど、喋り方の違いは印象を大きく異ならせる上に、姉と違い年相応に育っているために若干の声変わりもしている。もっとも、ぼくがヒューストンに留学する前は見た目はもちろん声もそっくり、いや同じだったのだから、それこそ喋り方や一人称くらいでしか区別がつかなかったものだけど。


「図太く生きてるわりに、なんかさ、簡単に死んじゃいそうだよね」

「…それはぼくが、ゴキブリ並みの生命力だって言いたいのか?」

「……違うよ。ていうかそんなおぞましいもの、よく口に出せるよね。信じらんない」


 ぎゅっと眉を寄せてそう言うと、その表情のまま再度信じられないと口に出してぼくから僅かに距離をとった。…少し傷つく。傷心のぼくもお構いなしに、彼女――玖渚なまえは先程の独り言のような会話を続けた。ひでぇ。


「そうじゃなくて…そうじゃなくてさ。いーちゃんは、なんかさ、死んじゃいそうなんだよ。お姉ちゃんは、そんなこと言わないけどさ、もし仮に死ねって言われたら、死んじゃいそうなんだよ。いーちゃんはさ、お姉ちゃんの為なら、死ぬじゃん。私の為にも、潤ちゃんの為にも、死ぬじゃん。いーちゃん、大切な人の為に、簡単に死んじゃうじゃん」

「…何それ、どんなシチュエーション?」

「例えば、潤ちゃんは有り得ないけど、誰かに捕まってさ、おまえが死ねばこいつは助かる、みたいなこと言われて、目の前に銃投げられたら、いーちゃん死ぬじゃん」

「まあそれは、それしか方法がないなら死ぬよね」

「これが作り物だったらさ、いーちゃんが引き金を引く一歩手前で、潤ちゃんが助けに来てくれるけどさ、現実は、本当にお姉ちゃんが解放されるかも分かんないのに、いーちゃん死ぬじゃん」

「…待って、いくらぼくでも無駄死はしないよ!」

「でも死ぬじゃん!躊躇いもなく死ぬじゃん!戸惑いもなく死ぬじゃん!違うの!?」

「い、いや、違わないけど」


 姉と違って、本当に表情のよく変わる娘だ。嫌悪、悲痛、今は激昂…あれ、マイナスな感情ばっかりだな。頭の隅でそんなことを考えながら、大部分ではさらに関係のないことを考えていた。

 なまえは、玖渚直の妹で玖渚友の双子の妹で、つまり玖渚家の末妹。友とは一卵性の双子だけれど劣性遺伝子はなく黒い目に黒い髪で、ぼくは壊していないからごく普通に――とはいっても平均よりは幼い印象を受けるけれど、少なくとも友や姫ちゃんよりは年相応に育っている。一卵性の双子はDNAの並びもすべて同じだとどこかで聞いたような気がするけれど、生物は専門分野ではないぼくには分からない上に、根底の記憶力すら定かではないために戯言と思ってくれて構わない。もう一生会いたくはないけれど心視先生に会ったら聞いてみるか。戯言だけど。

 外見は大きく異なる双子だけど、中身も同様に結構違う。たとえ双子でも育った環境が違えば体格や性格も違うようになるという実験があったけど、本当にそうだ。何から違ったのか、それはぼくの知り及ぶところではないのだけど、敢えて言うならばまず興味から違ったんだろう。友は電子工学に、なまえは心理学に。まったくの別人のように大部分が異なっている双子だけれど仲はとても良好。いいことだ。


「いーちゃんさ…自分が死んでも、世界は変わりなく回るって、考えてるけどさ、それは間違いだよ」


 そしてなまえも、友と並べる程の天才である。記憶力は忘れられない友が上だが、思考力は経験値の差もあってなまえが上。これについては、なまえは友と違い義務教育9年に高校3年の計12年間学校に通っていたという事実を挙げれば恐らく理解していただけるだろう。友は一般社会的にみて深刻な世間知らずというアドバンテージを背負っている。玖渚友にしてみればだからなんだという話なのだが、実際、ぼくにとってなまえの存在は有り難かった。

 常識が通じないのは言葉が通じないことよりも惨事である。ぼくの周りにはなぜか一般的常識が通じない奴が多く、なまえは落ち着くというか気が抜けるというか…癒される。まあ玖渚友の妹でもあるということを忘れてはいけないのだけどね。

 人類最強は人の心が読めるが、占い師は人の未来まで視える。心理学者は心を読めないし未来も視えないけれど、人と話すことによってその人の、自分も知らない深層心理を読み取ることが出来る。それは状況から、声色から、表情から、言動から、仕草から…様々な要素を組み合わせてその人物を識るその行為を、ぼくは純粋に恐ろしいと感じている。

 ぼく――つまり戯言遣いは、戯言によって人を欺く。あることないことを並べ立てまくし立て、圧倒することで人を騙す。しかし心理学者は、人を操る。深層心理を識るということは、即ちそれを変えてしまうこともできるということ。それも気付かれないように、あたかもそれが自分の深層であるかのように。

 前に鈴が哀川さんを操っていたことがあった。といっても黒幕とかそういう意味ではなく、ちょっとした悪戯のようなものだったのだけど、多分大規模な…それこそ洗脳の域まで彼女を操ることも、きっとこの天才には可能だろう。恐ろしい。幸いなまえは世界征服に興味はないらしいので、ぼくらの平和は守られた。


「いーちゃんが死んだら、この世界は終わるよ。お姉ちゃんが、終わらせる」


 平和といえば、なまえはぼくが留学していた6年間――仲間《チーム》が活動していた期間中も、絶えず姉の傍にいたという。勿論引きこもりの友と違って学校に通っていたから、文字通り絶えることなくとはいかなかったわけだけれど、それでも傍にいれる時にはべったりと。

 電子工学にも情報工学にも機械工学にもなにも興味のないなまえは仲間《チーム》のことをなんとも思っていなかったけれど、否、姉を奪ったと煩わしくさえ思っていたけれど、一方の仲間《チーム》の方はそうではなかったらしい。

 天才心理学者・玖渚なまえは、機械をも操った。もちろんプログラミングやハッキング等の専門的なことができるわけではない。ならばどうやって?残念ながら玖渚友をもってしても、それについて詳しくは分かっていない。電波で操ってるんだと思う、多分。友があんなに悩んでいるのは珍しかった。


「…いーちゃん、さっきから聞いてないね」

「聞いてるよ」

「戯言でしょ」

「……そんなことない、聞いてたさ!」

「ならなんて言ったか言ってみてよ」


 なまえは、あの兄と姉を持ちあんな家に生まれたお嬢様にしては、ひどく平凡だと思う。――というのはまぁ極論のような気もするのだけれど(なんせ対象があの兄と姉だ)、ぶっ飛んでないという意味で平凡だ。ぼくの周りには如何せん、人殺しと人外がたくさんいるから。


「……ぼくが死んだら、友が世界を終わらせるとかどうとか…?」

「…びっくり、ちゃんと聞いてたんだ」

「まあね。それにしても死ぬとか死なないとか、随分と不吉な話じゃないか」

「茶化さないで、あのねいーちゃん、つまるとこ、もっとちゃんと自分を大事にしてねってことなの。毎月毎月病院のお世話になって、私すごく心配だよ」


 こうしてなまえは意図しているのかしていないのか、今この瞬間にもぼくの深層心理に入り込んでいる。向こう何ヵ月かは極力危険は避けるよう無意識に動くのだろう。ぼくが今、気付いていなければの話だけれど。気付いていたからといって完全に抗えるものでもないから厄介だ。だからなまえの話は、あまり聞きたくないんだ。ま、戯言だけどね。





おもしろいお話をしてあげましょうか。





 潤ちゃん、青ってね、人の心を落ち着かせる色なんだって、知ってた?お姉ちゃんは青いけど、私は青くないじゃない?ちょっと羨ましいな、なんて思っちゃったり。あ、青いといえば、駅前のケーキ屋さんのブルーベリータルト!すっごく美味しいって評判なの。潤ちゃん、今から一緒に行ってみない?







青い哀川潤がみたい。

130310
加筆修正 131021



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